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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第二章
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目的は達成しました、が

「っ」


 瞬間、ほんの僅かに、ジャックは苦痛を殺した息を詰める。


「急げ、民間人がいるぞ!」

「おい、聞こえるか! 風を張った、もう大丈夫だ!」


 その声と同時に、わたしたちと緋剛猿を分かつ形で、緑の風が渦巻くのが見えた。無理に通ると切り刻まれてバラバラになるやつ。


「そこの四人! 意識はあるか!」


 緋猿を囲む警備兵とは逆側、わたしたちの後ろから、安否を訊ねる声が掛けられる。顔を上げて振り向くと、丁度兄妹二人が抱きかかえられたところだった。


「あ」

「大丈夫です。……肩を貸していただければ」


 わたしの発声に被せて、ジャックが答える。そうだった。会話とか、ままならない身でした。


「よし、任せろ。お嬢さん、あんたは怪我は」


 ショックを受けているせいだと思ってくれたか、首を横に振るだけで答えたわたしに、訝るでもなくほっとしたようにうなずく。


「おい誰か、手を貸してやれ!」

「すぐ行く!」


 少し離れていたところで、避難していた人の確認を担当していたらしき一人が、こちらに駆け寄ってくる。


 手を差し伸べてくれた警備隊の人に伸ばしたわたしの手は、演技ではなく震えていた。


「もう大丈夫だ。安心してくれ」


 怯えている人間にかけるに相応しい、堂々と迷いのない、優しい笑顔と態度。町の警備隊はどこの国でも大概若手が務める、軍人として経験を積む場。実際、駆けつけてきた人たちも若い人が多い。


 でも、若手でこの練度があるのか。クローバー王国の力を垣間見た。


 騙しているようで気は引けるけど、警備隊の人の手を借りつつ立ち上がり、その場を離れる。その後ろから、緋剛猿のものらしき断末魔の叫びが轟く。


 後ろを振り返ってみれば、正に緋剛猿が地に倒れ込むところだった。


「魔法を使わない幼体で幸いだった。しかし、町にいきなり魔獣が出現するなんて……」


 呟いた警備隊の人の頭には、鏡の国の魔物のことが浮かんでいることだろう。ゲームでもこうやって、だんだん明るみに出ていっていた。

 シナリオ通りにセシウス王子ルートを成功させるなら、ここからまた動く必要があるけど、その前に。


「……ジャック」


 先に癒士の元に到着していたジャックは、すでに治療を受けたあとだった。多分、町で営業している人が緊急招集されたのだろう。王宮で彼女の顔を見たことがないので。


「先に言っておきますが、大したことはありません。きちんと身体強化してから受けたので。――ですね?」

「え、ええ。幸い、軽傷でした」


 いきなり話を振られた癒士の女性は、しかしはっきり同意を返した。


「治療、ありがとうございました」

「いえ、ご無事で何よりです。けれどまさか、町中に魔獣が現れるなんて……」


 頬に手を添え、顔をしかめる女性へと、現場の方から声がかかる。


「――すみません! 癒士の方、来ていただけませんか!」

「はい、すぐに!」


 声をかけられ、彼女は慌ててそちらへと向かって行く。

 癒士の人が呼ばれたってことは、他にも怪我人が出たか。


「死刑だな」


 誰かに聞かれるとまずい単語を削った結果、残ったそのセリフにジャックは苦笑をする。


「事故は起こるものです。――見咎められる前に、離れましょう」

「分かっている」


 元気に立ち上がって歩いている人間に構っている余裕のない、後始末最中の混乱が続く広場を、わたしとジャックはそっと遠ざかる道を選んで進んでいく。


「軍人とは、無辜の民を守るために就く職業です。守るべきものを守るための負傷は、誰でも承知しています」

「下らん。当然のことを一々と」

「納得していないように見えたものですから」


 納得は……してる。怪我人が出てしまった件に関して、エルトシャンを責めようとも思ってない。けれど。


「そう見えるのなら、妾を謀った貴様に対してだろう」


 わたしはジャックに、一緒に被害者の振りをするようにと命じたのだ。魔獣が攻撃してきた様子は嘘をつく理由のない子ども二人が証言してくれるだろう。目論見は成功したと言える。


 でも、わたしを庇って一人で怪我をしろとは言ってない。


「目的を妨げたわけではありません。こう言えばまた貴女はいい顔をしないでしょうが、魔獣被害の程は丁度いい具合であったと思います」

「……」


 ジャックはなにも間違っていない。幼体をチョイスしてきたエルトシャンの判断も良かった。巻き添えになった人がいたことだけが計算外だけど、民間人ではなく軍人だけで済んだのなら、説得力を増す効果を得た対価として不幸中の幸いと言えるだろう。


「ですが貴女を傷付けたくなかったのは、俺の勝手な判断です。命令違反は認めます。しかし現状、クローバー王国は危険地帯と認識します。処罰は国に戻ってからにしていただきたい」

「黙れ。尚も妾に意見するか。厚顔にもほどがある」


 罰しようとは思っていない。よく考えなくても、わたしを護ることを仕事にしている人に対して無茶な命令だっただろう。


 命令に逆らってまで、わたしの身を護ってくれたジャックの覚悟は嬉しい。でも、意思を無視された悔しさもある。それをさせてしまった自分の浅はかさへの羞恥も。


 上手くいって目的は達したはずなのに、全然そんな気になれない。


 ……わたし、どうするべきだったんだろう。


 自然と肩が下がりそうになるのを、正しい姿勢を意識して保つ。


「申し訳ありませんでした」

「貴様の謝罪に価値などない」


 謝ってほしい訳じゃない。謝られるようなことをされたわけでもない。


「……そうですね」


 拒絶だけが露わになったわたしの言葉に、ジャックが返してきたのは、肯定。


 額面通りに受け取ったうえでの肯定ってこと?

 わたしが後ろを歩くジャックを振り返ると、真っ直ぐこちらを見ていた瞳と、視線が絡まる。


「俺はおそらく、次も同じことをします」

「妾の命は従う価値がないと、そういう申告か?」

「いいえ。最善であっても、貴女が傷付くのであれば、俺は次策を選ぶでしょう」

「主を護るのが近衛騎士の務めだからか」

「少し、違います。それが王として正しいのであれば、主の意思には従うべきと考えます。同じ道を征くことはあっても、遮ることはしません。……だからこれは、俺がただ未熟なだけなのでしょう」

「……」


 言われて、考える。


 未熟――というより、わたしたちは主として騎士として、まだ互いへの間隔を掴み切れていないのかもしれない。


 ジャックに命令違反をさせたわたしの考えは、独りよがりだった。反対されると思ったから、そこまで思考が辿り着いていながら黙っていて、彼が頷かなくてはならない状況にまで持ち込んだだけ。


 そりゃあ、意思の統一なんてできるわけなかった。ちゃんと話し合うべきだったのかも。


「同じ道を征く覚悟があるというのであれば。次からは物分かりの悪いその頭に、よくよく理解させてやる必要があるな」

「ぜひそのようにお願いします」


 ジャックはほっとした顔をした。うん。当面はそれが正しい気がする。


 ……言ったからには実行するつもりだけど、説得、大変そうだなあ……。

 あ、そうだ。大切なことを忘れてた。


「それはそれとして、此度の件だが」

「はい」

「妾に傷をつけなかったこと、褒めてやる」


 庇ってもらったのに、お礼の一つも言ってなかった。お礼じゃないけどさ、これも……。


「光栄です。――俺が側にいて、貴女に傷を負わせたりはしない。絶対に」


 感謝してるし、気持ちも嬉しい。

 しかし先程大変そうだなあと思ったことが、一回り大きくなった気がする。


 うん。もう無茶なこと止めよう。皆で知恵を絞ればなんとかなるさ。多分ね。

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