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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第二章
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信用を築くということは

 正直、自信がない。ジャックがわたしを疑った場合、ミラを斬る方を選ぶだろう。


 今はジャックと揉めている時間が惜しい。それよりは、ペットの猫のままにしておいた方がいいと思うのだ。


「……ふむ。まあ、その報が都合がよいというならそうしよう」


 人間の心理に疎い自覚のあるミラは、比較的素直にわたしの要求を呑んだ。瞬き一回の間に猫へと姿を変え、ソファで寛ぐ姿はそのまま。


 よし。


 部屋に一人になった(ように見える)わたしは、机の上のベルを鳴らし、控えの間に待機するニーナを呼ぶ。


「失礼いたします、陛下。――ッ!!」


 そして入ると同時にミラの存在に気が付き、全身で警戒を露わにする。


「さっさと扉を閉めろ。妾の私室は、下賤の者がおいそれと目にしてよいものではない」


 喋り終えたわたしの顔を見て、ニーナは僅かに肩の力を抜いた。それから、ためらいつつ扉を閉める。

 自分で退路を断ってる気分だろうから、抵抗があるのも無理はない。


「どういうこと? 操られているわけじゃなさそうだけど……」

「誠に腹立たしいが、事情が変わった。しばしの間、これとは行動を共にすることになる」

「……理由は訊けない?」

「貴様に知る資格はない。ただ黙って従っていればよい」


 ジャックと同じ理由で、ニーナにも話せない。現段階でもミラのことを知っている分、ジャックよりさらに納得し難いだろう。

 でも、ニーナのことは信じてる。


「妾の決定に異を唱えるのか? ならば死刑だ」


 無茶なこと言ってるけど、ニーナならきっと。


「……。いいえ。今、あなたの言葉に迷いはなかった。それが必要だという判断の上でなら、わたしはあなたを信じるわ」


 一切の事情を話せない。

 それでもニーナは、わたしを信じてくれた。


「それでよい」


 ――嬉しかった。


 せり上がってきた涙と一緒に垂れそうになった鼻水のせいで、尊大なセリフもちょっと鼻声。

 にこ、と笑って歩み寄り、ニーナはわたしの背を抱く。わたしも彼女の背に手を回し、感謝と親愛を示した。


 ありがとう、ニーナ。


「さて」


 数秒の抱擁を交わしてから身を離し、わたしは改めてニーナを見る。


「下らん時間を使っている暇はない。妾にはやるべきことが多々あるのでな。貴様も粛々と妾に奉仕せよ」

「そうね。まだ用を聞いていなかったわ」

「ジャックを呼べ。急ぎだ」

「分かったわ」


 ニーナは本当に何も聞かず、何も言わずにうなずいてくれた。


 ややあって訪れたジャックは、すぐにミラを目に留めて戸惑いを見せる。

 少し前までわたしが飼ってた猫にそっくりだけど、その猫かどうかは判断つかない――って感じだろう。


「ええと、陛下。その猫は」

「野に帰したつもりだったが、妾が恋しくて戻ってきたらしい」

「にゃー」


 おいそこ。わざとらしく可愛こぶった鳴き声上げるな。……可愛いけど!


「そう、ですか」

「これのことはよい。それより、貴様に命を与える」

「はッ」


 大切な仕事であるとわたしの声で察してくれたらしく、ジャックは返答の後、続きを待つ沈黙で答えた。


「各国に派遣している騎士たちの行動を調べ、妾に報告せよ。ただし、秘密裏にだ。妾が何を知りたかったかを気取られるような調べ方はするな」


 ええ、もう不穏なのが丸出しですね。疚しいことがなければ隠す必要ないやつですから。


「……目的を窺ってもよろしいですか」

「必要ない」


 人々に不安を与えるため、なんて目的をジャックに言えるはずもない。


 実行した後は、きっとジャックは悟るだろう。でもなぜわたしがそうしたのは分からないはず。

 これだけは今すぐ、絶対にやらなきゃいけないから、ここで彼に目的は言えない。


「妾の目的が叶ったそのときには、話してやる。今は黙って動け。できない不出来な手足など、妾には不要であるぞ」


 わたしが何をやったかが分かったら、間違いなく問いただしに来る。だから、そのときには話そう。

 自分の意思で精霊――鏡の国の魔物に協力したのだと。そしてそれが、必要なのだと。


 納得してもらえるかは分からない。それだけの関係がジャックと築けたか? と聞かれても、自信を持ってうなずくことがまだできないから。


 でもジャックは、呪いにかかったままの言動でも、わたしのことを見てくれた。そして、認めてくれた。わたしもここまで、人として恥ずべきことはしてきていないと断言できる。……物言いはともかくですよ?


 だから、勝負してみようじゃないか。


 だって結局、人がどういう反応をするかなんて、やってみないと分からない。互いへの信頼とは、その積み重ねによって強固になっていくものだと思う。


 しばし、わたしとジャックは見詰め合う。そして。


「分かりました」


 ややあって、うなずいてくれた。


「貴女が目指すものは、信じています。ですが手段に関してはあまり信用していません。なので、情報と同時に、俺にも何をするつもりかを教えてください」

「よかろう」


 その情報をミラに渡してしまいさえすれば、最悪、目的は達成できる。


「信じていいのですね」


 わたしが迷わず二つ返事で了承したから、むしろジャックは不審気。黙って行動している前例があるから仕方ない。


「貴様はそれなりに妾に尽くしてきた。妾は功には報いるぞ? その妾の期待を裏切るような愚物は死刑だがな」

「その言葉を信じます」

「これは急ぎの案件だ。すぐに動け」

「承知しました」


 うなずき、ジャックは踵を返す。


 話したときどんな反応になるか分からないけど、騙し続けるよりは誠実だろう。それでもまだ、魔族絡みのことは話せないけど。


 息を吐き、椅子に背を預ける。後はジャックの報告待ちだ。




 国同士の行き来には互いの国の了承が必要ではあるが、民間人の移動はそんなに厳しくない。持ちつ持たれつ。良好な関係を維持している成果ですね。


 ジャックには軽ぅーく嘘の(ただし本物の)身分証明書を使って戻ってもらった。良好な関係でもそういうお仕事の人はいるものなんですよ。


 で、急ぎだと伝えていた通り、彼はその日の夕方ギリギリに戻って来た。

 本来なら人を訪ねるにはアウトは時間だけど、もちろん問題なし。


「ではエリノア様。こちらを」

「ご苦労」


 尊大に労いの言葉を掛け、薄い紙束を受け取る。


「駐在都市は間違いないでしょうが、そこでの細かい行動はさすがに分かりません」

「構わん」


 大雑把に分かれば、現地に連絡するだけで済む。なんたって鏡の国の魔物ではない動物たちの中にも、事情を分かって動いてくれる子がいるみたいだから。


 ざっと目を通してから、広げて机の上に置く。ミラに見せるためだ。

 ミラも心得てるから、さも『何となく興味を引かれました』みたいな体で椅子に上って紙面を読む。


 基本、動物たちは人間に対して好意的なので、ジャックも一瞥しただけですぐにわたしへ目線を戻す。情報としても大したものじゃないからね。


「では、約束を果たしていただけますか」

「数時間前、王城近辺にて地盤沈下が起き、畑が少なからず潰れたのを知っているな?」

「はい」


 即答。そのときに王城にいて知らないって答える人がいたら、そっちの方がびっくりですね。


「これから、その話を他国に広める」

「は……?」


 意味が分からない、という様子でジャックは戸惑った声を上げる。そのジャックの目の前で、ミラは魔法を使って鏡の国への道を繋げた。


 動物の姿をして魔法を使う生き物は、鏡の国の魔物だけ。つまりミラたちが言うところの白の精霊たちは、今はもう魔法を使えないってことなんだろう。


「!?」


 動揺しつつも、ジャックの手はすぐに腰の剣を抜く。体の反射に遅れて、猫の姿をしたそれが鏡の国の魔物であることを理解し、ほとんど止まることなく抜刀した流れのまま刃を振り――


 がん、と重い音を立ててわたしの扇子が刀身を撥ね上げる。小規模に発生させた爆発の力でですよ、もちろん。ジャックと筋力で勝負になんかならない……。


「陛下!?」


 悠々と去って行ったミラはすぐに道を閉ざし、追って来られないよう始末して行った。とりあえずは、よし。

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