証拠品の確定と、魔物は魔物
行きとさほど変わらない強行軍で帰城を果たして出迎えの挨拶諸々を受けてから、わたしは私室に下がった。
仕事の引継ぎは明日から取りかかるとして、今はジャックの報告待ち。
洞窟で拾った羽はジャックに預けてある。ヴァーリズに気取られたくなかったので、魔獣討伐で負った怪我を診てもらう、という体で、今頃癒士の元を訪れているはず。
本当はわたしも立ち会いたかったけどさ……。国際問題に発展する恐れがあるので、大人しく待つことにした。
ややあって――訪いを告げたジャックが、ニーナに通されて入ってくる。
「ご苦労。それで、首尾は?」
「一致しました」
端的なジャックの一言に、わたしとニーナは揃って息を呑む。……確定した。
「捕らえますか」
「無論だ。ただし、聞くべきことがある。必ず生け捕りにしろ」
「はッ。では、御前を失礼いたします」
中々のハイペースで戻って来てるから、ジャックだって疲れているのは間違いない。けれどそれを微塵も窺わせない強い眼光で去って行った。
「……聞いたときから覚悟はしてたけど、やっぱりショックはあるわね」
「ふん。妾に敵対しようなどと、とんだ愚か者であった。それだけのことだ」
「ええ。ハート王国を害するなら、当然許しておけないわ。でも、どうしてそんなことをしたのかしら……」
「知るか。それを聞くために生け捕るのだ。奴自身の口から吐かせればよい」
「……そうね。真実は結局、それでしか分からないのだし」
そう、世の中で起こったことは、状況としての事実は痕跡から分かる。でもその真実は当事者の中にしかない。
何にせよ、相手はオウム。監視も付いていただろうし、すぐに捕まるだろう。
カチ、カチ、と静かな空間に秒針が時を刻む音だけが響き、過ぎ去っていく。
「……遅いな?」
「遅いわね……」
どこにいるかも把握してるオウム一匹捕らえるのに、時間かかり過ぎじゃない?
予期せぬ能力を持っていたとか……不測の事態が起こったのだとか?
……。
…………ええい!
無理! もー無理!
「行くぞ、ニーナ!」
「ちょっと短気すぎない?」
「妾を待たせる愚図が悪い」
ちょっと離れたところから様子見るだけだから!
現場近くは騒がしくなっているはずだし、近付けば分かる。多分ね……。
「確かに気になるし。……行ってみましょうか」
よし、ニーナも折れた。
まだ確定もしてなかったので、羽の件は一部の人間しか知らない。なので。
「フロー騎士団長がどちらに向かわれたか、ご存知でしょうか?」
廊下で警護をしてくれている近衛騎士に、ニーナがそう問いかける。
「あちらへ向かわれましたが」
女王であるわたしに秘匿するような内容ではないので、答えはすぐに返って来た。
「ありがとう。いつもお疲れ様。――参りましょう、陛下」
「うむ」
労いの言葉を美しい礼と共にかけたニーナに、ちょっと照れたような、緩んだ笑みを浮かべかけた男二人は『陛下』の部分で表情を引き締め、直立不動になった。
さ、寂しくなんかないやい。
温度差が居た堪れなくて、早足でその場を立ち去る。
近辺からあまり離れない近衛騎士を中心に、ジャックの行き先を訊ね続け、十数分後。
「――言いがかりだ。魔獣の巣に羽があっただけで決めつけるなど、あまりに雑すぎる!」
目的の現場を発見。
にしても誰? 無茶な言い分でヴァーリズを庇っているのは。
そっと影から覗いてみると――なるほど、近衛が対応に苦心するはずだ。
ヴァーリズを庇う抗弁をしているのは、シスト王子の侍従、エディルさんだった。
「え、な、何であの人が?」
その光景に、ニーナが戸惑った声を上げる。おそらく、この場にいる殆どの人が同じ感想を持っていると思う。
でもこれって、もしかして……。
「ミラだ。捕まえに行くぞ」
「大丈夫、連れてきたよ」
フェデリが泊まっている客室へと向かおうとした足を、出だしで止められる。
声のした方を振り向けば、そこにはミラの首根っこを摘まんで片手にぶら下げているフェデリの姿が。ナイスタイミング!
というか、状況を知って連れてきてくれたんだろうけど。
「妾を煩わせぬとは、上々だ。褒めてやろう」
「どういたしまして」
尊大なお礼(お礼です)を苦笑と共に受け取ったフェデリから、ミラへと目線を移す。
「あれは貴様がやっているのか?」
「さて? どうであろうな?」
「やっていないのならそうと答えれば済む話だ。誤魔化した返答の時点で肯定だな」
「……其方の物言いはどうにも面白くないな、ジョーカー」
ミラほどじゃないよ。
「だが否と答えなかったのは、エリノアへ嘘を吐くことに多少なりと良心の呵責が生まれたのかな? 喜ばしいのか、厄介だと嘆くところか……悩ましいな」
「……」
心なしかぶすくれた様子で、ミラは沈黙。
「貴様がやっているのならば、今すぐ解け。面倒になる前に――」
「どうしましたか?」
ミラを急かしている途中で、最も来てほしくなかった人が到着してしまった。
こんな時でもアルカイックスマイルを崩さない、シスト王子の登場である。
そりゃあね、自分の侍従が騒ぎの中心にいるんだから、主であるシスト王子が呼ばれるのは当然なんだけど……!
「解け、ミラ! 今すぐに!」
クローバー王国と揉めたくないッ!!
「……やれやれ。これでは仕方あるまいな」
息をつき、ミラは前脚を伸ばして魔法陣を前面に浮かび上がらせ――それを砕いた。四散した魔法陣は光の名残を残しつつ、魔力を世界へと返していく。
「エディル。状況の説明をしてください」
「はい、殿下。ハート王国の方々が、魔獣が発生した巣にこのオウムの羽が落ちていたというだけで、魔獣と関わりがあると……ある、と……。……ありますよね?」
途中から自分の主張に奇妙さを覚えた様子で、エディルさんは首を傾げた。
「断言はできませんが、あるのではないでしょうか」
「はい……」
「……なるほど」
ぐるりと周囲を見回し、シスト王子は最後にミラへと目を留める。納得した様子で、ほんの少しだけ目を細めた。けれど、それだけ。
「では、そのオウムは騎士の方々にお任せするべきですね」
「は、はい」
強固に反対していた自分に未だ困惑しつつ、エディルさんは近衛騎士の一人へとヴァーリズを渡す。同僚だろうか、エディルさんに歩み寄ったクローバー王国の騎士が彼の肩を叩く。
皆が警戒する中で、ヴァーリズは厳重に拘束されていった。魔法が使えたら姿形以上の脅威になるのでこれは当然。ヴァーリズは表面上、これを大人しく受け入れた。
処遇としてはとりあえず牢に入れて、尋問するところからだろう。ミラやシスト王子よりは、こちらに分かる言葉での情報取得が可能な気がする。
「……やれやれ。大変な騒ぎになりましたね」
収束を見せつつある騒動はもう終わったものと見なしたか、シスト王子はそんなことを言いながらこちらに近付いてくる。後ろに控えるエディルさんの表情は、先程までの困惑は打って変わって、厳しい。
「殿下、お待ちください。先程の私はあまりに妙な思考をしていました。それに女王の隣のその猫が、魔法を操ったのを見た者がいます」
さっき彼に近付いたクローバーの騎士の人からの情報か。確かに、誰に見られていてもおかしくない状況だった……。迂闊さに後悔する。
とにかく解呪しなきゃって、それ以外のことに気を回せなかった。
……どうする? たった今見付けましたで押し通してみる? シスト王子はこれまで――というか今も、黙認の姿勢を見せている。もしかしたら通せるかも。
しかし対応を悩んだわたしの焦りは、すぐに不要なものと化す。
「それが、どうかしましたか?」
こともなげなシスト王子の一言によって。
四印の世界の動物たちは、言葉は喋るけど魔法は使えない。魔力そのものはあるんだけど、魔法が発動できるほどではないのだ。
魔法を使う動物の姿をした生き物は、鏡の国の魔物だと思って間違いない。
それを「どうかしたか」だからね……。
やっぱりもう知ってたのか。もしかしたら、始めから?
いつ、どうして、どうやって――なんていうのは、シスト王子に対しては愚問ってもの。本っ当チートだなこの王子はッ!
「ど、どうかとは、殿下……」
「あのオウムは、どうやら我が国に来たがっていた様子。このようなことになって、残念です。私としてはそれで構わなかったのですが」
――!?
町に魔獣をけしかけたかもしれないヴァーリズを自国に連れて行ってもいいって……。ええぇぇえ? なに言ってるの、この人!?




