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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第一章
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夜中の来訪者が知り合いだった場合

「困りごとは、その子?」

「そうなのよー。どうやらこの子、迷子みたいなの。ピィピィ泣いて可哀想だったからお付き合いしてあげてたんだけど。でも、アタクシだって暇じゃないのよ。ねえ、この子の保護者、探してあげてくださらない?」


 白い体毛に緑の羽冠のオウムは、少女の連れですらなかったらしい。

 わたしはニーナと顔を見合わせ、うなずく。見てしまった以上、こんな小さな子を放置っていうのはなしだね。


「ねえ、あなた、お名前は?」


 屈んで少女と目線の高さを合わせつつ、ニーナが訊ねる。


「ルティア・デルタ、五歳です!」


 元気のいい返事が返ってきた。


 そして少女の名乗りにわたしとニーナはほっとする。知っている家名だったからだ。

 なーんだ。デルタ侯爵の所のお嬢さんかー。


「そうなのね。ならルティアさん。お祖父様の所に行きましょう。きっと心配されてるわ」


 ご両親ではなく祖父の元へなのは、居場所がはっきりしているからである。息子さんの方は現場で修行中なので忙しく動き回っており、所在が一定じゃない。

 引き換え、侯爵本人は執務室からあまり動かないからね。どちらに託すかなどもう一択でしょう。


「この子の親族とお知り合い?」

「ええ、大丈夫よ」

「ちょっと気になるから、付いていってもいいかしらぁ」

「構わないわよ」


 見知らぬ少女の泣き声を気にして、一緒にいてあげていたオウムである。少女が泣いていた原因がきっちり取り払われるところまで見届けたい、と考えていても納得いく。


 ということで、わたしとニーナはルティアちゃんを連れ、デルタ侯爵の執務室へ。ちなみにデルタ侯爵は農業・畜産を取りまとめる総責任者。かなり偉い人である。


 扉の前で警備をしていた騎士は、わたしを見てビシィ! と手本として紹介したくなるぐらい、緊張感あふれるキレのいい敬礼をした。……おそらく、わたしに死刑宣告されないために。本当申し訳ない。


「王宮内で迷子になっていたお孫さんを保護しましたと、侯爵に伝えていただけますか?」

「はッ。ただちに!」


 ニーナの求めに応え、声を上げた騎士がすぐさま扉の中へと消えていく。残されたもう片方の騎士は同僚のいた場所に恨めしげな視線を注いでいた。


 まあね、いつ死刑求刑してくるかヒヤヒヤさせる女王の視界に、入っていたくないよね……

 とはいえ、これでもマシになった方なのである。その一番の理由はフェデリが裁判を整えてくれたこと。これによってわたしの無茶苦茶な死刑求刑は無罪へと変わるのだ。


 なので、今のところ実際に処刑された人はいない。それでも気分のいいものじゃないし、もしかしたら自分は、という不安に苛まれるのは確実。きっつい暴言がデフォルトでもあるので、同じ空間にいることさえ避けたいだろう。


 この呪い、解けないままになるのかー……。


 しかし、どうして炎の印は動かないんだろう。自分で言うのもなんだけど、わたし、すでに王に相応しくなくない?


 というか、今まで考えたことなかったけど、印ってどういう基準で王を選んでるんだろ。

 などと考えているうちに、侯爵への伝達が終わったらしい。扉が開き、すぐに奥の執務室にまで通される。


「お待たせいたしました、陛下。この度はお手を煩わせまして、誠に申し訳なく存じます。ルティアお前、一体どうしてこんなことになってしまったのかね。お母様はどうした?」

「お庭に沢山の蝶々さんがいて、ふわふわー、って追いかけてきたの! お母様は……えっと。分からないの」


 なかなかにメルヘンな答えの前半と、不安がぶり返したように元気がなくなった後半。


 まあ、目の前の動くものに夢中になるのは子どもあるある。

 子どもの好奇心に罪はないので、そちらはともかく。


 どうやらルティアちゃんはお母さんといた模様。彼女が迷った理由に納得した。

 そういえば今日、お母様がプライベートな小規模お茶会を開いていたはず。デルタ侯爵の子息夫人も呼ばれていたのかもしれない。ルティアちゃんは顔見世目的で同席していたのではないだろうか。


「ごめんなさい……」


 自分の行動が怒られるものなのだと理解して、ルティアちゃんはしゅん、とうなだれる。


「まあ! まあまあまあ! なぁーんて薄情なのかしら、人って! 子どもが無事でいた喜びを伝えるより、叱る方が先だなんて! どうかしてるわ、本当に」

「むっ!?」

「よろしくて? 心というものはとーってもデリケートなの。その言葉を発したとき、相手がどのように感じるか……。きちんと考えてから音にしなさいな。先を考えない直情っぷりを示すのは、発情した獣だけで充分よ」


 言ってからあら、と呟いてオウムは上品に嘴の先を羽で押さえ、目を細める。


「ああ、誤解はしないでちょうだいな。彼らは己の種を護るためにそうデザインされているのであって、その行動は正当よ。けれど理性こそが種のアイデンティティとも言える人類では、起こした行動は同じでも、原理としてはるかに劣るわね。お、わ、か、り?」


 ルティアちゃんの頭の上から侯爵の肩に飛び移り、ぱしぱしとその頭を叩く。オウムに人間社会の爵位とかが関係ないのは分かるけど、すごいな。


 いや、でも本当はそうあるべきなのよね。それは違うんじゃない? って思ったら、その相手と話し合う。発生するリスクと面倒さが想像できるから、わたしもなあなあで済ませちゃうこと多いけどさ……。

 だからこそ、オウムの行動はすごいと思う。


「君は何だね! 陛下の新しいペットか?」

「あら、ごめんあそばせ。あたくしはヴァーリズ。旅好きのオウムよ」


 オウム改めヴァーリズは侯爵の肩を離れ、頭に乗った。


「ところであなた、仕事ばかりにかまけてずいぶん人間性が下落しているのではなくて? それとも世の生物がみんな己を知っているとでも思っていらっしゃる?」


 名前を要求して自身は名乗らない無礼を、ヴァーリズはころころと笑いながら指摘する。


「ロレンツ・デルタだ。失礼した」

「そう。ところでロレンツ様。あたくし、ここまでの長旅でちょーっと疲れているのよねえ。そろそろ温かいお部屋でゆっくり休みたいわあ」


 なんという堂々としたおねだり……。


「あなたの可愛い孫娘、庭の隅っこでピィピィ騒がしくて大変だったわあ。きっと、すっごーく寂しくて心細かったのねえ。あたくしが通りかかってよかったわねー」

「……うちは部屋にも余裕がある。よかったら、休んでいってはどうだね」

「ありがとー。助かるわぁ」


 面倒くさくなってきた様子で侯爵が投げやりに提案すると、ヴァーリズは嬉しそうに乗っかった。


「ところで、君はいつまで私の頭に乗っているのかね」

「あたくし、高いところが好きなのー」

「棚の上にでも留まっていなさい!」

「はぁーい」


 くすくす、と笑ってヴァーリズは侯爵から本棚へと移動。

 とりあえず一段落、かな?


「では、侯爵。わたしたちは失礼します」


 ニーナも同じように思ったらしく、退出を告げる。


「ええ。ルティアのこと、ありがとうございました」


 喋る代わりにわたしは鷹揚に一度うなずき、侯爵の執務室を後にした。

 さて、と。


「陛下、町の滞在時間が予定より少々長くなってしまいました。なので、今日はきりきり働いてくださいね?」


 一息ついたところで、ニーナから笑顔で言われる。鬼ですか? 鬼ですね。


「分かっておるわ」


 でもまったくもって正しいので、異論はない。高慢さが標準装備の呪いさえ、心なしか覇気がなかったよ。




 あー。疲れたー。


 一日の仕事を終え、お風呂に入ってサッパリして、侍女の皆もさがらせた。就寝までのプライベート時間の到来だ。


 女王の仕事とは、ようは書類仕事である。普通に肩が凝る。

 ハートの国は平和だし真面目で有能な臣下が多いので、それほど気負いがないのが救いかな。お父様とお母様も現役だしね。

 本棚から読みかけの本を取り、栞を挟んだページを開いたところで。


 こん。


 と、窓から小さな音がした。


 振り向いてみればそこにはフェデリが立っていて、わたしと目が合うとひらりと手を振って見せる。

 こんな時間に、どうしたんだろ。


「妾の休息を邪魔するとは、いい覚悟だ。用件を言え。つまらぬことであれば死刑ぞ」


 窓を開け、フェデリが室内に入れるよう身をずらしつつ訊ねる。彼は躊躇なく部屋に足を踏み入れつつも、微妙な顔をした。


「来ている俺が言うのもなんだけど、君はもう少し警戒心を持った方がいい」

「くだらん。そのような台詞は妾を害する気概を持ってから言え。まあ、そのときは妾自ら死刑をくれてやるがな」


 フェデリがわたしに危害を加えるとはあんまり思えないし、そのつもりで来てるなら逆にわたしでどうにかなるとは思えないんだよねえ。もちろん抵抗はするけど。


「君はミラが来てもほいほい開けてしまいそうだ」

「……」


 開けない……。開けないつもりでいるけど、話しているうちにうっかり開けているような気は、する。

 無言でそっと目を逸らすと、ため息をつかれた。

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