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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第二章
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実害よりは虚報で済ませましょう

「エリノア、誤魔化されるな。それは猫じゃないぞ」

「あ」


 首根っこを掴み、フェデリがわたしの腕の中からミラを持ち上げる。


「きちんと考えろ。君は、ミラが人の姿でも腕に抱くか?」

「ないな」


 即答。


 無理。無理ですとも。

 生き物としての存在がかなり違うので、本当の所はどうかわからない。しかしわたしの目線から見れば、ミラの人型は年頃の男性としか思えないもの。


「我輩、猫の姿では人である其方らと歩幅がかなり違って、ついて行くのも一苦労なのだが」

「運動だと思えばいいだろう? 四六時中側にいる必要はないんだし」

「……エルトシャンを常に近くに控えさせるべきだったか」

「おい、飛び火させんな」


 フェデリはすでに自身で経験しているので、ミラに嘘の言い分を与えなかった。セーフ。

 害がなくて有利になる嘘だったら、ミラは平気で吐くだろうから。気を付けないと、だね。


「さあ、戻ろう」

「そうするか」


 うなずき、ミラが作った扉を開いてクローバー王国へと帰る。


「……あら?」


 わたしたちの後ろから出てきたマリアンナは、境界を越えた途端に不思議そうな声を上げて目を瞬かせた。

 全員が出たその瞬間に、扉も綺麗に消えている。


「ええと。わたくし、何をしていたのだったかしら……」


 魔族が出てきた辺りからの記憶をごそっと封じたとなると……感覚としてはどうなるんだろう。


「そうですね。とりあえず、兄上の所に行きましょうか」


 一方、こちらも記憶は封じられているはずだけど、いつもとまったく変化のないシスト王子。この人の頭の中では、一体どういう処理が行われているんだろうか……。


「セシウスの所へ? なぜ?」

「被害状況の確認をしたいので」

「!」


 言われてはっとした表情になり、マリアンナは窓に駆け寄り身を乗り出す勢いで外の様子を窺った。


 陥没した畑の周辺にはすでに兵士が配備されており、野次馬は外壁に上ってその様子を俯瞰して眺めている。


 そっか。そこからの記憶になるのか。魔族の部分だけを封じたって感じになるのかな。


「急な地盤沈下か地震か。偶然にしても随分なタイミングであったな」

「そりゃあ、偶然じゃないからね」


 ――は?


 シスト王子にはともかく、マリアンナには聞こえないよう注意をした小声での独り言に、隣のフェデリから答えが返ってきて驚いた。その内容含めて、二重に。


「どういう意味だ」

「未来を知っている君を相手に、わざわざ知られている道筋を強引に突き進む必要はないだろう。だから、別の手段を取ることにした」


 フェデリはわたしが、ゲームという『物語』によってこの世界で起こる大きな事件を知っていることを知っている。

 そしてわたしやフェデリ自身が、すでにその物語の形から逸脱していることも。


「レフュラスの結界が限界に近かったのは、君ももう知っての通り。代案として急造したにしては悪くなかっただろう?」

「き、貴様がやったのか」


 確かに助かった。助かったけど、畑……っ!! 今度は別の問題が発生してますよ!?

 いや、魔族の大量侵攻とどっちがよかったかと言われれば、選びようもないけども……。


「農家の人には悪いことをしたが、経済的な支援はシスト王子を通じて入るはずだ。エルトシャン経由でレフュラスにも伝わっているから」


 本当に全部仕込み済みってわけですね。

 シスト王子がすぐにセシウス王子の所にって言ったのも、保証の話とかをするためかな。


 例外処理には時間がかかるけど、仕事を失った人に長期間フォローなしってのはあまりに無茶。でも、王子が動いてくれれば早くなると思う。


「食の大国クローバーだ。全体で見れば、畑一つ潰れたぐらいさしたる打撃じゃない。だが起こったことは事実だから、噂ぐらいは広まってもいいだろう」

「噂……?」

「クローバー王国で地震が起きて、農作物が甚大な被害を受けた、とね」

「!」


 ここまで説明されて、わたしにも分かった。


 クローバー王国の輸入食糧に頼っていない国はない――つまり、四印四ヶ国すべての人々にとって他人事じゃない大災害。そんな話を聞いたら、きっと多くの人が不安に苛まれる。


「精霊たちのやり方は非効率的だ。人ではない彼らに、人の心理を読んで行動しろ、というのも無茶なのかもしれないけどね」

「ふん」


 面白くはなさそうだったが、ミラはフェデリの言葉を否定しない。実際、理解できない実感があるんだろうな。


 それでもわたしに近付くために知ろうとしたミラのことを思い出しかけて――慌てて追いやる。今はそれどころじゃないんだって。


「エリノア。ハート王国は四印全ての国々に騎士を派遣してるよな?」

「ああ。魔獣退治協力のためにな」


 出現した魔獣の強さによってはより上位の騎士が派遣されるけど、常駐しているのは一般騎士。


 なにぶんワープにも制限がかかるので、援軍を送るにしても正確な情報が求められる。そのための常駐兵だと言っていい。


「彼らに、第三者のいるところで動物たちからの噂話を聞かせてほしい。被害の状況が正確に伝わる前に、素早く、大勢に広めるんだ。動物たちの方は、ミラ。君たちで何とかなるだろう?」

「手配しよう」


 軍属の人間が慌ただしく動けば、それだけで不安が掻き立てられる。


 でも、実害はない。さっきフェデリも言ってたように、クローバー王国という国家単位で見れば、畑一つを失ったぐらいで揺らぐ国じゃないから。


 酷い嘘かもしれない。それでも、本当に騒乱を起こすよりずっといい。

 すべてを護る第三の解決策って、こういうのを言うんだよね。


 その力が羨ましい。そしてその能力を使って救う方法を考えてくれるフェデリのことが、好きだなと思う。


 ジョーカーが、フェデリでよかった。

 フェデリにとっては嬉しくないことかもしれないから、本人には言えないけど。




 フェデリの案を実行するには、各国に派遣している騎士の行動を、現在進行形である程度正確に把握する必要がある。


 わたしが請求すればもちろん資料は出てくるけど、ぶっちゃけ怪しい。その直後に妙な噂が蔓延することになるので、できれば避けたい。


「我輩に頼めば、都合の悪い記憶などすべて封じてやるというのに」

「はッ。妾の意思に物申すとはいい度胸だ。死刑にされたいようだな」


 ミラが人の尊厳をさらっと無視した提案をしてくるけど、却下。


 こちらの都合で、人の記憶、経験――そういった、心を形成する大切な一つ一つを宿すそれを、勝手に弄りたくない。


 場合が場合だからやむを得ないことはあるだろうけど、その方が楽だから、で選ぶべき手段ではない。


「では、どうするのかね?」


 ソファの背もたれに体重を預け、気怠そうな様子で頬杖なんかを付きつつ聞いてくるミラは、どう見てもだらしない、はず。なのに絵になる。


 くそう、顔が仕事し過ぎである。返上しろ。

 ……というか。


「なぜ貴様は今更人型を取っている」

「向こうから探査されたらどちらにしろ断つ必要があるのだから、女王の側にいる限りは大して変わらなくなったのだ。ならば、其方の器に近い姿の方がいいだろうと思ったのだが」


 猫がいいです。姿がまだ可愛いから。


「側に侍らせなくてはならないのは、まあ、仕方あるまいな。だが今は猫になっておけ」

「なぜだ?」

「今からジャックを呼ぶからだ」


 怪しまれないでその手の軍事情報を見られるのは、わたしたちの中ではジャックしかいない。


 国王直属の近衛騎士、しかも団長であるジャックは形式上軍部のトップ。開示させられない情報はないのである。


 まあ、現実には手を入れにくい領域があると思うけど。


 しかし今回求めているのは、どこの部署にとっても機密扱いにする必要のない情報。さらっと見てくることは可能なはず。


「其方の近衛だろう? そやつの前で、まだ我輩に猫の振りをさせるのか? 面倒が増えるだけだと思うが」

「鏡の国の魔物にいいようにされている国王など、笑いものだ」


 ジャックに魔族のことは話せない。ミラの――精霊たちの力の消耗は、できる限り少なくしたいから。

 となると、ミラへの認識は鏡の国の魔物のままになるわけで、その存在を分かってて側に置いているわたしは、四印世界の協定的にアウト。


 ジャックには、それでもわたしが自分の意思で協力していることを納得して、そして認めてもらわなきゃいけない。魔族の件抜きで。


 これはわたしがどれだけ彼に信頼されているかの話になる。

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