シンデレラ感を感じます
「見事に、鏡の国の魔物だらけですね……」
頭痛がしそうな表情で、ジャックは額に手を当てる。その気持ち、よく分かります。
「しかし、まあ。俺を差し置いているのが帽子屋だけなのは朗報です」
本気で安堵しているっぽい。わたしのこれまでの行動からして無理もないか。申し訳ない。
あ、そうだ。
「その帽子屋だが。あれはジョーカーだ」
「……なるほど」
そうと知っていれば、フェデリへの認識も変わるはず。いざというとき、どこまでを任せられるのか。
流れの帽子屋とジョーカーではその幅がまったく変わるだろう。連携するための情報共有はしておかないと。
「ある意味、全員鏡の国の関係者ですね。まったくの部外者は俺が初だと言っていいでしょう」
「まあ、そうだな」
始めはハートの国を混乱させるため、毒舌の呪いに掛けられただけだと思ってたから。言わなくても何とかなるかな、と。何とかしたかったし。
しかしどうやら全体像はもっと大事なようなので、これ以上は話す必要が出てきてしまった。じゃないと意味の分からない行動で、振り回し続けることになってしまうから。
「承知しました。今は他に、企んでいることはありませんか?」
「ない」
上手くいけば相当量の負の感情が発生するはずだが、それで足りるかどうかは精霊たちだけにしか分からない。
今は祈って結果待ちだ。
……サバは読まないでくれって願ってる。
「次に動くときは、俺にも教えていただけますね?」
「そのつもりだ」
だからこそ話したのだし。
肝心な部分は全部伏せて、不穏と不審しかないわたしの行動を、それでもジャックは信じて残る決断をしてくれた。
ならば今度こそ、わたしもその忠義に報いなければならない。
「これより先、貴様に嘘はつかない。この妾の信を裏切れば、死刑だ」
「貴女が今の貴女である限り、俺の裏切りはないと信じていただいて構いません。何があろうとも、必ず」
ジャックに見限られたときは、わたしが変わったときか。
……物語だとさ、道を踏み外した王様がかつての忠臣に斬られて、死の縁で後悔と改心を――って感動シーンがあったりするけど……。
き、斬られる王様にならないようにしよう、うん!
「さて、妾の話は以上だ。クローバー王国でやるべきことも済んだ。様子を見て暇を王に告げるゆえ、それまではしばし待機せよ」
「承知いたしました」
畑陥没の保障について、そこそこ話が終わった頃合いで切り出そうと思ってる。
せいぜいあと一日二日、ってところでしょうね。
目的があって来たのだから当然なんだけど、ずっと気の休まるときがなかったから、最後ぐらい少しのんびりしたいなあという気持ちもある。
だって、せっかく食の大国クローバーに来てるんですよ!?
正直、食べた料理の味とかあんまり覚えてない。勿体なさすぎる。
せめて今日からは堪能してやるんだからね!
「やあ、エリノア。少しいいかな」
そう言ってフェデリが訪れたのは、翌日の午後三時。ティータイムの時間。
この時間帯だけは、ハート王国の人間ならどんなに忙しい人でも休憩中。かく言うわたしもニーナの給仕でお茶の最中である。
ちなみに、初白幸ではない。あれは残りはお土産だから。
「どうした。経過報告か?」
ミラはまだ戻って来てないから、上手くいっているのかどうかわたしは知らない。フェデリの方に先に報告が行ったんだろうか?
うーん。現状だと考えにくいけども。同じぐらいに共有してくれそう。
「いや、帽子が出来上がったから届けに。ついでに、約束を守ってもらおうと思って」
あ、会うための言い訳にしていた帽子制作、完成したんですね。
約束って言うと、あれか。
「まともに身に付けられるものに仕上がっているのだろうな」
奇抜なのじゃなくて、普通のやつをお願いしたんだよね。で、普通の帽子だったら身に付ける約束だった。
使われない帽子を作るのにモチベーションが上がらないのは分かるし、材料も掛けた時間も勿体ない。なので、提案その物に否はなかった。
後はフェデリのセンスにかかっているが……。
「ということで、どうぞ、お納めください」
大仰な仕草で献上された箱をニーナが受け取り、わたしの元に持ってくる。
ニーナの手からわたしの手に渡り、リボンを解き、箱の蓋を外す。
「……」
眼前に現れたそれに対し、わたしは何を言うべきかを迷う。おそらくニーナは後ろで渋面を作っていることだろう。
いや、おかしいわけじゃないんだ。
パールホワイトの生地に青のリボンが飾られたつばありの帽子は、いたって一般的。素朴で可愛いと思う。
そう、問題はそこ。
素朴なのだ。とても!
わたしはあまりファッションセンスに自信がある方じゃないけど、分かる。
これ、今わたしが着てるランクのドレスに合わないよね……?
ちらりとニーナを伺ってみると、予想通りの顔をしていた。
この帽子を被るなら、豪商クラスの平民の恰好をするのが一番しっくりくると思う。
ミスマッチな服装をさせようって嫌がらせじゃなければこれは……。
「ハート王国でやるよりも、クローバー王国の方が顔を知られている率は低いし、のびのびできるだろう?」
遠回しにお忍びのお誘いですね!?
「エリノア、よく考えてくれ。王宮の料理であれば、君はこの先も味わう機会に恵まれるだろう。しかし城下町の食を味わえる機会は、今を逃したらきっと来ないぞ」
どうしてわたしが食べ物に執着してるの前提かな!
興味がないとは……ないとは言えない。うぅ。認めようじゃないか。町のグルメも回りたいなー、でも無理だなー、って思ってました!
「貴方ねえ……」
約束だからしょうがないよねな方向にわたしの心は傾いてるけど、どうやらニーナは反対派。
分かります。ニーナが正しい。対した理由もなく、お忍びするような立場じゃないですね。何より周りが大変。
「陛下の無聊を慰めたいのは、何も恋人の特権じゃないだろう?」
人を気遣うのに理由も立場も関係ない。まったくもってその通り。
ただ、そうされる当人であるわたしは、どう受け取ればいいんでしょうか。
言葉の通り受け取るべき? それとも少し親しい友人として? ……それとも。
「ええ、そうね。貴方が万人に同じ気遣いをするのなら、立場を考えて釘を刺しつつ、笑って送り出すところなんだけど」
曖昧さを許さないとばかりに、ニーナはその真意を問いただす。
「残念ながら、今のところ俺がこうして誘うのはエリノアだけかな」
問いには答えてるけど、ニーナが言わせたい部分ははぐらかした言い方。
たとえわたしが特別だとして、どういう特別なのかはどうとでも言えるやつ。
「貴方ね……!」
「よい、ニーナ」
「エリノア!」
なあなあにするなと、ニーナに目で叱られてしまった。
わたしには女王という立場があるから、醜聞が望ましくないのは分かってる。
でも、大丈夫だから。いや、立場的には全然大丈夫じゃないけど、流されてはっきりさせないのを許してるわけじゃないから。
今のフェデリは、はっきりさせられないのだ。多分。
……それでも受けちゃうってことは、私も答えが出てるのかな。よく、分からないけど。
お互い誤魔化したままだから、どうしても現実感が薄れてしまうのかも。
「約束だからな」
「女王に贈る品として不適切って、突っ返してもいいレベルよ、これは」
できなくはない。でもわたしがそうする気がないって、ニーナも分かってる。ので、彼女は深々とため息をついた。
「……分かったわ」
「と、いうことだ。喜べ? 身に余る光栄だろう」
「ありがたく、女王陛下」
おどけた調子で一礼。わたしの口調が口調だけに、ハマることハマること。
「妾の時間を使ってやるのだ。一分一秒、無駄にすることは許されぬと思え」
「それなら、そうね。明日の十時から午後三時までの間。一分一秒、遅れることは許さないわ。いいわね、二人とも」
イ、イエッサー。
……しかし。厳密な時間制限か。
不思議の国のアリスというか、そこはかとなくシンデレラ感があるのは気のせいかな?




