表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第一章
29/58

間章二 豊穣の王子の憂鬱

 ハート王国に鏡の国との道が繋がってしまったので、結界を張りに行け――と、丁度やや手隙であった私が命じられたのは、自然な流れだったと言えるでしょう。


 しかし父よ、兄よ。「お前ならばハート王国にいかなる陰謀があろうと、または魔物による謀略に晒されていようと、容易く看破し事を収めるだろう」というのは、些か――というか、大幅に荷が勝ちすぎていると思います。


 なぜか誰に言っても通じないのですが、皆、私を買いかぶり過ぎです。

 はっきり言って、私は凡庸です。何なら凡庸よりもう少し下のランクではないでしょうか。


「どうした、シスト。悩み事か?」


 そんな私の様子を見かねて声をかけてきたのは、湖水の体毛を持つハリネズミ。顔を上げ、つぶらな灰緑色の瞳で私を見ています。


「悩みのない日などありませんよ、レフュラス」

「なるほど。しかしお前が表情にまで出すぐらいだ。常の悩みより、一段面倒なことがあるのではないか?」


 愛らしい外見に反して、レフュラスの声は低くて渋いです。こう、どっしりと腰の座った歴戦の古豪感がありますね。ハリネズミですけど。


「ハートの国での役目は、無事に終わったのだろう?」

「ええ、恙なく」


 私が見た限り、鏡の国の魔物はいませんでしたし、ハート王国が鏡の国と接触してよからぬ企てをしている気配もありませんでした。


 ……そういえば、帰り際エリノア姫――ではなく、エリノア女王がわざわざ「猫は帰した」と伝えてきましたが、なぜ私にそのようなことを言って来たのでしょう。


 自然に帰した、ということなのでしょうが、人が飼っていた動物の行く末を教えられてもどうすればいいのか……。


 あの猫は大分人馴れしている様子でしたから、自然界で生きていけるかどうか。他人事ながら、少々気になります。話せるということは知性は髙そうですし、大丈夫なのかもしれませんが。


 生き物は、命ですからね。一度飼うと決めたのなら、その生に責任を持たなくては。手に余っていたのなら、相談をしてくれても構わなかったのですが。私も猫は好きです。

 しかし、世の中には様々な猫がいるものです。あの立派な尻尾。タヌキ感があります。猫でしたけど。


「恙なく、か。お前はつくづく大物だな。滞在中に魔獣の大量発生があったのだろう?」

「行ってもいないのに、耳が早いですね」


 確かに、そんな事件はあったらしいです。エリノア女王が早々に近衛を動かして討伐したとのことで、大事には至りませんでした。私が知ったときには終わっていた、ぐらいなものです。


 実に、果断な方と言えるでしょう。

 婚約の破棄――惜しいという気持ちが未だに捨てきれません。彼女は頼りがいがありますから。


 国には兄上という後継ぎがいますし、私がハート王国に婿入りすることの、何が不都合だったのでしょうか。……あれでしょうか、私が凡庸すぎるから、国の恥を晒さないためとか……。


 私は集中力もないので、人の話を聞くのも苦手です。そんなとき兄上から『人の話を聞く必要はお前にはないのだろうが、それを明らか様にするのは反感を招くし、失礼だ。せめて聞いている振りをしなさい』と助言をいただきました。それから人に会うときは兄上に教えていただいた笑みを徹底するようにしています。おそらく上手くいっています。第二王子は愚か者だという風評が聞こえてきませんから。


 逆に、妙に私を買い被る噂が蔓延しているのですが……。父や兄が気を遣って流しているのでしょうね。苦労を掛けてしまっています。

 せっかくの工作も他国にバレたら台無しですから、ハート王国へ行かせるわけにはいかないと、そういうことかもしれません。無念です。


「魔獣ともなれば、気にかからぬはずもない」

「否定はしません」


 私だって気にはしますよ。知ったときには遅かっただけで。


「その魔獣騒動に関わっていたオウム、どうやらうちに来たがっていたようです」


 ハート王国に害を成していたので、来る前に捕まってしまいましたが。


 むしろ、ハート王国に害を与えたから来ようとしていた、と言うべきでしょう。他国に逃げた犯罪者を追うのは難しいので。

 うちで同じ騒ぎを起こされたらたまったものではないので、連れ帰ってくる前に発覚したのは幸いでした。


 鳥も好きなので、帰国のときに付いてきたいと言われれば、連れてきていたと思うのですよね。可愛かったのに、残念です。国を魔獣で襲うなど、恐ろしい企てをするとは。


「ほう」


 少し興味を引かれたような声を出したレフュラスに、私は冗談を告げるために笑みを向けます。


「貴方と同じ目的だったのかもしれませんね」


 自慢ですが、我がクローバー王国は、食べ物が美味しいのです。何を隠そうこのレフュラスも、我が国に食事をしに来たんですよ。


「だとするなら、余計だな。早々に消えてくれたことに安堵せねばなるまい。己の痕跡も消せず、事を露呈する無能の存在など邪魔なだけだ」


 ……いやいや。あの子が自分の食事の後片付けができないかどうかは、分からないでしょう。そう悪し様に言うものではありません。私もそうですが、レフュラスだって確実に、あの子がご飯を食べるところなど見たことないのですから。


「そうまで言うのですから、貴方はきちんとできるのですね? 食べ終えた後の始末は、早急に行う必要があるでしょう」

「無論。後に響かせるのは本意ではない」


 苦笑しつつ訊ねれば、レフュラスはとても真剣にうなずいて返してきました。こういうところが真面目で好感が持てるのです。


「そのためにも、お前の力がいる。今このときに、お前という人材がクローバー王国にいたこと、幸いだと思うぞ」


 私に片付けを手伝えと。そういうところも素直ですね。まあ、仕方ないかもしれません。ハリネズミですから。


「私自身には、あまり嬉しくないことですけれどね」


 ですが応じましょう。一度受け入れた以上、生き物に対しては責任というものがあります。


「そうだな。お前には、済まないことをしている」

「分かってくださっているのなら、構いません。仕方のないことですから」

「そうだ。仕方のないことだ。だから俺は、お前に感謝している」

「感謝されるようなことではありませんよ。私も、自分で選んだのです」


 ですがそれとは別に、やはりその気持ち自体は嬉しいものです。手伝い甲斐が生まれます。


「……そうか」


 申し訳なさそうな素振りでレフュラスは顔を俯け、しかしすぐに首を持ち上げました。……こんなに愛嬌のある姿なのに、雄々しさしか感じません。なぜでしょうか。

 私もレフュラスのような、腰の座った大物感が欲しいですね……。


 そうそう、エリノア女王が飼っていた猫も、どっしり感がありました。レフュラスと似たものを感じます。魔法を使えるところも同じですね。


 私はどちらかというと世情に疎いので、驚きました。昨今は動物も魔法を使えるようになったようです。

 元々魔力を持っているわけですから、別段不思議なことでもないのでしょう。


 ――さて。休憩はこれぐらいにしましょうか。


 立ち上がった私の肩に、レフュラスは身軽に飛び乗ってきます。どうも私の護衛のつもりのようです。


「どこへ行く?」

「実は、先日とは逆に、エリノア女王を我が国にお迎えすることになりまして」

「何だと?」

「少しばかり面倒ではありますが、仕方ないですね」

「足が付いたというオウムのせいか? チッ。早速邪魔になっているではないか」


 どうでしょう。流石にヴァーリズは関係ないのでは。

 あれでしょうか。人が行きたがっている話を聞いていると、その気もなかったのに影響されてしまう感じで……。


「就任挨拶という名分があります。拒めません」

「……お前が言うのなら、仕方あるまい。クローバー王国を孤立させるのは目的ではないしな」


 そうです。友好目的に来る客人を邪険になどできません。面倒であっても。


「その女王はどうなのだ? お前の目から見て」

「私の目から見て、ですか……」


 エリノア女王との思い出は、黒歴史が多いんですよね……。


 直近では薔薇園に伺ったときのことでしょうか。

 あのときは、どうにもエリノア女王の気分が優れない様だったので、美しい花の景観や香りに癒されたら落ち着くのではないかと愚考した次第です。


 け、決して私が見たかっただけではありませんよ? ……ハート王国の薔薇は有名なので、興味がなかったとは言いませんが……。


 他国の女王陛下に気落ちしていませんかなどと指摘するのに、私の侍従が側にいては恥を掻かせてしまうかもしれません。なので、エディルには遠慮してもらいました。


 案内をしていただいた薔薇園の中心は、さすがの景観でした。薔薇は一つ一つが華やかな花ですが、計算された調和の元で咲き誇る姿は、美の例えに多く使われる理由をまざまざと知らしめてくれます。


 ついでにその甘く、しかし自然の緑の宿す爽やかさを堪能してもらえればと、風を使ったのは――余計でしたね。


 ええ、ハート王国の職人は実に有能です。香りもあの位置で丁度良いのです。咽かけましたから。エリノア女王も顔が強張ってましたし。


 ですが彼女の言葉選びは秀逸でした。良し悪しでは答えず、興味深いとだけ仰ったのです。

 そう、彼女は私の目から見て――


「優しい方ですね」

「なるほど。オウムの件を知りクローバー王国に来るのなら、そうなのだろう。だが一番始めに出てくるのが人格の話ならば、恐れるに足らず、ということだな」

「ええ、もちろん。彼女は恐れるような相手ではありません」


 優しい方だって言っているではないですか。


「その言い様が自惚れでないのが、お前の恐ろしい所だな」

「そうでしょうか?」

「そうだとも」


 人の優しさを認める私って、恐ろしいのでしょうか? レフュラスの感性はよく分かりません。

 おっと。そろそろ目的地――兄上の部屋に到着です。


「私はこれからしばらく仕事ですから、大人しくしていてくださいね」

「承知した」


 レフュラスは賢いので、言わなくても大人しいのですけれどね。


 ……エリノア女王の接待、兄上に押しつけられませんかね……。その方が我が国のためだと思うのですが。心から。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ