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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第一章
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タヌキではなく、オウムを発見

 乙女ゲームの攻略対象になる人だから、そんな悪い人ではないはず! ……とは言えない。都合のいい部分だけ切りとれば、どうにでも解釈できるものだし。


 実際に助けてもらってるわたし自身は、フェデリはそんな人ではないと思ってるけども。


「もしジョーカーが鏡の国の魔物と協力するつもりなら、彼は嘘をつくでしょう? ジョーカー一人だけの言葉は、悪いけど、信用できないわ。前例があるんだもの」


 その『ジョーカー』は今のジョーカーであるフェデリとは別人で、継いでるのは知識と経験だけ。思想とか、人格とか、そういうものはまったく影響しない。


 でも、それをニーナに納得させるのは難しい。わたしがそれを知ってるのはゲーム知識なんだもの。

 こればっかりは、ニーナにフェデリを知っていってもらうしか解決しようがない気がする。


「まあ、妾には関わりなきことだ。勝手にせよ。ただし、妾の邪魔にならぬよう、気取られるなよ」

「分かってるわ」


 疑われる理由をフェデリは理性で納得はすると思うけど、感情は別だから。

 あんまり溝が生まれないうちにフェデリの人柄を認めてくれるといいなあ。……うん。二人を信じてる人間として、わたしも頑張ろう。


 密かに気合いを入れて、角を曲がったところで。


「わっ」

「!」


 危うく、人にぶつかりかけた。セーフ。


「なにをしているか、この愚図が! 妾の歩みを阻むとは、万死に値する!」

「え。……す、すみません?」


 反射的に謝ろうとしたわたしの口はなぜか相手を一方的に責め、不運な相手はやはり反射的な感じで謝罪した。その『相手』を認識して、わたしとニーナの顔からさぁっと血の気が引く。


「シスト、殿下……っ」


 かち合った相手はどうやら城下の視察中だったらしい、シスト王子一行だった。


 ……嘘、でしょ……。


 暴言を吐かないよう誤魔化そう作戦、一瞬で潰えた。

 ニーナも入れるべきフォローが見つからないようで、絶句している。いや無理無理。今のは取り返せない失言だったと思うんだ……。


「ええと……。ご機嫌麗しく、は、ないのでしょうかね。偶然ですね、エリノア様」

「シスト殿下もご機嫌麗しく、と申しております。本日陛下は喉の調子を崩しておりまして、失礼ながらわたくしが主の口となりますこと、お許しくださいませ」


 やるの!? めっちゃ喋った(怒鳴った)あとだけど、やるのね、ニーナ!


 友がシレっとして……してなかった。口の端が引きつってた。

 うん、でも分かった。押し通そう、ニーナ。大丈夫、この世界にはまだ記録媒体とかないから!


「そうでしたか。それは大変ですね。どうぞ、ご自愛ください」


 そしてなんと、シスト王子は突っ込み一つ入れずにこちらの言い分を肯定する言葉を返してきた。嘘ぉっ!


 その顔に貼りつくのは、やはりというべきかアルカイックスマイル。

 怖い怖い。何を考えてるかさっぱり分からない笑顔の鉄面皮も怖いんだって。


「ハート王国は、とても素晴らしい国ですね。民は陽気で朗らか。人々の表情は活気に満ちています。それだけで、国政に問題がないことの証明と言えましょう」

「光栄です、と申しております」


 ハートの国を褒めてくれたシスト王子だけど、その口調には若干の陰りが感じられた。


 クローバー王国は……すでにぎこちなくなっているのかもしれない。


 対立を煽るのは鏡の国の魔物だけど、芽があるからこそ騒ぎは大きくなるのだ。もしこのあとにクローバーの国編のスタートが待っているのなら、もう問題が表面化し始めているかも。


「しかし、一つだけ。王宮でタヌキを見かけました。あれはきちんと飼われているのでしょうか」


 タヌキ?


 王宮で飼ってたっけ? と思わずニーナと顔を見合わせる。ニーナも心当たりがない様子できょとんとしていた。


「尻尾だけですが、王宮で見かけましたので」


 あ……あー、ミラのことかな!?


 全身を見れば猫オブザ猫みたいなフォルムをしているミラだけど、その尻尾だけはちょっとタヌキを彷彿とさせる立派なものなのだ。いや、それでも違うと思うけどね。一瞬だったら見間違える……かも?


「心配には及びません。あれはタヌキではなく、女王の飼っている猫ですので」

「猫、ですか?」


 猫なんですよ。魔物だけど。

 こちらが断言したにも拘らず、シスト王子はなぜか疑問符を浮かべたまま。


「確かに、猫もイタズラはします。しかしより深刻なイタズラをするネズミを牽制してもくれますし、彼らは人の親しき隣人の中でも、さらに益獣ですよ」


 動物が喋る――つまり人と同程度、もしくはそれ以上の知能を持つとされるこの世界では、彼らは前世のように単純な愛玩動物とは見なされない。食用なんてもっての他で、人の親しき隣人という立ち位置にある。付き合いとしては同格の存在なのだ。


 飼う・飼われるという立場も好意と契約の元でのみ成立する……んだけど、考えてみるとちょっと歪だ。まるで後から付け足した感がある。始めから対等なら、友人で充分なはずだもの。


 ちなみに、食肉として用いられるのは魔獣である。言葉が通じず、人を積極的に襲う、魔力を持った害獣がこの世界には存在する。


 人間が動物を食糧だと見なさないのと同様に、動物側にも同じ意識があるらしい。肉食獣だから襲われるとか、そういう事件も殆どない。……つまり、若干ある。


 本能の方が強い子がいるのか、前世の動物とまま同じ感じの子もいるんだよね。大体言葉の通じない子かな。

 喋れる子が統制するから、被害がそう多くなることはないんだけど……どうせならゼロの方がいい。


 そんなわけで、ハートの国でも猫はネズミ捕りに大活躍なのだ。姿形も可愛いから、人気も高い。

 ……ただ、ミラは正確には、猫ではない。猫の性質は持ってるんだろうけど。


 ひやひやしつつも、疚しいところはありませんとばかりにポーカーフェイスを貫く。貫けてる、よね? 多分。隣のニーナは完璧だけど!


「分かりました。エリノア様が猫だというのなら、そうなのでしょう」


 ややあってシスト王子はうなずいた。しかしたっぷり含みを持たせた言葉で。

 まさかバレてる? いやいやまさか。バレてたら許されないって。でもこの言いようは……許容するってこと? ないでしょ。どういう意味なんだろう。


 うう。シスト王子のこういうところが苦手なのよ。聞きたいけど、後ろ暗いことをしてるのはこちらだから突っ込めない……。


「では、シスト殿下。お仕事の邪魔をするのも本意ではありませんので、わたくしどもはそろそろ失礼させていただきます」

「ああ……。そうですね。具合が優れないところを長々とお引き留めして申し訳ありません。それでは、また」


 優美に礼を交わして、そのまま別れる。


 シスト王子の姿が完全に見えなくなって、それでもたっぷり数ブロック分歩いて離れてから、息をつく。それからニーナを振り向いて、訊ねてみた。


「ニーナ。我が王宮でタヌキは飼っていたか?」

「記憶にないわ」


 ですよねー。


「でも、あんな言い方されたら普通に気になる。帰ったら調べてみましょう」

「ああ。そうせよ」


 シスト王子に自分が分かりにくくしゃべっている自覚はないんだと思う。ただ感性が常人と違うので、彼が理解したままの状態で喋られると、凡人のこちらは因果関係について行けない。


 今回言われたのも、動物のタヌキを話題にしたわけじゃない可能性だってある。

 そう、タヌキを人物像の例えにしたとか。素直に解釈すると、ハートの国にいる悪賢い人を気にしていますよ、的な?

 その場合、シスト王子がわざわざ指摘するような――クローバー王国に関与するような陰謀が起こってると……か……?


 『飼う』が手綱を取るって意味なら、わたしが『飼ってる猫』になるとわたし主導で悪だくみしていることになるわけだけど……。あれ、わたしまずいこと言った?


 いや、大丈夫! そんな陰謀はハート王国にない、はず、多分!


「それにしたって。どうしてあの方は謎掛けがお好きなのかしらね」

「さあな。狂人の考えなど、妾に分かろうはずもない」


 まあ、もしこれで王宮に迷いタヌキが入り込んでいたら、珍しくストレートな内容だったことになるけど。

 そうであってくれたらいいなあ、と切に願う。




 結論を言うと、やはりタヌキはいなかった。

 これはシスト王子のミラ見間違い説と平和に片付けるべきか、ハート王国で陰謀が生まれつつあると考えるべきか、もしくはまったく別の事件の指摘だったのか……。


 ミラをシスト王子の前に連れて行けば早いんだろうけど、万が一鏡の国の魔物だとバレたらと思うと、とても実行には移せない。


 鬱屈した気持ちのまま廊下を歩いていると、ふと王宮にはそぐわない子どもの声が聞こえた。


「?」


 王宮とは、職場である。子どもがいるのは珍しい。さらに気になるのは、大人の声が近くになさそうなことだ。


 ニーナと顔を見合わせ、ちょっとルートを変えて庭に出る。


「あのお花はねえ、チューリップというのよ。遠ーい昔に遠―い所からやってきたの。可愛いでしょー」

「うん。可愛いねー」


 廊下で聞いたときは気付かなかったけど、子どもの側でもう一つの声が流暢に話している。でも、人間の保護者ではない。花壇の傍らにしゃがみ込んだ少女の頭に乗っているオウムが喋っているのだ。


 お花に夢中な少女はこちらにまったく気付いてないけど、オウムの方は気配に聡いのか、少し近付いただけで振り向いた。


「あら。あらあら、まあ! 丁度良かったわ。あたくし、今とーっても困っているの。助けてくださらない?」


 首をちょん、と傾けてそう訴えてくるオウムは、頭を撫でたくなる愛嬌に溢れている。分かってやってるっぽいところがかなりあざといんだけど、可愛さは変わらない。くっ。

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