世の中には、飛びつかずにいられない物もあります
「王座を巡る争いは、鏡の国の魔物の好むところだ」
国と国同士の争いが難しいこの世界、王座を争う内乱は、一番規模の大きい騒乱だと言える。
「しかし私は争うつもりなどありません。騒乱になど発展しようがないかと」
「甘いッ!」
頭の意思など関係なく起こる争いの、何と多いことか。どれだけ当人が戦おうとしなくても、自分が担ぐ神輿を勝たせるために、勝手に戦い始める輩は必ずいる。それが宮中陰謀の恐ろしい所である。
まして今回は、鏡の国の魔物が噛んでいるのだ。
「昨日妾は町に下りたが、そちらではすでに貴様とシスト王子、どちらに与するかで軋轢が生まれていたぞ」
わたしがその場面を見たわけじゃないけど……。フェデリは聞いたって言ってたし、ゲームシナリオにも描かていた展開だ。多分起こってる。
「まさか……」
「王宮から遠ければ、火消しの手も緩かろうよ。民の間で真実となるのは遠くないぞ」
そして今度はそれを民意という武器にできる。
「では、すぐに否定をしなくては!」
「無駄だ。表面上そうしようとしている、としか受け取られん。さらに言うなら、そうと思っていなくともそう思うように仕向けられるだけだ」
これが鏡の国の魔物の怖いところだ。
完全に操らなくても、思考をほんの少し誘導するだけで、今回の件はこと足りる。周りの空気が圧力を生むから。
「貴様がやるべきなのは、物理的な手段を講じることだ」
セシウス王子がまだうろたえている間に、策を捩じ込む。
「町に巡回兵を増やし、下手な諍いが起こらぬよう警戒をせよ」
兵士に見張られていながら揉め事を起こそうってい人、あんまりいない。いてもすぐ取り押さえられるし。
「し、しかし。それではむしろ、民の緊張を煽って確信させてしまうことになるのでは?」
「事実なのだから構うまい。妄動で騒ぎが起こるよりはマシだろう」
さらに言うと、これはその先の魔獣襲撃への備えだから、ぜひ、セシウス王子主導でやってもらいたい。
「――……シストは、知っているのでしょうか」
迷った末に、彼は信じる弟の名前を出す。
十中八、九、知ってるだろうけど、それを指摘するのは今じゃない。
「貴様は一体、何を言っているのだ?」
心底呆れたため息がまず前振りで出た。
「知っていようが知らなかろうが、奴が手を打っていないのは事実だ。――妾の言が偽りかどうかは、町へ行けばすぐに分かる。今から出向いても構わんが?」
「い、いえ。貴女の言葉を疑ったわけではありません」
すぐバレるからね、そんな嘘。付く意味もない。
「弟が何もしないのであれば、己も何もしないのが正しいのか? 貴様はいつから思考能力を放棄した木偶になった。そもそも、あの狂人のことだぞ。妾の行動も、それによって貴様が起こす行動も見透かしておるわ」
自分は全部分かってるくせに、分かってない人にも必死で考えさせて動かすんだよね。シスト王子は。人に考えを放棄させないって意味では、優しさなのかもしれないけど。でももうちょっとさ……。ヒントとか……。
……ん? 言ってて気付いたけど、分かっててスルーしてるってことは、シスト王子もセシウス王子に民意を集めるのに賛成してるってこと?
もしくは、本当に出し抜けているか。うーん。判断つかない。
「そう、ですね。それならば、シストが動かないことこそが答えなのでしょうか……」
「この話を聞いて、貴様はどうする?」
決断を迫るわたしに、セシウス王子は一つ大きくうなずいた。
「仰ることが事実であれば、町に兵の増員を手配しましょう。貴女の判断は正しいと思います。多少窮屈となっても抑止力を優先するべきです」
よし!
「今までの話でも分かっているだろうが、鏡の国の魔物の目的は、貴様とシスト王子の対立を煽って争わせることだ。つまり、近くにいるぞ」
「……そういうこと、ですね」
セシウス王子は否定をしない。同時に疑念を持ったに違いない。
シスト王子は、それに気付いていないのか? と。
「貴様が弟を信じるのは勝手だ。だが互いの近くの警戒は怠るな。鏡の国の魔物は精神を支配する」
「それは、シストがすでに術中にある、と仰っているのですか?」
ぼかして言ったのに、直球で帰って来た。
「他人の思惑になど興味はない。邪魔になるなら捻り潰す。だが奴は、鏡の国の魔物に関わる所業に心当たりはないと言っていたぞ」
普通の人であれば、事実なだけかもしれない。しかし相手がシスト王子となると話は変わる。
「妾は、貴様ら二人の継承問題が鏡の国の魔物の策略であると確信している」
「――……」
一度思い至ってしまえば、セシウス王子にだって不自然に感じる出来事とかがあるんじゃないだろうか。
「だから、私に話を持ってきたのですね」
そういうことです。
シスト王子が操られているわけではないとわたしたちは知っているけれど、その情報をセシウス王子に渡す必要はない。
……遅かれ早かれ、知ることになるとは思うけど。
「分かりました。私もそのつもりで周囲を警戒することにします。ご忠告、ありがとうございました」
「妾がわざわざ足を運んでやったのだ。無駄にするような真似は許さん。心して当たれ」
「ご忠告には感謝します。――が、陛下。随分とその、強気な物言いをされるようになったのですね」
「妾は、妾に相応しい言動をしているだけだ。文句があるのか?」
「いえ」
言葉短く、セシウス王子は否定した。
所詮他人事、他国のことだからね。文句がないのは本当だと思う。心の中で呆れられてたり不快に思われたりはするでしょうけど……。
とりあえず死刑だが出なかったから、わたしの方でもほっとしてる。
「さて、少々長居をしたな。喋るのにも飽きてきたところだ。ここらで帰るとしよう」
「そうですね。随分と喉を酷使されたことでしょう。――すまない、あれを頼む」
「はッ」
後ろに控えていた侍従へと、セシウス王子は指示を出す。
あれって何……?
戸惑いつつ待っていると、戻ってきた侍従の手には美しいガラス瓶が。中身は茶葉……かな? ……ってことは!
「初白幸の茶葉です。どうぞ、お持ちください」
おおお! やっぱり!
豊穣の国クローバーが誇る、最高の銘茶!
味よし香りよし喉越しよしの名品だけど、栽培がもの凄く大変らしく、とにかく希少。王族に名を連ねるわたしでさえ、年に数回飲む機会があるかどうかってとこ。
ちなみに、ハート王国は紅茶狂。何があってもティータイムの時間だけは削らない。つまりわたしへのプレゼントとして、これ以上ない品だと言える。
「お喜びいただけたようで、何よりです」
多分、めっちゃ目がギラついていたのだろうそれを、ソフトな言い様で包んでくれた。
「ふ、ふん。つまりこれが貴様の、国と弟への情の重さということか。貰っておいてやろう。ありがたく思え」
「ええ、お納めください」
直前の態度が露骨だったせいか、セシウス王子もわたしが心の底から喜んでいると見抜いてくれているようだ。高慢な物言いにも笑みは崩れなかった。
わたしが盛大に抉らせていると解釈したのだろう人が、また一人増えたということでもある。その見られ方に、わたしも段々慣れてきたぞ……。
国際問題が起こらなかっただけ上等ってことで、いいんじゃないかな。
セシウス王子を温厚な人柄に育ててくれたクローバー王と妃殿下、そして彼の周りの皆と、何よりセシウス王子本人に、心から感謝します。
挨拶を交わして部屋を辞し、客室へと戻る。
お父様とお母様に、いいお土産ができた。飲むのが楽しみー。
鼻歌を堪えつつ、客室に到着。
「……ティータイムまでは、まだ時間があるわね」
時計を確認したニーナが、ぽつりと呟く。
「ええっとね、エリノア。初白幸がとっても効果で希少なのを承知の上で、わたしも一杯ご相伴に与りたいなー……とか」
「一人で飲むのも味気ないと思っていたところだ。よかろう、同席を許す」
わたし一人で堪能しろと? そんな鬼の所業はできないわ!
ニーナには普段からお世話になっているし、当然である。
「しかし、だ。稀な銘茶を嗜むのに、まだ用意が足りぬのではないか?」
それそのものをゆっくり味わうのもいい。しかし同量の金より高値で取引されるこの茶葉、出来得る限りの味わい方で楽しみたい。
「そうよね! わたし、厨房で相談してくるわ!」
地元の人のお薦めをぜひ参考に……!
食の大国、クローバー王国の厨房には興味があるけれど、さすがにわたしが行くのは無理。無念。
「任せる。よきに計らえ」
「任せて」
足取りも軽く、笑顔で部屋を辞したニーナを見送って数分。
……あれ? 今こんなことしてていいんだっけ?
セシウス王子には事情を話せたし、彼との協力関係は一応、成立したはず。己自身の手だけでは余ると判断すれば、こちらにも情報を回してくれるだろう。セシウス王子は恥よりも、国や民のことを真に優先できる人だから。
――うん、大丈夫。ちょっとぐらい問題ない。




