王族婚約事情
「勝手に言っていろ。貴様にとって良き答えなど、妾が口にすることは永遠にないだろうがな」
わたしが少し問答に疲れてきたのを見抜いてか、ミラは会話を切り上げた。そして小さく欠伸をして、陽の当たるポジションをチョイスして丸くなる。
ああ、ニーナ。わたしの我がままのせいで今あなたがいないのはよっく分かってる。
でも思わずにいられない。
早く、戻ってこないかな……。気詰まりで仕方ない。
そんな気弱なこと考えていたわたしを運命が哀れんでくれたか、扉が控えめにノックされる。
はて。誰だろう。
「何だ」
「おくつろぎ中、失礼いたします。セシウス殿下がいらしているのですが」
予定はなかったはずだけど……。いきなり直接、とかっていうのもらしくないし。急ぎの案件かな?
「まあ、よかろう。通せ」
「……承知いたしました」
他国の王族にまで不遜な物言いを隠さなくなったわたしに、侍女は祈りの間を空けてから返事をして、扉を開けた。
「扉を閉める必要はない。よいな?」
「勿論です」
わたしの側にニーナがいないのを見て取ってか、あるいは元からそのつもりだったか。
人の目を失くさないことを要求したわたしに、セシウス王子は迷わずうなずく。
「さて、では、何用だ? 妾の機嫌を伺うほどに暇になったか?」
「幸いにして、父からはいくつか仕事を任されたままです。ご心配には及びません」
ただの嫌味に、真面目に答えてくれる。
いえ、本当にすみません。失礼極まりなくて。余計なセリフが必ずくっついてくるもので……。
「その仕事の件で、少し話をさせていただきたいのです。申し訳ありませんが、場所を変えさせていただけませんか」
「ほう。この妾に、わざわざ足を運べと」
「はい」
「よかろう。ただし、相応に中身のある話ではなかった場合は覚悟しておけ」
尊大に言って席を立つ。
だ、大丈夫だよね。わたしを呼ぶ時点で、中身がない話なわけはない。向こうだってあんまり接触したくないはずだから……。
「感謝します。では、こちらへ」
セシウス王子の案内に従い、廊下を抜け、歩くことしばし。彼が足を止めたのは、小さめの会議室らしき場所だった。
ただし、扉の装飾は豪華。位の高い人物が使うことを想定されている部屋だと思われる。
……というか。位が高いっていうか、このランクってさ……。
「父上。エリノア陛下をお連れしました」
やっぱり!?
それは教えておいてほしかったところですよ、セシウス王子。知ってたら避けたのに!
いや、わたしが拒みそうだと思ったか、むしろあえて言わなかったのか……。
くっ。なるべく会話を少なくしたい気持ちが、こんなところでも足を引っ張ってくるとは。
「ご苦労。入っていただけ」
「はい。――では、陛下」
ここまで来て、回れ右する方法はない。諦めよう。
セシウス王子が空けた扉を潜り、中へと入る。
部屋の中にいたのは、まず中央の席にクローバー王。それからシスト王子。ここまではいるかなって思ってたけど。
もう一人、マリアンナがいる……。
「さて。妾の貴重なる時間を侵してまで、何用であろうか? クローバー王」
「……成程。まるで人が変わってしまったかのようですな、エリノア殿」
「そのような詰まらぬ話のために呼んだのか? 期待外れもいいところだな。――セシウス王子よ、妾の言、勿論覚えていような?」
いや、まさか。一国の王がわたしの毒舌を確かめるために呼んだとか、そんなわけないよね?
「はい。――陛下をお呼びしたのは、先日起きた地盤沈下に関する件です」
精霊たちと結託して偽情報流しているのがバレた、とか? クローバー王国にまで話が戻ってくるのは、まだ早すぎる気がするけど。
「続けろ」
「実は、あの一帯は茶畑でして。そして大部分がハート王国に納品する分なのです。ただ、ご覧の通りの状態ですので、しばらくは遠方からの取り寄せとなります」
「な、何、だと……!?」
うちに……うちに納品されていた、茶畑……。
予想外の方向からくらったダメージに、足元がふらつく。
「ご、ご安心ください。食のクローバーの名にかけて、供給が途絶えることはないとお約束します。ですが、多少納入が滞る可能性については、ご理解ください」
わたしの衝撃の受けっぷりが予想よりも大きかったか、セシウス王子はやや急いた口調でそう付け加えた。
そっか……。うん、帰ったら、大事に飲むように国に布告しなくては。
仕方ない……。仕方ないさ。嗜好品だもの。誰かが飢えるよりよっぽどいいじゃないか。何ならフェデリも分かっててやったかもしれない。
視界がぼやけているのなんて気のせいさ。うん。
「……委細、承知した。話はそれだけか?」
「いえ、ここからが本題です。――エリノア陛下。セシウスと、マリアンナの婚約の件ですが」
「待ってください、父上」
内々の場で『それ』を口にしようとしたクローバー王を止めたのは、当人であるセシウス王子やマリアンナではなく、シスト王子だった。
「どうした、シスト」
「その前に、兄上には話があるはずです」
「――」
弟から、これでもかとド直球に投げつけられた会話のバトン。受け取ったそれを、しかしセシウス王子は持て余しているようだった。
「シスト、私は……」
「兄上。わたしは、兄上がどれ程国を思い、そして尽くせる方かを知っています。そんな貴方だからこそ、民も、マリアンナも兄上を慕っているのです」
「国を愛している自信はある。だがシスト。私はお前の才に及ばない」
「それが、愛した女性を諦める理由になりますか?」
普通はならないと思う。でも王族の立場だと、迷う。
……多分、わたしもそう。
「そもそもそれで、彼女を娶る私の身にもなってください。私にとってマリアンナは、もうとっくに義姉ですよ」
子どもの頃からだもんね。義姉になるって思ってた相手が妻にとか、確かに複雑。意識をすぐに切り替えるのは難しそう。
「不安がられて相談されるのも、正直面倒です」
「そ、そんなに相談していないでしょう。二回だけよ」
「一回結論が出ていれば充分では?」
迷わない人間らしいお答えですね!
マリアンナもわたしと同じ側にいるらしく、ちょっと悔しそうにシスト王子を見上げている。本人、悪意とかがあるわけじゃないから不思議そうな顔をしているだけだけど。




