その差は対象への好感度
ニーナがお忍び用の服を買い付けに行ったのを見送ったあと、ふと放置できない事実を思い出してしまった。
「そう言えば。セシウス王子に鏡の国の魔物が二体入り込んでいる、と言ってしまっていたのだったな……」
いや、言ったときはこんな展開になるって思ってなかったからさ。
「どうしたものか」
セシウス王子に事情を話すわけにはいかないから、皆がある程度納得して、日常に戻れる決着を用意しないと。
ずっと不安感が心に残ってるのってストレスだもの。
とはいえ、勿論ミラやレフュラス、エルトシャンを差し出すわけにはいかない。他の精霊にだって、やってもいないことを押しつけるだなんて道義に反する。後味も悪いし。物凄く。
「記憶を改竄してしまってはどうかね」
「!」
足元から声がしたかと思うと、ミラがぽん、と身軽に机の上に飛び乗って来た。猫姿なのにちょっと安心感がある。
「盗み聞きとは趣味の悪い。死刑だ」
「純然たる偶然だ。信じるかどうかは其方の勝手だがね」
微妙に信じ切れない……。まあ、今は秘密にしてなきゃいけない内容じゃなかったからいいけどさ。
「言っておくが、同胞を差し出すのは難しいぞ。これ以上、あまり数を減らしたくないのでな」
しないってば。
しかし――である。魔物だと――完全な敵だと思ってたときは数が少ないとか言われても気にしなかったけど。何なら絶滅したって構わないぐらいの気持ちでいたけども。
「貴様ら精霊は、どうやって増えるのだ? というか、増えるのか?」
人との間に子どもができるのは知ってますよ。偃月がすぐ近くにいるからね。
あれ? ということは、精霊って意外と人間と近い……?
「其方が考えているよりも、我輩たちはもう少し魔力に近い存在だ。魔力と親和性のある生物が相手であれば、ある程度構造を合わせられるぐらいには」
なるほど。そんな感じか。
「その場合、相手方の肉の器が主体となる。ラビとレビと言ったか。あれもどちらかといえば精霊の特徴を継いだだけの『人』だと言える」
「ふむ」
「我輩たち精霊は、条件が整ったときに世界から生み出される。しかしこの四印の世界が条件を満たすことは……。まあ、相当先にならんとないな」
長寿なミラたちの言う『相当先』って、人間の感覚だと本っ当ーに、すっごく遠そう。
「そういうわけだ。記憶を弄るのが一番手っ取り早いと思うがね」
「手っ取り早く、そして危険だな。露見したときが面倒だ」
それにやりたくないんだって、その手段は。
「話としては弱いが……。先日の地盤沈下が鏡の魔物のせいだとしよう。ついでにフェデリの仕掛けた偽情報での混乱もな」
「うむ。あれは効率的だった。以後、参考にするとしよう」
うう。止めたいけど止め難い。負の感情を生む手段としては、現実の被害が一番少なくて、マシっちゃマシな感じがするから。
ともあれこれなら、四印の世界のどこに移動済みでもおかしくない感じになるんじゃないかな。後はミラに道をもう一つ作ってもらって、そこからすでに出て行ってしまっている――みたいな方向に話を持っていく。
で、道そのものを塞いで終了、と。
犯人が捕まるわけじゃないから、しばらくは不安に苛まれると思う。そこは自然と遠い記憶になってもらうのを待つしかないけど。
「悩みは解決したかね? では、女王。其方に聞きたいことがあるのだが」
「何だ」
「其方に愛されるために、我輩はどうするべきだ?」
ごっ。
あまりの脱力に、額を机にぶつけてしまった。痛い。
「その砂糖で煮詰まって焦げ付いた頭、とっととどこかで取り替えてこい」
「心配せずとも、我輩の頭には砂糖など一欠片も入っていない。だから訊ねているのだよ」
「その発想が、すでに詰まっていると言うのだ、阿呆が」
求めていなければ出てこない質問ですからね。
「……難しいものだな。理解するところから諌められようとは」
「理解したとして、どうする。妾は貴様の望みの多くを否定するぞ。それを逐一言って聞かせるのは面倒だし、早晩、貴様も息苦しさに逃げ出すだろう」
生き物としてのあり方が違うのだ。どうしようもない。
そして環境が違いすぎる者同士が上手くやっていけるのは、それこそ奇跡的な確率となる。
「其方が我輩をすぐにでも諦めさせたくて、我輩が逃げ出すと思っているのなら、試してみるのは悪くはあるまい?」
「目に見えている愚行に無駄な時間を費やす趣味はない」
「ほう。ジョーカーともかね」
「……」
分かっていないのに、痛いところだけは見逃さないな、本当っ。
「程度の差はあれ、ジョーカーもまた、其方とは別の世界に所属する者だ。あやつの考え方の差と我輩の差と、大した違いはあるまい」
「大いに違うわ」
けれどそこを持ち出されると、ミラが違いを『耐えられる』タイプだってことは否定できない。事実精霊たちは、世界の維持のために自分たちの欲望をセーブしてきている。
しなかったら滅ぶだけだからかもしれないけど。
「ジョーカーは我輩たちと同じことをできる人間で、我輩たちは目的のために其方らに合わせることができる。結果は同じではないかね? 女王」
「……」
「それでもジョーカーを許し、我輩を拒むのは、なぜだ?」
「……許しているわけではない」
わたしもフェデリも、関係を変える覚悟が必要になる一線は越えていない。そこは、明言しているミラとの大きな違いとなる。
正直に言って、わたしは自分がどうしたいのか……まだ、よく分かっていない。
フェデリのことは、好きなんだとは思う。でもそれは、立場上彼を伴侶とするのが難しいわたしが、互いにすっごく苦労すると分かっていても貫くほどの気持ちなのだろうか? とか。
それに二人のことである以上、フェデリの気持ちだって同じじゃないと上手くいきっこない。
だけど今のフェデリは自分の気持ちを口に出来る状態じゃない。それが本当に『自分』の気持ちかどうか、分からないから。
それでも、とか言われたって、きっと困ると思う。
そうやって誠実であろうとするフェデリが、わたしも好きだし。
「だが、許したいのかね?」
「くどい」
息をつきミラの質問を切って捨てる。
大体さあ、こうして話しながらもこっちの反応見ながら、学ぼうとしているのが分かるんですよ。そのうち完璧に演じてきそうで、めちゃめちゃ怖い。
「ふむ。まあ、女王の答えは我輩にとって悪いものではない。とりあえずは良しとしておこうか」




