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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第二章
31/58

世界は常に変わり続けるものですが

「しゃーない。それじゃあエリノア、また明日な」

「気が向けばな」


 話は終わりとばかりに手を振って、追い払う仕草をする。


 それに対して、アレフは親しげに、ジャックは礼儀正しく、フェデリはおどけた調子で、ラビとレビはひっそりと挨拶を返してきて、部屋を後にした。


 うーん。挨拶一つで性格が出る。


「――ねえ、エリノア。あなたが確信を持って行動してるみたいだから止めないけど、一つ言っておきたいことがあるの」


 皆が去った後。部屋着に着替えるための支度をしつつのニーナが、手を止めずにそんな言葉をかけてくる。


「何だ?」

「正直言って、気味が悪いわ」

「だろうな」


 ニーナの声は、言葉通りの緊張を孕んでいた。まったくの同意だったので、わたしもうなずく。


「ヴァーリズからは証言の一切が取れなかったのでしょう?」

「そう報告を受けた」


 地下にある牢に閉じ込めて、人員を整えて尋問に行ったが――ヴァーリズは何一つ覚えていなかったのだという。

 それが鏡の国の魔法のせいであることは、偃月が確認した。彼には解けなかったけれど。


 自身に干渉するものではないので、アレフの魔法無力化も、この手の魔法には効かない。結局、なぜヴァーリズがハートの国に魔獣をけしかけたのか、あの洞窟がいつから用意されていたのか、誰が用意したのか、すべてが謎のまま。


 それももちろん大問題である。だが、もう一つ、見逃してはならない事実が発覚してる。


 ヴァーリズの牢に、鏡の国の魔物が侵入している、ということだ。

 おそらく、やったのはミラだろう。第三者の介入にしては、時間が短すぎる。


 すぐに確かめたけど、ハート王国に新しい道が繋がった様子はない。これが意味するところはただ一つ。

 ミラが道を繋げてヴァーリズの記憶を封じ、道を閉じた。


「わたし今まで、鏡の国の魔物が道を繋げるのには、相当な力や準備がいるのだと思っていたわ。だって、彼らの干渉は何十年単位だったから」


 歴史書に残っているものを拾えば、そうなる。


「同感だ。しかし腑に落ちん。もし然程の労力なく道を繋げられるのであれば、何とも禁欲的なことではないか」


 いつでも簡単に道を繋げられるのにそれをしないのは、どうして? 逆に言うなら、干渉してくる切っ掛けが別に存在する?


 お腹が空いたら……とか? そんな我慢するかなあ。だって向こうにしてみたら、わたしたち人間ってただのご飯よ? しかも食べてるのって心が生み出す感情。食べたらそれだけ数が減って、危ぶまれるってわけじゃない。


 勿論、感情だって枯れる。だから様子を見ながらっていうだけならうなずけるんだ。

 けど鏡の国の干渉に関しては、必要以上の間は開けられてると思う。一国に限って言うなら、一代二代の世代交代後だもの。


 ……妙な感じだ。当たり前に受け入れていたこの世界のルールが、実は歪なのではないかと突きつけられているような。


「ねえ、エリノア。わたし、あなたに危険なことをしてほしくない」

「尊き妾の身が優先されるのは当然だな。それで?」

「名目通り、挨拶だけして帰るって手もあるわ」


 罪悪感を滲ませつつも、ニーナはそう口にした。わたしを案じて。


「なるほど、悪くない提案だ。そうして妾に逃げ帰った恥を延々思い返し続けろ、と。――ふざけるのも大概にしろ! 次にくだらぬことを口にすれば、死刑だ!」


 当初考えていたのより、状況はよく分からないことになっている、気がする。でも、それでもわたしの感情は変わらなかった。


 見て見ぬふりをするのは、嫌。だって今のわたしには、手を伸ばせる力がある。

 それにジョーカーの――フェデリのことを知るのには、避けて通れない気がする。


 ここで自分だけの安全を取って国に帰って、フェデリがクローバー王国で『何か』をしたら――。

 わたしが彼の言葉を聞くことは、二度とできなくなるだろう。


「分かってる。分かってるのよ。だけど、無茶はしないでね」


 ニーナが心配してくれるのは、嬉しい。でも、わたしも決めてここに来た。


「問題ない」

「――分かったわ、もう言わない! じゃあ、着替えてしまいましょ、女王陛下。時間と余裕があるときは、しっかり息抜きしないとね!」


 まったくもって同意です。




 就任の挨拶と言っても、わたしの場合子どもの頃から半ば決まっていた話。なので、本当に挨拶以上のものではない。


 王と王妃と面会し、無難に挨拶を終わらせた後は、シスト王子との歓談に移行した。

 どうやって無事に済ませたかって? もちろんニーナの尽力のおかげです!


「来て早々お付き合いいただいて、申し訳ありません」


 国王夫妻からわたしの相手を任されたシスト王子は、何といきなり自室に招いてきた。

 もちろんニーナはいるし、シスト王子の側にもエディルさんと侍女が控えてるから、そう問題にはされないだろうけど。


「構いません、と申しております」

「助かります」


 わたしの方からも頼みたいことがあるので、話し合いの場を設けてくれたのはありがたい。


 真の目的はクローバー王国での騒乱を止めるためだけど、名目にしたのはただの挨拶。しかももう終わっちゃったし。


 やや多めの日数で滞在許可は得ているけど、おそらくそれだけでは足りないだろう。滞在延長を延ばす意向を薄っすら伝えておきたい。

 でもまあまずは、耳目を避けて自室を選んでまでしておきたい、シスト王子の話から聞きましょう。


「エリノア女王に、どうかお力添えいただきたい件がありまして」

「どのようなことでしょう、と申しております」


 まさか内乱に関わることじゃないよね? ……ないない。他国の人間にそんなこと、絶対言わない。


「実は、我が国に鏡の国への道が見つかりました」

「!」


 シスト王子の言葉に、わたしは息を呑む。

 クローバー王国でも繋がった!?


 どこかの国で道が繋がった後で、こんなにすぐ他国でも繋がることなんてなかったのに……。

 やっぱり、今までと変わって来てる気がする。


「このことはご内密に。民にはまだ伏せてあるのです」

「承知しております、と申しております」


 問題が起こったとき、国の発表は対策がセットだ。問題だけ明らかにしても混乱を招く。

 何もできなかったとしても、何もできないなりの指針を決めてからの必要がある。


 今回の場合は鏡の国の魔物関連だから――


「道はすでに父が封じていますが、魔物が入り込んでいるかどうかはまだ分かっておりません」


 入り込んでるだろうなあー。確実に。

 ゲームではシスト王子陣営にいることもあるレフュラスだけど、どうだろう……。


 話の内容が内容なので、さすがに今は例のアルカイックスマイルじゃない。だからといってその沈痛な表情が本心だとも言い切れない。シスト王子、表情筋自在な人だもの。崩れない鉄の笑顔が証明している。


「では力添え、というのは、その件ででしょうか? と申しております」

「その通りです」


 鏡の国への道が繋がった場合、他国の王族による査察と結界が必要。今回のわたしの訪問は、偶然にもその条件に適っている。


 ……ついでに言うなら、鏡の国の魔物が見つかった場合の協力も期待されてるんじゃないかな。ほら、ウチは武闘派だから。


 しかしこの提案は、渡りに船。

 観光したいとかどれそれを学びたいとか、苦しい言い訳しないで済む!


「承知いたしました。鏡の国の魔物への対応は、四印の国すべての民の義務。お引き受けいたしましょう、と申しております」

「ありがとうございます。……ところで、まだ喉の調子が悪いのですか?」


 突っ込まれた!


 そりゃそうだ。むしろ遅いぐらいだ。

 しかし、わたしの喉はもう基本的に調子が悪いことが確定している。なので笑って肯定しようとすると。


「無理をなさる必要はありませんよ」


 先手を取られて、ニーナは開きかけた口を引きつらせた。どうしてこのタイミングで言ってくるかな!


 目に困った色を浮かべて、ニーナがわたしに視線を送ってくる。

 まあね、多分ね。シスト王子は分かってるんだろうけど。この場で言ってくるってことは、エディルさん始め、周りの侍女の皆さんも問題ないってことなんでしょうけど。


 ――わたしはそこまで大胆にはなれない!


 ということで、ニーナに目配せをして否を伝える。アイコンタクトを受け取ったニーナは一つうなずき、シスト王子へと目を戻す。


「お心遣い、感謝します。お言葉に甘えて、このままの形で話させていただきます、と申しております」

「分かりました。私どもはもちろん、構いません」


 その方がいいと思うんですよ。理解してたって、暴言なんて気持ちのいいものじゃないんだから。


「ときに、先程のお話ですが……。鏡の国の魔物に関する査察も、我が国にお任せいただいてもよろしいのでしょうか、と申しております」

「ええ、自由に調べていただいて構いません。しかし気を悪くしないでいただきたいのですが、正式な査察はまた別の国に頼むことになると思います」


 ああ、うん。そうでしょうね。


 隠すことがないと示すためにも、クローバー王国はそうするしかない。けれどハートの国を査察したクローバーの国で道が繋がって、その査察をハートの国がやるとか――ちょっと出来過ぎてるもの。


 何なら両国ともが操られているのでは? と思われる可能性さえある。

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