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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第一章
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間章一 剣の印の裁定

 ピシリと空間に裂け目が入り、それは四角い口となって世界を繋げた。


「やれやれ。今はただでさえ事態が読めんというのに、余計な力を使わせてほしくはないものだ」


 息をつきつつ、空間を跨いで移動する。

 ほんの僅か離れただけだというのに、命の気配が満ちるこの世界を懐かしく感じてしまった。我輩も随分馴染んでしまったものだ。


「あ、アンタ……!」


 こちらを見て唖然とした様子で固まったのは、白いオウム。個体名はヴァーリズだったか。

 座標に狂いは出なかった模様。幸いである。何分、久しぶりに行使する魔法なので、些か心もとなかったのだ。


「何の真似!? 空間を勝手に繋げるのは禁止だったはずでしょう!?」

「必要であれば、許されるのだよ、我輩は。なぜなら、我輩が剣の守護者であるからな」


 知らなかったのだろう。オウムは目を見開いて沈黙した。

 聞けばそれが何を意味するかは分かっても、見抜ける力は最早なくなっているか。


「なら……どうして。ハート王国に道が繋がったのでしょう? 次は『ここ』なのでしょう? だから、あたくし」

「道は閉じつつある。そして新たな道が開いた。クローバーだ」


 女王がその名を出したとき、我輩は然程本気にしていなかった。しかし先程鏡の中に帰って確認してみれば、確かにクローバーの国と繋がり始めている。

 女王の未来視、やはり本物か。厄介な。


「!?」

「だから言っただろう。『ここ』では何をするつもりもないと。別の場所へ行けと。まあ、其方は従おうとはしたわけだが」


 事前に余計なことをしていたせいで、失敗に終わってしまった。我輩自身にまで累が及ぶ始末だ。


 まあどちらにしろクローバーの様子は見に行かなくてはならなかったから、丁度いいと言うべきなのか。

 修正が効くのは、よい。だが、問いただしておくべきことがある。


「其方、なぜ魔獣を使った? あれは奥の手だった。我輩たちが打つ手がなくなったときに動かすために用意したものだ。我輩の存在を確認すらせず時を動かすとは」


 致命的なことにならないよう、魔獣にはあらかじめ思考制御の魔法をかけてある。しかしその手の魔法は対象の近くで魔力を繋ぎ続けなければ、効果が弱まるのだ。意思を持つ者の抵抗とは、そんなに容易いものではない。


 まして我輩たち同様、あるいはそれ以上に魔力に近しい獣たちだ。早々に制御下から外れることも充分考えられた。

 女王たちの様子から察するに、然程大事にはならずに済んだようだが。


「道が繋がったのに、しばらく何も起こらなくて。そのうち道を封じる話が聞こえてきて。だからあたくしが何とかしなくちゃと……。だって――だってそうしなければ、今度こそあたくし達も、人間も、絶滅するわ……!」

「そうとも。だからこそ、慎重にならなければ。人の数は未だ少なく、ジョーカーも、(スート)の主たちも得るべきものを得ていない。まだ時間が必要なのだ」


 そのために、我輩たちは力を維持する必要がある。要は、人の負の感情だ。


「……だがもしかすれば、我輩が考えているよりも、ずっと時間はないのかもしれんな」


 ハートの国に道が繋がったとき、我輩は然程の飢えを感じていなかった。別の(ルーン)の誰かを満たすためだったのだろう。その誰かは、もうクローバーへ行っているかもしれぬ。


『本番』に入る前の、些細な感情ぐらいは一人で喰っていても構うまいと思っていた。飢えてはいないが、味気のない食事で日々を過ごすのが苦痛であるのは間違いない。

 そのための悪戯が思わぬ方向に展開したようだが、我輩個人としては悪くない。


 ハートの国は、生贄になるのを免れたのだ。女王は我輩に感謝するべきだと思う。


「結界が持たない、と……?」


 怖れを滲ませ聞いてオウムは訊ねてくる。こいつはおそらく直接は経験していない世代だが、記憶は継いでいると見える。


「今すぐではあるまい。だが、安心もしていられぬ」


 あれから、どれ程の時が経ったか。


 動物と混ざって命を繋いだ『白』の者たちは、混ざりすぎて己が何であったかさえ忘れ始めている。いずれは人語を操れる者さえいなくなるだろう。


 それは、計画の前提としていた一翼が崩れるということ。

 我輩たちだけで、力を維持するに足る感情を生み出せるか……?


 できなければ、数を減らす必要がある。後を考えればそれも悪手。しかし、今を凌がねば未来などない。

 ああ、まったく。かつて、人を弄ぶのは嗜好を満たすためであった頃が懐かしい。しかし当時の愚かさこそが現在の窮状を招いたとも言える。我輩に恨み言を言う資格はない。


「何にせよ、其方にはもう関わりのないこと。其方には世界の真実を忘れてもらう」


 そのために、わざわざ来たのだから。


「!?」

「何を驚く? 我輩は其方の知性が信用できん。分かっているだろう。今、人間に真実を知られては困るのだ。其方が上手く話を躱せるとも思えん。ならば忘れてもらうのが上策」


 侮られた屈辱にか、ヴァーリズはこちらを凝視して固まった。だが暴れたりという様子はない。

 己の存在が不都合になる可能性を、認めるぐらいの理性はあるか。


「……あたくしは、生まれた瞬間からあたくしになる前の欠片を継いでいたわ。周りの誰よりも、沢山。同時に、多くの者より賢かった。知っていることが多かったから。けれどあたくしは、研鑽が足りなかったのね。満足してしまった。だから……愚かだった」

「それこそが我輩の懸念だ、オウムよ。だが其方は何も心配することはない。これからは心のままに人の幸福を願い、招き、手を貸すとよい。あとは我輩が引き受けよう」


 若かったとはいえ、死を恐れた我輩自身が始めたことでもある。

 それに、今少し。せめて女王が生を全うする間ぐらいは、このままにしておいてやりたい気持ちもあるのだ。


「ええ、お願い。……あたくし、少し、疲れたわ……」


 人の幸福な感情を喰らう白の奴らにとって、その逆の手助けをすることには、相当負担を感じるのだろう。項垂れたオウムは、本人が言う通りに疲れが見える。そして、己を苛む原因から解放されることへの安堵も。


「しばし休め。己の生か、世界が終わるその時まで」


 操るような繊細な魔法と違って、記憶を封じるぐらいならば容易い。加減など要らず、強固な箱を作ってしまえば済むからだ。


 すり替わった情報を整理するため、オウムは自然に眠りに落ちた。

 さて。それでは我輩はクローバー王国へ行くとしよう。


 ――気になるのは、やはり王子か。


 女王は事象しか知らぬ模様。しかしクローバーの王子は……どうにも読めん。騒乱を起こすその理由を悟っているのか? だから協力しようとでもいうのだろうか。

 慎重に接触する必要がありそうだ。

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