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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第二章
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鏡の国への招待

 しかし、ああ。この事態に収拾をつけるのが、セシウス王子であってくれたら……。シスト王子の株がまた上がってしまった。


 血を見る所まで行かなかったのは幸いだけど、先々を考えるとベストじゃなかった。重い気持ちのまま、何とはなしに視線を流すと、壁の端っこに黒猫が。


 ――って、黒猫!? っていうか、エルトシャン!


 わたしと目が合うと、はっとした様子で耳を震わせ、エルトシャンは身を翻して駆け出した。

 逃がすか!


「ジャック、後は任せる。妾の名に恥じぬ、適切な処理をしろ。でなくば死刑だ」


 ざわっ。


 軽々しく死刑を口にしたわたしの言に、慄きのざわめきが起こる。


「お待ちください! 私も共に……」


 わたしが何を見つけたか、ジャックも見たらしい。引き留められるけど、接触できる機会は逃したくない。時間が経てば経つほど、取り返しのつかない事態は増えていくんだもの。


「黙れ。妾の意思を妨げようなどと、身の程を弁えろ! 貴様は命じられたことを忠実にこなしていればよい!」


 この状態を何とかしろっていうのも、結構な無茶ぶりだと思いますけどね!


「――承知、いたしました」


 ざざわっ。


 この場も放置はできないと判断したか、ジャックは結局、了承した。同時に起こる驚愕を含んだより大きなざわめき。死刑も一緒に了承した感じになってますからね。 


 お騒がせして申し訳ない。今のハート王国では通常運転なんですよ、これ。


 エルトシャンを追って駆け出すわたしの目の前に、フェデリの背中が躍り出る。そしてぐんぐん離されていった。


 く、くうっ。運動能力の差が悲しすぎる。わたし本気で走り込み始めようかな。


 あー、もう。見失った。


 闇雲に走っても仕方がないので、足を止める。そして息を整えた。


 ……さて。どうしよう。完璧に見失っちゃったから、もうエルトシャンは追えないし。部屋に戻って待機していた方がいい?


 どうするかを考えながら壁に背中を預ける――と、うわあ!?


 あるはずの壁はわたしの体重を支えることなく、背中から後ろに倒れ込む。これまずい倒れ方ッ!

 受け身を取ろうと足掻く――間もなく、がしりと体を受け止められ事なきを得る。


「――?」


 誰……?


「少々乱暴な招待だが、許せよ、ハートの女王」


 支えた手は、わたしが安定を取り戻すと同時に離されたので、すぐに振り返って相手を確認することができた。


 年の頃は三十の半ばから後半にかけて。ややフランクに撫で付けられた湖水の髪と、暗緑色の瞳。特別背が高いわけではないけれど、筋肉の発達した体には厚みがあり、こちらに威圧感を与えてくる。


 この容姿、覚えがある。

 レフュラスだ……!


「許せ、とはまた異なことを。己を害した輩を許してやるほど、妾は目出度くないぞ」


 扇子を取り出し突き付けるが、レフュラスは腰の剣に手を掛けない。


「お前を害したのはミラだろう。同種族だからとて、一括りにされるいわれはない」

「ほう? ならば貴様は人に害を与えるつもりはない、と?」


 わたし個人ももちろんだけど、敵対しているのはそちらが人をご飯にしようとするからだ。


「必要分のみで済ませようとしている。だからこれは忠告だ、エリノア。余計な真似をするな。己が動けば被害が大きくなるだけだと理解しろ」

「下らん。なぜ妾が譲歩してやらねばならん」


 人間側に黙って鏡の国の魔物の餌になってやるような理由はないのである。必要分だからと言って、騒乱を見逃すなんてあり得ない。


 鏡の国の魔物が必要量の負の感情を得られなくて飢え死んでも、こっちとしてはむしろその方がいいんだし。


「それがお前らにとっても最善だと言っている。今のところ、こちらも収拾の手筈は整えているが、お前が余計なことをして計画が狂えば、その限りではない」

「……」


 なるほど。


 レフュラスはシスト王子と組んでいるから、あくまでもシスト王子が王位につくための騒乱で納めようというわけね。


 権力者の積極的な手助けがあれば何をするにも楽でしょうから、レフュラスの方こそ譲歩した形であるのかもしれない。


「大層な自信だ。己の勝利は疑っていないらしい」


 レフュラスの言葉はあくまで向こうが目的を達成できるのが前提。こちらが完封する可能性だってあるでしょうに。


 ……分かってるけどさ。たとえわたしが前世のゲーム知識を駆使しても、シスト王子が敵である以上、被害ゼロは難しいだろうってことは。


「当然だ。俺たちとお前たち人間では、そもそも生き物としての性能が違うのだ」

「言ってくれる」


 厄介なのは認めるけど、わたしたち四印の人間だって対抗できない訳じゃない。

 だから、もちろんわたしの答えは。


「舐めるなよ、正面切って戦う力もない無能が。妾が脅しに屈することなどない。そう、そのような真似をしなくとも、ここで貴様を消し炭にすれば済む話だな!」


 扇を開いて、一閃。鳥の形を模した炎が三方向からレフュラスへと襲いかかる。


「ちッ」


 舌打ちをしたレフュラスが、魔力を形にするより先に。


「やめておけ、レフュラス」


 笑いを含んだミラの声が響き、同時に火の鳥を魔力で具現化された剣が貫く。異なる術式による魔力のせめぎ合いは、ミラに軍配が上がった。火の鳥が四散するのを見届けてから、剣も消え去る。


 四印の魔法と鏡の魔法は、使っている『魔力』は同じだけど、『魔法』として発動する時点で構成に差が生まれる。鏡の魔法は人には使えないし、四印の人間が編み出した魔法を鏡の国の魔物が使っているのも見たことがない。


 人間側に限って言えば確定の話だけど、おそらく、術式の構成が互いに理解できないんだろう。

 だから、魔法そのものに干渉するのは不可能で、こうして戦うときは単純な力勝負となる。


「今、其方にこれ以上消耗されるのは具合がよくない。退くがよい」

「そうだな。話し合いが決裂した以上、益もなし」


 今のは話し合いとはいわない。ただの脅しである。


 レフュラスはミラの言にあっさりうなずき、通路の奥へと姿を消した。


 この場に残ったミラは、珍しく人に近い形をとっている。獣耳と尻尾が無ければ、ほぼ人だ。瞳孔が違うからやっぱり分かるけど。


 白に紫のメッシュが入った、ややクセのある白髪。年の頃は二十歳前後に見えるけど、実年齢は絶対違う。


「さて、女王。其方を招いたレフュラスは去ったし、ここでやるべきことはあるまい」

「元からな」

「帰りたいかね?」

「何を言っている」


 一々確認されなくたって、勝手に帰るとも。眉を寄せつつ入ってきたはずの背後を振り向く――って、道がない! 壁になってる!


 わたしが背後を確認した一瞬をついて、ミラは幾らか開いていた間合いを詰め、覆い被さってきた。顔の両脇に彼の腕がある。


 ドンな勢いはなかったけど、いわゆる壁ドン姿勢である。


「おい、貴様は何を……」

「我輩、姿など些細な問題でしかないと思うのだが」

「している。さっさとどけ」


 ミラの言葉は無視して、自分の要求を突きつける。が、やはり大人しくどいてくれる気はないらしく、目を細めて笑ったのみ。


「生き物としての本質は、器ではなく魂にあろう。しかしどうにも、近頃は女王に獣と同一視されている気がするのだが」

「貴様、自惚れるのもほどほどにしておけ? 獣同一視? あり得ん。貴様は魔物。ただの害敵だ」


 友好的な彼らと、同じになんて見るわけない。


「ああ、それは別に構わん。我輩が言っているのは、我輩が其方を愛おしく思っている、という点だ」


 気に入ってるとか、焦がれてるとか。ちょいちょい口にはしてくるけど。敵視はいいんだ?


 わたしだったら、好きな相手にそう見られていたら、そう見られるしかない種族と状況で会ったら、悲しいと思うんだけど。


 駄目だ。やっぱりミラとは理解し合える気がしない。


「所詮魔物よな。貴様の下らん妄想を、いちいち取り合ってやる理由がない」


 餌として興味深いっていうのは、本当なんでしょう。美味しがってるから。でも、それだけだ。


「貴様は結局、己の食事を優先した。相容れぬ相手との間に未来などない」


 ミラはヴァーリズをクローバー王国に送ろうとしていたし、自分自身も訪れて、騒乱を起こそうとしている。


 ミラがその命を繋ぐのに、どれだけの負の感情が必要なのかは分からない。でも、生きていくだけの最低限に抑えていようが、内乱のような大きな動乱を求めるなら、やっぱり生き物として無理。


 それでもミラを選ぶなら、今度はわたしが人の世界を諦めなきゃいけない。そこまでの気持ちはもちろんないし、今後も生まれないだろう。


 わたしは、わたしを育んでくれたハート王国を愛している。


 お父様やお母様を始めとして、すぐに脳裏に何人もの顔が浮かぶ。彼らを裏切るような真似をする日が来るのなら――わたしはきっと、命を捨ててでもその相手を愛している。

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