多分ヒロインです
「ねえ、エリノア。別に結界張られるまで、なんて期限決めなくてもいいじゃない。呪い解いたあとで殺せばバレないって」
「妾を侮辱するか? 妾の誇りはそこまで安くはない。それとも協定を破ったという悪名を着せようという腹か。よかろう、死刑をくれてやる」
決まりごとって、ばれなきゃいいってわけじゃないと思うんだよね。必要だからルールっていうのは生まれるんだからさ。
「そんなつもりはないけど、ケースバイケースってやつよ。かもしれない危機よりも現実に起こってる貴女の厄介事の方が、わたしにとっては大事ってだけで」
その気持ちはありがたいし、まあ、ミラのことを黙っている時点でわたしも同じ穴のムジナである。
「だって正直、勝てる見込みないんでしょ」
ないです。
言葉に詰まってそっと目を逸らすと、ニーナに盛大な息をつかれた。
「とりあえず、分かったわ。シスト殿下に暴言がバレないよう、通訳すればいいのよね?」
「そうだ。貴様を見込んで大役を与えてやるのだ。光栄に思え? にもかかわらず、妾の意を汲めぬような愚かな言動を勝手にしてみろ。死刑に処す」
「はいはい。通訳が自分の意見を勝手に差し挟んだりしないわよ。それをやったら国のルールがめちゃくちゃじゃない」
それをやって滅茶苦茶になっていく国がありましたね。主に前世で。
「でも、シスト殿下かあー……。あの方を誤魔化すなんて、できるのかしら」
「噂では聞いているが、本当にそれほどの人物なのかい? 遠目から見ただけだが、そこまでの才気を感じないというか……」
分かる。初めてシスト王子と会った人は、皆フェデリと同じ感想を抱く。隣でニーナもうなずいている。
「ぱっと見はね。普通に王族の教育を受けた、普通の王族に見えるわよね。でもすぐに分かるわ。シスト王子が普通じゃないって。それぐらいあの方の言動は意味不明だもの。あ、凡人には理解できないって意味でね」
「……そうか。当人を知る人たちが揃って言うんだから、そうなんだろうな」
半信半疑、といった様子ながらもフェデリもシスト王子天才説を受け入れた。今受け入れなくても、ニーナの言う通りすぐ分かると思うけどね。
「話は終わりかね? では、女王。少し相談があるのだが」
自分から提案した割にあまり興味を持たなかった……というか、別に気になることでもあるのか若干上の空気味だったミラが、話の区切りでそう声を上げた。
「何だ」
「ずっと城に閉じ込められたままでは息が詰まる。少々の散歩を許可してもらいたい」
「貴様、自分の立場を分かっているのか?」
騒乱を起こす火種を常に探しているような種族を、ほいほい出歩かせる人間がいると?
「やれやれ。疑い深いことだ。其方の側にいられなくなる真似など、する気はないと言っているというのに」
「どうだかな。その言葉が真実なら、即刻、この忌々しい呪いを解いてもよさそうなものだが」
「それはできん。呪いを解けば、其方は我輩を追い返すだろう?」
当然である。
「勿論、お目付け役はいても構わんよ」
ミラは散歩の話から離れない。よっぽど行きたいんだな……。
だが思い返してみれば、ミラを確保してからはずっと彼はわたしたちの監視のもとにあった。行動もかなり制限している。わたしがその立場だったら、かなりのストレスを感じるだろう。
……魔物の精神的にはどうなのか、とかっていうのはちょっと想像つかないけど。もし人間と似たような感覚だったら、やっぱり辛いかな……。
「……まあ、よかろう」
「いいのか?」
「その毛玉が近くにあるのも鬱陶しく感じていたところだ。妾の慈悲深さに感謝し、せいぜい身命を賭して尽くすのだな」
「身命を賭して、か」
大仰に、かつ行き過ぎな要求部分をミラはわざわざ繰り返す。待って待って。別にそこまでは思ってないから。スルーしていい所だから、それ!
「其方はどう思うかね、ジョーカー」
「なぜ俺に聞く?」
「我輩より誠実だと言った其方の答えが気になったからだが」
これが含みがあるなら性格悪ぅ! で済むのだが、なんとなく、ミラの声は本気で訊ねているだけのような気がした。分からない問題の答えをそのまま求めている、みたいな。
「そうだな。お前がやるならぜひそうしろ、というかな」
「ふむ」
「……だが、俺なら適度にね、と答えるかな。エリノアは別に、俺たちにそこまでを望んでいない。命を懸けるとか言われる方が困るだろう」
まったくもってその通り。
「自分で呪いをかけておきながら、自身が振り回されるというのは何とも間抜けだな」
「別に、振り回されているわけではない。我輩は其方の答えが聞きたいと言ったのだ。女王の意図を訊ねたわけではない」
「どうだかな? そう取れなくもなかったのは確かだが」
うん。わたしもミラの言い分は言い訳っぽく聞こえる。本人はまず認めないだろうけど。
「だが、それでも俺の答えは変わらないかな。適度にやるよ」
そうしてください。ぜひ。
そもそも、である。フェデリは確かにハートの国編の攻略キャラで、現在ハートの国に滞在してるけど、所属しているわけじゃない。彼は帽子のデザイナーとして、一時的に身を寄せているに過ぎない立ち位置の人なのだ。
だから本当は、ハートの国の問題に関わる必要のない人。
協力してくれるのだけでも御の字で、命を懸けて何かしてくださいなんてとんでもない。たとえハートの国が亡びるような何かで、彼がそれを防げる人だったとしても。
「それで? 今のお前には身命を賭してエリノアのためにやるべき何かがあるのかな?」
「ふと其方の答えが気になっただけだと言っておろうに」
やれやれ、という様子になってミラは半眼で息をつく。小馬鹿にした態度が腹立たしい。呪い付きのわたしには言う資格ないかもだけど。
「さて。女王の許しも得たことだし、我輩は散歩に行くとしよう。我輩を見張りたいのであれば、其方も来たまえ、ジョーカー」
「仕方ない、付き合うか。――エリノア、君も充分に気を付けろ」
「当然の忠告などいちいち要らぬ。妾を侮るのも大概にせよ。死刑になりたいか?」
「……何でもないと言っているというのに。小心なことだ」
ミラには呆れた目で見られたが、知ったこっちゃない。だって信用できないんだもの。
「まあ疑心に満ちた其方の感情も美味なので、別に構わんのだが」
負の感情を持たれて喜ぶ鏡の国の魔物の性質、本っ当腹立つわ!
「断りもなく妾を食すなど、何があろうと許されぬ。近く、どちらが食われるべき者なのかをその身に刻み付けてやる。楽しみにしていろ」
「……鏡の国の魔物の調理法……。普通の魔物と同じでいいのかしら……」
隣でニーナが怖いこと言い出した。じ、実際には食べないよ? 調理しなくて大丈夫だからね、ニーナ!
「そのような機会は来るまいよ。では、女王。また後程」
自信たっぷりに鼻で笑って、ミラは身軽に窓から外に出て行った。猫だけにその軽やかさや行動が実に自然である。
……というか、そういえばなんでミラは猫なんだろう。ゲームで出てきたときは常時人型とってたから、鏡の国の外では人になれないってわけじゃないだろうし。人でいるより猫の方が楽とか、好きとかなのかな?
「まったく。とても監視付きの奴が取る行動じゃないな。じゃあ、エリノア。俺も行くよ」
「ああ」
ミラを追って、フェデリもためらいなく窓から出て行った。
猫だから自然に見えるんだなとさっき思ったけど、フェデリもスマートだった。そこは出入り口ではないはずなのに、なぜだ。
何でもないとは言われたけど、ミラの様子は間違いなくおかしい。何もなくて注意力散漫になるようなタイプじゃないもの。
ミラもハートの国編の悪役だから、他の国に関わりはないはずだけど……。書かれていないところで実は暗躍してましたというのは充分考えられる。
気を引き締めていこう。おー!
ミラの散歩は、どうやら本当に散歩だったらしい。少なくとも何かをしている様子はなかった、とフェデリから報告された。
とはいえ、わたしたちの中で一番目ざといフェデリが側にいたから行動を控えただけかもしれないし、そもそも分かってないと気付くのが難しい何かだった可能性もある。要観察だ。
そしてミラが何かをしようとしているのなら、頼りになる人がもう一人いる。
その相手に会うために、わたしはニーナと共に城下町へと出てきた。
本来ならお城に住んでもらってもいいんだけど……本人が町で暮らしたいと言っているから、彼の意思を尊重してこの形になっている。
確か、住み込みで宿屋で働いてるはずなんだよね。
目的地の扉を開けると、来客を知らせる涼やかなベルの音が響く。
「いらっしゃーい。ってあれ、エリノア? どうしたんだ?」
振り向いて快活な声を上げたのは、年の頃十四、五ほどの金髪碧眼の少年。印象そのままに行動力のある、異世界人である。
「……」
「貴方の様子を見にと、頼みごとがあってきた、と言っているわ」
対シスト王子への予行練習プラス、どこかでクローバー王国の人に見られても大丈夫なように、喉の調子がよくない設定は徹底することにした。
それにしても……さすがニーナ。わたしが口にしたのは例によって毒舌だったのだが、言いたかったことそのままの通訳になっている。
「ええと……。エリノア、どうかしたのか?」
しかしいきなり侍女に代弁を任せ始めたわたしに、当然のごとく目の前の少年は戸惑う。
彼の名前は、アレフ・リデル。
服を着た二足歩行の喋るウサギを見かけ、好奇心のままに追いかけてハートの国に訪れる――という、ゲームヒロイン『アリス』とまったく同じ行動をして同じ状況に陥った人物である。
その行動といい魔力が効かないというヒロインと同じ体質を持っていることといい、多分彼が『アリス』でいいんだと思うんだよね……。アリスじゃなかったけど。