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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第二章
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少しだけの本当を

「どういうことです、陛下。まさか、鏡の国の魔物に操られて……っ」

「落ち着け。妾は操られてなどいな――」


 否定の言葉を最後まで待たず、ジャックはわたしの腕を後ろ手に捻り上げ、ハンカチを出して拘束してくる。


「失礼を。しかし操られている者がそうと言うはずもない。……道理で言動がおかしいはずです。ラビとレビは何をしていた」


 ちっ、と上から舌打ちが降ってくる。

 い、意外だ。そういう荒い行動取ることあるんだ。


「ラビとレビを呼んでも無駄だ。妾は操られてなどいない。無礼者」


 操られている状態だと、鏡の国の魔物の手先と同義なので、ジャックがわたしを拘束したのは当然。……操られてないけど。


「とはいえ、貴様の目を覚ますのは必要そうだな。よかろう。ラビでもレビでも呼んで来い」

「そうさせていただきます」


 拒まなかったわたしに若干戸惑いの色を浮かべつつも、ジャックは証明を優先した。


「しばしこのまま、大人しくしていてください」


 手近にあった来客用のソファに誘導されたので、大人しく腰を降ろす。暴れるつもりも抵抗するつもりもないわたしの様子に、少しだけ安堵の様子を見せた。


 分かる。操られているだけの相手、しかも上役を抑え込むのって難しいよね。しかもすぐ死刑宣告するし。


 それからジャックは控えの間へと向かい、ラビとレビを呼ぶよう頼んでいるのが聞こえた。

 ややあって連れてこられたきたラビは、部屋の中に入るなりその緊張した雰囲気に充てられて、びびんっ、とウサ耳を立てる。


「あ、あの。何かありました、か……?」

「ラビ。お前の、ハート王国への忠誠にかけて答えてくれ。エリノア様は鏡の国の魔物に操られてはいないか?」

「ああ……」


 なぜ呼ばれたのか得心がいった様子で、ラビがうなずく。

 フェデリが例の案を話してたとき、ラビも一緒にいたから。どういう問題が起こったか、すぐに分かったんだろう。


「ええと、陛下は操られていません」

「間違いないか」

「はい。誓って」


 はっきり言いきったラビに、ジャックは当惑の目を改めてわたしに向けてきた。


 普段ビクビクしてることの多いラビのきっぱりとした断言って、それだけで説得力あるよね。

 まさか偃月、それを狙って……!?


 ま、まさかねー。


「だから言っているだろう。さあ、さっさと妾を解放しろ。そして己の不明を詫び、跪いて許しを請え!」


 いやそこまでは望んでないよ!?


 手の拘束を外して、納得してくれたらそれで充分だから!


 わたしにこれを言われたら、ジャックはやりかねないのではと内心うろたえる。もしやろうとしたら、どう止めよう。というか今のわたしにそれを止める術はあるのだろうか。


「……確かに。操られてはいないようですね」


 偃月はわたし個人にではなく、ハート王国に忠誠を誓っている。国益を損なう嘘に加担しないことは、ジャックも信用しているようだ。


 それを成し得るだけの期間、偃月はずっとハート王国に尽くしてくれているから。


「ご無礼、お許しください」


 わたしの拘束を外したジャックは、その流れのまま目の前で膝を着き、頭を垂れた。が、常識的な範囲以上の謝罪はなし。ほっとしました。


「貴女が正気だと仰るのなら、なぜあの猫を逃がしたのです。それがどういうことか、エリノア様とて充分に存知でしょう」

「それでもやらねばならんことはある」


 後ろ暗いことなどない。必要だからそうしたのだと、ジャックを見つめて言い切った。


「否定を、されないのですね」


 ジャックにしてみれば、どれだけ性質が悪かろうとも、嘘や冗談の方がマシだったろう。わたしだってそうだ。


 でも嘘にも冗談にもできない現実だから、向かい合うより仕方がない。


「では、なぜ――……。ああ、その前に。ご苦労だった、ラビ。席を外せ」


 ここから先は不穏な会話にしかならないと踏んだジャックが、ラビを人払いしようとする。


「必要ない。ラビも承知している」

「……そう、ですか」


 感情を押し殺したような声でそう言ってから、ジャックは息を吸い、吐いた。


 今の今まで、ずっと自分に黙っていたことを、ラビは知っている――というのは、近衛騎士団長として様々な思いがあるだろう。主に憤りとか、悲しみとか、悔しさとか。


「ならば改めて、話していただけますね」


 それでも次の言葉を発したとき、ジャックの声のトーンはいつものものに戻っていた。


 彼がそういう気持ちを味わうだろうって、わたしは想像してた。してたけど、ずっと黙っていた。だから、彼が今抱いている感情への言い訳はしない。


 そもそも、まだ嘘をつこうとしている身で、一体何が言えるだろう。


「鏡の国の魔物に餌をくれてやる必要が認められた。それだけだ」

「なぜです」

「それは貴様が知るべきことではない」


 核心部分の問いを、ぴしゃりと撥ね退ける。


「約束を違えるおつもりですか?」

「いいや。妾はすでに答えただろう。貴様が妾に求めたのは、情報に何に使うかという部分だけなのだから」


 普通は、その理由もセットで入ってくるやつだとは思いますけども。


 屁理屈だけど、言い様によってはきちんと約束を果たした感じになる。ジャックもこういう論争が得意な方じゃないから、ぐっと詰まってわたしを見詰めた。


「……初めから、そう言って誤魔化すつもりだったのですね」


 その通りだ。


 表情を変えず、ただジャックを見つめ返す。忠誠に報いないこの行いは、わたしの中でそうするべきと決めたうえでの行動だと伝えるために。そこに迷いがないことも一緒に。


 ――でも。


「貴様に明かしてやったこと自体、妾の温情であると知れ」


 本当の意味で、誤魔化してもよかった。それこそ最悪、ミラの力を借りる方法もあるにはある。選びたくはないけど。


 でもジャックは、わたしを選んでくれた人だから。わたしを見て、仕えて後悔してないって言ってくれたから。


 どんなに信じられないことでも信じてくれるかも。そう思ったし、思ったから、なるべく嘘も減らしたかった。


「なぜ隠されるのですか。俺がそんなに信用なりませんか?」

「うぬぼれるな。貴様ごときの問題ではない」


 こんな態度から気持ちを汲み取って、そしてわたしの目指した目的のために、ずっと力を尽くしてくれて来た人だ。信用していない訳がない。


 それでも、言えない。


「そしてその問い、そのまま返そう。貴様の態度こそ妾を信用出来ぬと言っているに等しい。意に沿わぬ駒など邪魔なだけ。ようく頭に刻んで答えるがよい」


 扇を突きつけ、どこまでも傲慢に。けれど問いたい内容だけは歪まなかった。


「貴様は、妾の騎士たる自覚があるか?」


 何も告げない。世界に対して違法を行う。ジャックの中の常識でも、わたしの行動は悪だろう。それでも信じろと無茶を言う。


 同時に、無理だ、付いていけないとジャックが思うなら仕方ない。わたしは扇を彼に突きつけた所からスライドさせて、扉を示す。


「……温情、か」


 その移動を視線で追って、再びわたしへ戻してから、ジャックは呟く。


「なるほど確かに。言わずともよさそうな話を半端にしたのは、それが貴女の精一杯なのでしょう。そしてそれが、俺に報いるには足りないとも思っていらっしゃる。だから、扉を指すのですね。ご自分が見限られることを覚悟して」


 わたしの心理的には概ねその通りだけど、改めて口にされるとやっぱり驚く。よ、よく分かりますね?


「それが精一杯だというなら、いいでしょう。俺は貴女の騎士となることを決めた身です。――騎士の覚悟を、甘く見ないでいただきたい」

「ほう。駒であり続ける選択をするか。貴様の頭はまだまともに物を考えられるようだな。褒めてやろう」


 ええ、褒めてないですね。いつものことながら。


「では、いくつか確認を。答えられないものは答えをいただけなくても構いません」

「よかろう。言ってみろ」

「エリノア様の意図を知っている者は、ラビの他に誰がいますか?」


 あ、そうだね。連携するためにもそれは共有必須ですね。


「フェデリ、ラビ、レビ、ミラ。ハート王国ならこの辺りだな。それからシスト王子の飼っているレフュラス。これからたまに見かけるかもしれんエルトシャン、といったところか。ああ、シスト王子本人は関わりない」


 あの人のことだから、関わりなくなって、記憶が封じられた今でも理解はしてるんでしょうけど。

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