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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第二章
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VS緋剛猿(演出)

 さて。今ははるか昔の出来事に思いを馳せているときじゃない。ジャックを呼ばないと。


 ベルを鳴らして控えの間に待機しているニーナを呼び、ジャックにここに来るよう命じる伝言を頼む。


 それが何を意味するのかを分かっているニーナはやや表情を硬くしてうなずき、言伝を持たせた侍女を送る。


「ニーナ、入れ。貴様には妾の支度という栄誉をくれてやる」

「承知いたしました」


 頭を下げて部屋に入って来て、きっちり扉を閉めたニーナは、不安そうな顔のままわたしの側まで歩み寄った。そして声を抑えつつ口を開く。


「やっぱり町に行くの? 鏡の国の魔物と話はついているんだから、現場にまで行く必要はないんじゃない? 人に被害が出ないようにって言ったって、事故は起こるかもしれないのだし。危ないわよ」


 ごめん、ニーナ。事故に遭うために行くんです。


「事故などで妾の計画が妨げられぬよう、行くのだ。いいから早く支度をしろ。死刑に処するぞ」

「……分かったわ。でも、気をつけてね」


 うう。心配が心苦しい。


 しかしここでちらりとでもその顔を滲ませたら終わりである。絶対悟られる。詰まらなさそうに鼻を鳴らし、肯定だけを返した。


「当然だ」


 町娘を言い張るには、毎日手入れされている髪や肌が説得力を失くす。なので、貴族に近い暮らしをしている、裕福な商家の娘あたりがお忍びとして限界。


 そうしてわたしの支度が終わった頃には、とっくに来て控えの間でスタンバイしていたジャックを伴い、町へと出る。もちろん、ニーナは残ってもらった。


 先日よろしく、お忍びの視察の体で堂々と城を出てから、隣を歩くジャックへと声をかける。


「さて、ジャック」

「はい」

「いかに兵が迅速に動こうと、怪我人がゼロではあまりに嘘くさい」

「そうですね」

「ゆえに、命じる。妾と貴様は被害者となる。いいな」

「承知しました」


 ……あれ?


 もっと強固に反対されるかと思ってたんだけど。意外とあっさり受け入れてくれたな……?


 わたしが若干の戸惑いと共にジャックを見上げていると、気まずそうにその目が泳いで、視線を合わせるのを避けられた。


「どうせ、そんなことだろうと思っていました。言っても聞かないだろうとも」

「そ、そうか」


 バレバレでしたか。


「ただ少し、意外ではありました。貴女はご自分だけで引き受けてしまうと思っていたので」


 うん、本当はそうしたい。


 でもそれは、ジャックに自分を責めさせてしまう気がしたのだ。役目に対して、真摯に勤めてくれている人だから。


「妾に仕える貴様の覚悟を買ってやっただけのこと。感謝せよ。しかしその誉れを放棄したいというのなら、考えてやる。妾の役に立ちたいと願う者は、掃いて捨てるほどいるのでな」

「いえ。俺がやります」


 嫌ならやめてもいい――と言ったつもりだけど、やっぱりジャックは即座に首を横に振った。


 引き下がり難い言い方だったのも間違いないけど、そうじゃなくてもジャックの答えは変わらなかっただろう。そう確信させる強さが、彼の瞳にはあった。


「そして、ありがとうございます」

「何の礼だ?」

「貴女が、自身の罪悪感よりも俺の想いを汲んでくださったことへの、です」


 ……そうするべきかどうかは、本当に迷うところなんだけど。


 ジャックに関してだけで言うなら、よかったのだと……思っておく。もう話しちゃったし。決まったことだし。


「そういう貴女だからこそ、生涯の主として仕えたいと思ったのです」

「当然だな」


 尊大に言い放ってから、気恥ずかしくなって顔を逸らす。

 その様を見たジャックからは、ただ小さく笑い声が零れたのみ。


「ええ、当然です」


 当然でいいんですか……。


 そんな話をしているうちに、現場に到着。

 わたしの到着を合図と受け取ったのか、噴水の側にいた黒猫――エルトシャンが、こちらを認めた直後に水の中へと飛び込んだ。


 同時に、もの凄く派手な白光が立ち昇る。


 ちょっ、演出過剰じゃない? それとも必要な光量なんだろうか……。


 ともかく、異常であることだけは何も知らなくとも一瞬で理解させられる演出ではある。広場にいた人々の視線が集まった頃合いを見計らったように。



 グウオオオオォオッ!!



 猛った獣の咆哮が、耳をつんざく大声量で響き渡る。


 今のは絶対演出だった! だって風の魔法で声を拡散させてたもの!


 なるほど、こうやって恐怖心を煽るんだな。これが起こるって分かってるから冷静に観察なんかしてるけど、知らないで居合わせたらただ驚いて、何にも気付きはしないだろう。


 実際、広場にいた人々は目の前の光景に硬直したあと、一斉に恐怖の悲鳴を上げ、それがさらなる混乱の呼び水となる。


 現れた魔獣は、巨大な猿に近い形をしていた。全長は三メートル近い。赤い体毛の毛先は炎となって揺らめいていて、宙を焦がす。発達した胸筋を拳で叩いてドラミングをし、周囲を睥睨する。緋剛猿だ。


 前世の動物、ゴリラにも同様の行為が見られたが、多分意味合いは違う。魔獣がやってるこれは威嚇、威圧でしょう。


 これ、本当に制御できてる……?


 疑わしい気持ちで緋剛猿を見上げていると、威嚇は済んだのか、不意に膝を曲げて跳躍した。その高さは自身の身長を軽く超えてる。その場の屈伸だけだったのに、どういう筋力してるの。


 ずん、と重い音を立てて着地したのは、屋台の一つ。当然ながら屋台はその一撃で木っ端微塵になった。足元に転がった焼き菓子を、拾って口の中へと放り込んでいく。


 屋台の主は、幸いにして退避済み。

 機嫌良さそうに焼き菓子を頬張っていた緋剛猿だが――


「うわああぁぁああぁん!」


 響いた子供の泣き声に、煩わしそうに手を止めた。


「泣くなっ。立て、逃げるんだ!」

「ああぁぁああんっ!!」


 そこにいたのは、腰を抜かしたらしき十歳そこそこの少女と、もう少し年上の少年。兄妹だろうか。

 少年の方が必死に少女を引っ張ってるけど、立ち上がることさえできない様子。


 緋剛猿は自分が着地したときに割った石畳の瓦礫を握り、振りかぶった。


「……グッ? ウゥ……!」


 しかしそこで動きが止まる。邪魔者の排除という己の意思が、別の何かに阻害されて発露しない。しかし感情が止まるわけではないから、何度となく殺意を湧き上がらせて、しかしその度に強制的に止められる。


 それに不満と苛立ちを募らせていくのが見ていて分かった。

 まずい。行動が不自然だ。


「行くぞ!」

「はッ」


 攻撃できる対象であろうわたしたちが前に出て、その不満の捌け口となろうじゃないか。


「ッガアァァァァッ!!」


 しかし緋剛猿はかなり短気な性質らしく、兄妹に向けては投げられなかった瓦礫を握り込み、自身の足元を八つ当たりで殴りつける。


 直接的な攻撃じゃないからセーブがかからなかったんだろうけど。勢いよく飛び散った破片は、充分な凶器になっている。


「貫け、火礫(ファイアバレット)


 わたしのイメージ的には、火礫というより火弾。当たると大怪我を負いそうな大きな瓦礫にぶつけ、軌道を逸らす。その間に子どもたちの正面に移動したジャックが、そこらで拝借した立て看板を薙ぎ、細かな礫を打ち払う。


「ガァッ!」


 緋剛猿の短気さは、今回は相手に味方してしまった。先程できなかった瓦礫を投げつけるという動作を、わたしたちに対してスムーズに行ったのだ。『できないかも』とか、ためらった様子は一切なかった。投げられたことに関しても、疑問さえ抱かなかった模様。


 出現が派手だったおかげもあるだろう。このときには、視界の端で町の警備兵の姿が見えた。


 直撃は危険だけど、タイミング的には丁度いい。ジャックに目配せをすると彼はうなずき、なぜかわたしの腕を引いて引き寄せた。


 待て待て待て!? 話が違う!


「おい! 貴様は何をっ」

「どうせ、止めても聞き入れなかったでしょうから」


 悪びれもせず言い放ち、わたしと、逃げられなかった兄妹をその体の内側へと抱え込む。


「馬ッ」


 抵抗の言葉は間に合わなかった。緋剛猿の投げた瓦礫が、そのままジャックの背に叩きつけられ、骨に響く音を立てる。

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