そしてクローバー王国へ
「これは、君と会って初めて生まれた『違和感』だ」
「……ほう?」
「今まで、思考が矛盾することはなかった。理の探究は面白かったから。俺の嗜好はジョーカーとしての目的と一致していたためだろう。それとも、この嗜好さえも『ジョーカー』のものでしかないのか」
改めて考えると、ぞっとする。
自分の心が自分のものではない気持ちを生み出しているのではと思ってしまったら。――そう思えてしまう事があったら。
わたしだったら、正気でいられないかもしれない。
「だけど、一つだけ確定したことがある。俺の意思だけは俺のものだ。君が望まないことをしている自分を自覚したときに、抵抗感があったから。……同時に、思っていた。ああ、ハートの国でなくてよかった、と」
「それはつまり、必要があれば、ハートの国を害すると言っているのか?」
すぐにそうと言ったのは、ニーナとの会話や、歴史書が告げるジョーカーの所業を思い出したから。
ジョーカーは、人々の平穏を壊すこともある存在。
「おそらくだが、俺はやるだろう」
「――」
まさか、と言いたい。貴方はそんな人じゃないでしょう、って。
けれど違うのだろう。どんな人間性だろうが関係ないのだ。『ジョーカー』として逃れられない。
だってそれを想像して口にしているだけの段階で、フェデリは苦悩に顔を歪めている。
「だから、俺はクローバーの国に行かなくちゃならない」
「クローバーの国を混乱させにか?」
「分からない。そうするべきという感覚は、今の俺にはない。けれど俺は、ミラがヴァーリズをクローバー王国に送ることを許容していた。俺の役目はそこにはないんだろうが、きっと『何か』は起こる」
わたしはそれを、知っている。
『四印のアリス』において、クローバーの国編と位置付けられた、国を割る騒乱がこれから起こるのだ。
シスト王子は、ヴァーリズを招いてもいいと思っていた、と言っていた。もしかして彼は、シナリオ通り、国を二分する混乱を望んでいる? まさか。何のために。
これが野心家な人だったりしたら、それこそ自分が王位に就くためとかが理由になるのかもしれないけど。シスト王子はそこまで権力欲が強い感じはしない。
「それを見て、止めようと思うのか、手伝うべきと思うのか、あるいは何も感じないのか。いずれにしても、この強制力とも言える感覚の正体を突き止めたい」
自分の中に自身と乖離したものがあったら、確かめたいと思うのは当然だ。
怖い気持ちもあるけど……わたしもきっと、フェデリと同じ選択をする。
「でないと俺は、君と語る言葉を持てないんだ。すべてが嘘になるような会話に価値などない。もっと言うなら、害悪でしかない」
「……フェデリ」
悔しそうに吐き出してから、フェデリは一つ、大きく息をついた。
「だから、クローバーの国へ行く」
「よかろう。興が乗ったところだ。妾も行ってやる」
「は!?」
予想外だったのか、フェデリはぎょっとして目を見開く。
おぉ、彼の意表を突けたの、さり気に初めてじゃないだろうか。ちょっと嬉しい。
いや、だってほら、もうクローバー王国を舞台に陰謀が起こるの、確定じゃない。少なくとも起こそうとされてるじゃない。だったら行くしかないでしょう。
ぶっちゃけその裏側がどうのっていうのはもうアテにならない気がするけど、起こる事象は多少なりとゲームをなぞるはず。わたしの知識もきっと役に立つ、はず!
「ちょ、ちょっと待て。君は女王だぞ?」
「ああ、そういえばクローバー王と王妃への挨拶もまだだったな。丁度いい。ついでに済ませればよかろう」
「今の君でか!?」
今のっていうか、もうミラ帰しちゃったし。偃月は頑張ってくれてるけど、解呪がいつになるかは分からない。少なくとも、就任挨拶を各国にするべき時期には間に合わないだろう。
言ってからフェデリも思い立ったのか、顔をしかめた。
「それでも無茶だ。ハートの国を孤立させる気か?」
王や王妃に死刑だ発言が出たら待ったなしですね。
「問題ない。妾にはもう一つ口があるからな」
もしかしたら在位中、ずっとニーナには苦労を掛けるかもしれない……。
そっとニーナを伺うと、にっこり笑ってうなずいてくれた。頼もしい……!
「どうあっても行く気か」
「そう言っている。同じことを言わせるな」
「……まあ、君は元々クローバー王国でよくないことが起こるかもと懸念していたのだし。当然と言えば当然の流れなのか……」
シスト王子が来ると連絡を受けたときに、可能性が頭に過ったやつですね。今はもしかして、クローバーの国編の前段階にあたる時期じゃないかと。
あのときはクローバー王国に行こうとか考えてたわけじゃないけど……。政争が起きたって話が聞こえてきたら、やっぱり行っちゃってたかもしれない。
「君を止める資格も力も、俺にはない。仕方ないんだろうな」
「いちいち不愉快な男だ。そんなに不服か」
「そりゃあね。好ましく想っている相手が、危ないかもしれない所に行くのを喜ぶのは、世界的に見ても少数派だと思うよ」
「ほ、ほう」
純粋に心配しているのだと言われれば、嬉しい。面映ゆさに顔が少し火照ったのが分かる。
「尊き妾の身を案じるのは当然だが、素直な尊崇はそれなりに心地良いもの。悪くはない」
嬉しかったと伝えるだけでも、やっぱり高慢に満足気。
「しかし妾の意思を蔑ろにするのは許されん。貴様はただ『はい』とうなずいていればよいのだ」
心配をしてくれる人も、忠告をくれる人もありがたい。
それでも、心が訴えることに嘘はつけない。つきたくない。――本当はいつだって。
立場によって、やってはいけないこともやりたくてもできないこともあると思う。でも、今のわたしには立場も力も周囲の協力もあって、『できる』。だから『やる』。
「君を守るために必要なら、俺は迷わず嘘を吐くよ。だから今は言っておこう。『はい』とね」
「面白い。貴様如きが妾を謀れると思うならやってみろ」
人の心も行動も、誰の自由にもできない。それは本人だけに許された部分だもの。わたしもフェデリも変わらない。
できるのはただ、自分の気持ちを伝えることだけ。
「妾が貴様の上をいけば済むだけのこと。そして忘れるなよ、帽子屋。妾はハートの女王だ」
わたしは民を護るべき王だから。
クローバー王国での混乱は、結局ハート王国にだって無関係じゃない。すべての国々が協力し合って生きているのがこの世界だから。
ううん。そうじゃなくたって、目の前で困るかもしれない人がいて、自分に何とかできる力があったら、やっぱり力になりたいと思う。立場なんて関係なく。
「俺は、君の騎士じゃない。女王として君がその身を差し出すときでも、俺は邪魔をするよ。それがどれだけ君にとって不服であったとしても」
「――……」
女王であるわたしが護られるのは、わたしが民を護る王だから。必要なときにはこの身を差し出すのを義務付けられている。それが権利と義務ってものだから。
もちろん、そんなことにならないよう努力しますけども!
「とはいえ、今のところ俺と君に目的の乖離はそうない。できれば、この先もそうであってほしいものだよな。……手段も含めて」
「まったくだ」
フェデリがわたしのためにわたしの意思を無視しなきゃいけない状況って、相当悪いと思うもの。
「じゃあ、まあ、ええと。……これからまたしばらく、よろしく、エリノア」
「ふん。まあ、よかろう」
別れを語ったつもりの直後に前言を翻すことになって、フェデリは少々気まずげにそう言った。
高慢に受け答えつつ、思う。
クローバー王国の混乱は防ぎたい。隣国の王としても、わたし個人としても。
けれどヴァーリズの存在を見逃そうとしたフェデリは、彼自身が望まないまま逆の立場を取るかもしれない。
ミラが言っていたことの懸念もある。少しの犠牲と、多くの救済。それも関係があるんだろうか?
わたしはあの問いに答えられなかった。
大局を見られないと言われればそうなのだろう。でも、わたしはやっぱり、それでも止めたい。別の方法を模索したい。仕方がなかったなんて言いたくないんだ。わたしの心がそう言っている。
そして――フェデリ。貴方のことも。貴方の心が望んでないって、わたしもちゃんと知ってるから。




