真実の欠片と対面しました
「シスト、貴方、わたくしとセシウスの婚約を認めてくれているの?」
「反対したつもりは一度もありませんが?」
「っ……!」
何でもないことのように告げられた確定に、マリアンナはぱあっ、と表情を明るくしていく。
分かる。シスト王子が言ったってことは、確実にそうなるってことだから。
「じ、じゃあ――」
「シスト!」
更に何事かを続けようとしたマリアンナを遮って、シスト王子の胸ポケットからハリネズミが顔を出す。
って、今の声レフュラスだし! そんな所にいたんかい!
「まずいぞ、想定より向こうの干渉が早い。力が足りん。――突破される!」
言っている内容は分からないが、レフュラスがもの凄く慌てているのは見て取れる。
突破って、何が――。
バキィッ!
「!?」
疑問を口にするまでもなかった。
何もない空間に、いきなりヒビが入ったのだ。
その様はまるで、鏡を叩き割ったかのよう。呆然としているうちに、ぬっ、と黒い腕らしきものが出てきて――
「……っ」
「女王、それを認識するな、楔にされる!」
背後から聞こえたミラの声に振り返れば、全速力で駆けてきてからの、ジャンプ。
「痛っ!?」
そして額に肉球アタック。
待て。今の絶対、ただの肉球アタックじゃないでしょう。詰問しようとしたときには、ミラはわたしの隣を駆け抜けてシスト王子とマリアンナの元へ。そして同じように肉球アタックをした。
そしてこちらの世界で見ることの珍しい人型を取り、割れ目から全身を現したモノと対峙する。
「な――、何だ、あれは」
全身が黒い。形としては人に近いけど、腕が地に就くほどに長く、右肩からは趣味の悪い肩当ての様にトゲトゲが飛び出している。
その漆黒の体には銀色の線が複雑に走っており、規則的な明滅を繰り返す。血管のような器官に見えなくもない。
「世界の果てから来る、魔獣と似たようなものだと思えばよい」
答えたミラに、黒い物体の顔らしき部分に一筋、線が走る。そしてギチギチギチッ、と笑い声を立てた。
「乱暴ナ分け方ヲするな、精霊。我ラは、魔族。下僕と一括りにされルいわれは、なイ」
笑う自称魔族の後ろでは、空間の裂け目が広がっていく。その奥に見えるのは――焼けた土。枯れた森。流れ込んでくる、腐敗を含んだ空気。
自称魔族は今、魔獣を下僕だと言った。
まさか、この光景って世界の果ての先……!?
「レフュラス、閉じろ!」
「やっている! だが力が足りん! 襲撃予定日以上は保証できんと言っておいたはずだ! それに金貨の印がないと逆位相の調整が――エルトシャンは、ジョーカーはまだか!」
よく見れば、割れ目は塞がって、割れてを繰り返している。そして徐々に穴は広がっている。
レフュラスが閉じようとしているのなら、彼が力負けをしている、ということだ。
事態はよく分からないが、開けちゃ駄目なことは分かる。
「ラビ、止めろ!」
「は、はいッ」
わたしが叫ぶと、呆然とした様子で硬直していたラビが反射な感じで身を震わせて返事をして、魔法陣を構築する。
わたしには視えないけど、魔法の効果はすぐに表れた。割れ目の変化がピタリと止まったのだ。
と同時に、今度は足下から轟音と大きな振動が襲ってきて、体に響く。そして上がる大勢の悲鳴。
「こ、今度は何だ!」
狼狽しつつつい窓の外へと目をやると、町から少し離れた、しかし目視可能な場所にある畑が、地中に陥没していくところだった。
今の地震のせい!? それとも地盤沈下が先!? こんな時に自然災害とか、不運にもほどがあるでしょ!
「――よし、いける。ミラ、切り離すぞ。そこのウサギ、時を戻せ!」
「え、え!?」
敵対関係にあるはずのレフュラスからいきなり指示をされ、ラビはうろたえる。わたしの方へと首を向けてきたラビに、うなずいて返す。
多分、この件に関してだけは彼らは敵じゃない。
「許す、魔法を解け!」
「は、はいっ」
ラビが片手を握り、何かを壊す仕草をすると同時に、空間の割れ目がみるみる塞がっていく。
今の地盤沈下を目撃して恐怖を感じた人々の感情をレフュラスが食べて、力を補充したんだ。
運がいいのか悪いのか、この場合ってどっちだろう。
「位相転映」
割れ目が塞がるのを見届け、ミラが構築はし終えていたらしい魔法を発動する。わたしとラビ、シスト王子とマリアンナ、ミラとレフュラス、そして魔族を覆うように白い霞が立ち昇り――。
一瞬だけ目線を遮られたその前後で、景色が一変していた。
レフュラスに連れ去られたのと同じ雰囲気の、大広間だ。
「女王、王子。そして貴族の娘。説明は不要であろう。あれを倒すため、力を貸せ」
この世界に魔族なんて存在がいたのは前世のゲーム含めて初耳だけど、友好的じゃないのは一目瞭然。
「よかろう。焼き尽くしてくれる」
「頼もしいが、エルトシャンが来るまで無駄な攻勢は控えたまえ。あれらに力を届けるには、奴らの魔力と波長を合わせる必要がある」
「何?」
「桁が違うのだ。あれと、我々とでは」
苛立たしげに吐き捨てたミラの言葉に被せるように、魔族の哄笑が響く。
「そうだ。魔より出でシ我々に、適性を持っただケの人間が挑モうなド、笑わせテくれる」
手のひらを上にして肩のあたりまで持ち上げると、魔族はバレーボルほどの大きさをした、漆黒の球体を創り出す。
「そしテ、人に依存すル脆弱種! 力の源タる人を失い、貴様らも最早脅威にあラず!」
言い終えた瞬間、黒い球体は破裂し、何十という小さなサイズに分裂し、宙に留まる。
「死ネ」
そしてそれらがこちらに向かい、一斉に飛んでくる!
「立ち昇れ、火壁!」
攻撃性の魔法であることは間違いなし。当たって威力を確かめようとも思わない。火炎の壁を軌道上に生み出し、魔力相殺による無効化を狙う。
けれど、今この状況でミラが嘘を吐く理由はない。
結果、嫌な予感は当たった。黒い球体群はほんの少しだけ体積を減らしつつも、数すら減った様子がない。
「鋼鏡壁」
黒い球体群を受け止めたのは、レフュラスが作り出した硬質な輝きの鏡だった。半分ほどめり込ませつつも、こちらに貫通してきた物はない。
しかし維持するにも力を消費するのか、凌ぎ切った後、レフュラスはすぐに鏡を消した。
身を仰け反らせ、魔族は嗤う。楽しそうに。
「不愉快だ。まずはその笑い、止めてくれよう」
無理に攻勢に出るなとわたしに忠告したミラ自身が、魔族へ向かって走る。己の背後を護るように出現した五振りの剣のうち一本を手に持ち、切りかかる。
「健気よナ、精霊。そレでも人を護らんトするか」
「生憎、我輩たちは白の連中と違い、そう健気でもないのだよ。其方たちがもう少し我輩たちにも譲歩すれば、共生する道もあっただろうに」
ミラが横薙ぎに振るった剣を、魔族は手の甲に当たりそうな部分で受け止める。響いたのは金属音。
痛手があるようには見えなかったが、目で見える以外の影響があるのか、魔族は笑みの形に歪ませていた顔の一本戦を直線にした。人で言えば、唇を引き結んだ、といったところか。
動きを止めた魔族へと、宙に浮いたままの残る四本の剣が振り下ろされる。
けど、どれも切り裂こうという間合いではない。牽制か、でなければ掠めようという距離だ。
まともにぶつかったら押し負ける、と言っていたのは事実なのだろう。ミラのこの行動は正しく牽制であり、エルトシャンが来るまでの時間稼ぎなのだ。
援護したいところだけど、的が小さい上に動きが早い。正直言って、上手く狙える気がしない。下手をしたらミラに当ててしまうかも。
それでも、来るかもしれない機会のため、魔力自体は扇子に通しておく。と。
「悪いッ。待たせた!」
壁に小さな穴をあけ、黒猫のエルトシャンが這い出てきた。どうも強引に道を繋げた感があるな。
「遅い。何をしていた」
「ジョーカーの頼みに付き合ってたんだよ」
フェデリの頼み? いや、今はそれどころじゃないか。




