準備は慎重論で行う主義です
わたしがフェデリの相手はアリスではないと断言した理由がこれである。
そもそもアリスじゃないのですでに乙女ゲームとして破綻してるし、今のところの二人には、ほんのり友人入りかけ?以上の距離感はない。つまり、ほぼただの知人。
ちなみに彼の魔法が効かない恩恵はわたしにもあって、なんとわたしの毒舌がアレフには呪いで捻じ曲げられる前の状態、つまり喋ろうとしたままの形で聞こえるようなのだ。
周りで聞いている人(わたし自身を含む)には毒舌のままで伝わるので、彼との会話はおかしくなることがままある。いや、おかしくないんだけど。本当はそっちが正しいんだけど。
「今、他国から貴賓がいらしてるの。そのための対策と練習ね」
「あー。そういや噂で聞いた。クローバー王国の王子様だっけ?」
「ええ、そうよ」
「……エリノア、大変だなあ……」
しみじみとした労わりの言葉を貰ってしまった。
「困ってるなら力になるぜ! って言いたいとこだけど、王子様相手にこの世界の国籍すらない一般ピーポーの俺ができることって、何もないよな? じゃあ、今日来たのって別件か?」
「そうよ。……ちょっと場所を移したいんだけれど、可能かしら?」
アレフに話したいのはミラの――鏡の国の魔物の話なので、どこに誰の耳があるか分からない所ではちょっと話しにくい。
ニーナに訊ねられ、アレフは少し考える素振りを見せたあと、うなずいた。
「客少ないから多分大丈夫じゃないかな。ちょっと旦那に断り入れてくる」
悪いことをしてしまった。
人を訊ねるならアポイントメントは必要だと思う。前世では特に勧誘系にそう思っていた。こっちには用がない相手への対応って、すっごく疲れるんだよね。
そんな訳で本来ならわたしも手紙で伺いを立ててその返事を待って――とやるべきだったんだけど、時間のロスが怖かったので直撃することにしたのだ。
大らかな宿屋の主人はアレフの休憩を許可してくれた。感謝を込めて一礼し、宿屋の裏手に回る。こちらは従業員区画で、現在は人気がないとのこと。
「じゃあ改めて。どんな用なんだ?」
「もしも不自然な物を見つけたら、教えてもらいたいの」
「不自然な物?」
「そう。明らかに不自然なのに誰も気にしていないような物。鏡の国の魔法で隠されているかもしれない物よ。万が一道まであったら大事だし」
鏡の国へは空間が捻じ曲がって繋がるので、どこに出没してもおかしくない。何なら壁に唐突に下り階段が出現したりする。しかしその壁を外側から見ると、普通の壁のままなのだ。
鏡の国の魔物は幻術や精神に作用する魔法を得意としていて、彼らに道を隠されてしまうと見つけるのはなかなか難しい。
しかし、である。アレフには簡単に見抜けるのだ。
なにせ彼には魔法の一切が効かない。幻術も精神干渉も受け付けない体質である。理由は彼がヒロインだから――ではなく、そもそも魔力が存在しない異世界人だから、だと思われる。
「鏡の国への道って、ミラが通って来てシスト王子に封印される予定のやつじゃなくて、だよな?」
「もう一つ、あるかもしれん」
あ。ニーナの通訳頼まずに喋っちゃった。……まあ、いいか。人目もなさそうだし、アレフには通じるし。
ミラが通って来た道は見つけて、すでにわたしが封印してある。そしてミラはその道を使ったのは自分だけだと言っていた。わたしの側にいるために、他の同族の干渉を嫌がったためだということだから、多分嘘じゃない。
もしクローバー王国に混乱をもたらす鏡の国の魔物がハート王国から連れ帰られた存在なら、きっとある。
鏡の国への道は、そんなに頻繁に繋がらない。繋がるとしたらそれは――……だから、クローバー王国で繋がったと考えるより、ハートの国で……。
…………ん?
あれ……。変だな。わたし今、何考えてた?
「エリノア? どうかしたのか?」
「何でもない」
奇妙な感覚がそのまま顔に出てしまったらしく、アレフから心配そうに声をかけられてしまった。それに反射で否定を返す。
どうしてだろう。この感覚の正体を、追究してはいけない気がする。
それでええと……。ああ、そうだ。鏡の国の道の話。
クローバーの国でまま繋がってって線もなしじゃないだろうけど、万が一にもウチから火種を持ち帰らせるのは申し訳ないから探しておこうと、そういうことだった気がする、うん。
「何でもないって感じじゃなかったぞ?」
「妾のように高貴で立場ある者は、貴様のような雑草には考えもつかぬ苦労があるのだ。妾を気遣っているつもりなら、即刻、改めろ。むしろ煩わしいわ」
「訊かれたくないなら、分かった。でも助けが必要なら声かけてくれな」
「妾のために働くのは、この世にある者すべての義務だ。当然であろうが。……しかし貴様、誰にでもそう軽々しく手を貸しているのか? 物好きよなあ」
頼っていいって言ってくれる人がいるのはとてもありがたいんだけど、ちょっと心配にもなったので訊ねてみる。
ましてほら、アレフは今自活しているわけで、自分の生活を支えるだけでもかなり大変じゃないかな、と。
「まさか。自分が助けたいと思った人だけだよ。ついでに言うと、俺の国のポリシー的な?」
「ほう?」
「俺の国では、頑張ってる女性の邪魔をするのは無粋なのさ。無茶だろうが無理だろうが、本人が歯を食い縛って耐えてるなら、男がやることは支えることだけ。それが俺の国のカッコイイ男ってやつだ!」
な、なるほど。自分の理想とするカッコイイを追及しての行動なのね。さすが行動派。その姿勢そのものが、むしろちょっとカッコイイぞ?
アレフの目って、いつもキラキラしてるなあとは思ってた。やりたいこととかなりたい自分とかを嘘つかないで、真っ向から向き合って努力をする――だからきっと眩しくて、つい羨ましく、憧れるような輝きを放つんだろうな。
うん。なんか元気出る。
「とにかく用は分かった。できる範囲で注意するけど、でも、エリノアは心配性だなあ」
「何だと?」
「だってフツー、自国で二つ目の道が、とかって考えなくないか? 一度繋がった国は二本三本って繋がりやすいとか、そういう事例があるのか?」
「史書にはないな」
鏡の国の魔物とのいざこざが記されている部分にも、道がいくつ繋がってましたとか、そんな記述はなかった。なかったってことは、多分複数いっぺんに繋がったことってないんじゃないかな? あったら記されていると思う。
……そういえば、時代によってジョーカーは鏡の国の魔物の手助けをしたりしてるんだよね。
ジョーカーの名前を継ぐ人は知識の探究者だから、そのとき鏡の国の魔物の側に得たい知識があったってことなんだろうけど……。
フェデリは……たとえ欲しい知識があったとしても、しない、と思うけど。
「前例もないんだ? 本当に心配性だなあ」
「黙れ」
気を回し過ぎだと言われれば、そうなのかも。でもどうしてだろう。左胸が――この国の『王』たる証であるハートの印が、熱い。
まるで何かを訴えてきているかのように。
アレフと別れたわたしは、せっかくなので城下町を散策……ではなく、視察をしていくことにした。
しばらく歩いてから、ふとニーナが口を開く。
「あなたが気にしてるのって、ミラの態度のせいなのよね?」
お忍びの恰好なので、ニーナは今わたしの横に並んでいる。久し振りの距離感。懐かしい。
子どもの頃はまだしも、少し周囲の情報が理解できるようになったら、主と臣下は友達にはなれない。少なくとも、周りにそう見えてはいけない。
でもそれでも、感情は別。だから今は……結構、嬉しかったりする。
「それもあるな」
「わたしはあの魔物のことを知らないけど、上の空だったのは分かったわ。あんな様子見せられたらそりゃあ気になるわよ」
ミラのことだから、わたしを不安にさせるためだけにやってる可能性もなくないけど。
けどそれだったら別にいいのだ。いや、気持ち的には全然よくないけど、実害は出ないから。文句をつけるなり本人に報復すればそれで済む。
「だから異世界人であるアレフ君に頼んだのは良かったと思うわ。なんといってもしがらみがないもの。『ジョーカー』って、あんまり信用できないし」
「誰を使うかは妾が決める」
自分の意見の体で言ってるけど、ニーナのこれはわたしへの忠告でもある。
ニーナが警戒する理由は……まあ、分かるのだ。
『ジョーカー』とは、誰か一人を指した名称ではない。その名を継いだ人物が呼ばれる呼称である。
ジョーカーとして選ばれた人は、それまでのすべてを失い、歴代ジョーカーの記憶と経験を受け継ぐ。そして世界の深淵の探索者となる――というのは、わたしがゲームをやっているから知っている設定。
この世界で知られているだけの情報だけで言うなら、強大な力を振るう制御不能な気まぐれ屋。
歴史書に度々姿を現すから、その存在は多くの人が知っている。けど、実態は不明。無軌道に人や国を救ったり、あるいは逆に、壊したりする。
でも、今代のジョーカーであるフェデリはそんなことをするような人じゃない。
「あなたが信用したいなら、それで構わないと思うの。実際彼はハートの国を助けてくれたのだし」
「しかし貴様自身はまだ信用ならぬ、と?」
「だってわたし、はじめましてだもの。あなたの信用を得るためにまず協力者の振りをする――ってことだって考えちゃうわ」
なるほど。ニーナの立場なら、そうかも。
前世でやってたゲーム分も含めて、わたしはフェデリに親近感を持っている。でもニーナにしてみれば名前を知っているだけの他人だ。歴史書の情報も併せて、警戒するのは無理もない。