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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第一章
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王であるから

 けれどそれなら、セーフだったと言えよう。腰が抜けた姿なんて、格好つくものじゃないもの。まして悪夢で。

 多分、本当に怖かったんだと思うけど、まま答えると何とも子どもっぽいというか……。


 ふと頬に当たる光に変化を感じて窓に目をやれば、陽の色が夕焼けのそれになりつつあった。

 嘘!? わたしそんなに寝てた!? いやでも、自覚したらなんだか急にお腹が減って……。腰が抜けてそれどころじゃなかったけど、心なしか体も凝ってるような……。


 ……空、赤いな。


 ただの自然現象だし、わたしはそもそも赤が嫌いじゃない。むしろ好き。ハートの国のシンボルカラーだし。

 だというのに、妙にその色に胸騒ぎを覚える。


 気のせい……だよね。

 ソファに座り直し、ジャックの訪れを待つ。間もなくして、扉がノックされた。


「エリノア様。ジャック・フロー麾下二十名、帰還いたしました」

「ご苦労。少し待て」


 そういえば侍女が付いているわけではなかったんだった。

 自分の手で鍵を開けて相手を出迎える、なんて今世ではそうそうあることではないのでうっかりしていた。


 座り直したソファから立ち上がって扉を開けた先には、声をかけてきたジャックと、アレフも一緒だった。


「ただいま、エリノア」

「妾の元に参じられたのが、そんなに嬉しいか? まあ、当然ではあるのだがな。今妾は気分が良いゆえ、受け入れてやろう。ありがたく思え」


 足を組んでふんぞり返り、鼻で笑ってそう応じる。


「おー」


 アレフからはあっさりとした反応。対してジャックからはため息をつかれる。違うんだ……!


「報告、よろしいでしょうか」

「……許す」

「では。――結論から申しまして、あの洞窟は鏡の国とも世界の果ての先とも繋がっていないようでした」

「全部回ってきたから間違いないぜ。そんなに大きくはなかったな」


 そっか。それならよかった。更なる面倒に発展しなかったってことだもの。


「亜種と判断したあの特殊な二体、もしかしたら鱗狼の親だったのかもしれません。生まれたての卵がいくつかありました。その寝床も、この辺りの森でとれる木々で間違いないかと」

「……卵が、な」


 洞窟を用意した誰かは、そんなに多くの卵を持ち込んだわけじゃないのかも。何なら元は親二体だったとか? それとも変異して親になる個体が現れたか……。

 なんにしても、これ以上は妄想に近いただの推察になってしまう。事実以外は考えるのよそう。


「殲滅は確実だろうな」

「巣に残っていたものに関しては、徹底的に。しかし外に出ている個体がいないとも限りませんので、数日は洞窟を見張っていた方がいいでしょう」

「ふむ」


 ご飯を獲りにとか、周辺の偵察とかに出ただけなら、巣に戻ってくるだろう。人を配置しておくのは確かに必要。

 ついでに、周辺地域の警戒強化もね。


「何にせよ、別世界から送られてきているわけではないのは間違いありません。襲撃はこれで終息とみていいかと。残るは、それを行った者の捜索です」

「懸命になるのはいいが、先走るなよ。後から真犯人が現れて恥を掻くのは御免だ」


 冤罪を生んではいけないと思います! ほら、人間って自分の思い込みを中々覆せないから……。


「承知いたしました」

「レグルスに知らせてあるはずだな? まさか前騎士団長ともあろう者が、下手を打ってはいないだろうが」

「監視の強化、といったところでしょう。行動を起こすのはエリノア様のご帰還を待ってからになるのでは。まあ、正確にはその羽を、ですが」

「ならばよい」


 こちらの世界の科学では、DNA鑑定とかはもちろんできない。でも、似たようなことができる魔法はある。ダイヤの国の専門だけど。


 ダイヤの国出身の癒士は、四印すべての国々で雇われている。そうじゃなければ医療はもっと科学に寄っていただろう。

 国のパワーバランスが問題になりそうだけど、実は結構大丈夫。


 ダイヤの国は国土のほとんどが砂漠なので、食べ物のほぼすべてを輸入に頼ってる。他の国からそっぽを向かれれば、彼らには自滅の道しかない。


 ちなみにハートの国が誇る炎の力はとかく軍事に優れてるので、どこの国にも出る魔獣討伐に力を貸している。亜種クラスになると、うちの力なくして撃退は……できないとは言わないけど、相当の犠牲は出る。


 スペードの国が提供するのは主に氷室。これがなければ、冬の度に餓死者が出るのは免れない。国力に直結する人口がかなり減る。

 そしてクローバーの国の食料に頼っていない国は皆無である。


 そんな感じで、それぞれがそれぞれを支えていて、欠けられたら困る関係。おかげで国々の仲も良好である。……打算付きのそれを良好というのがちょっと物悲しいけど、平穏が一番。争い合うよりはずっとマシ。


「ご苦労。報告が以上ならば下がれ。そして帰城の準備を進めよ」

「はッ」


 うなずき、退出を促したわたしにジャックは敬礼をして、踵を返した。


「じゃ、俺も戻る。お疲れ、エリノア」

「ああ、まったくだ。部下が無能なせいで余計な労力を使った。妾ほど寛大な主は早々いまいな。妾のために力を尽くすのは当然なのだ。そして結果も伴わせよ。次は妾を煩わせぬよう精進しろ。二度同じ失態を繰り返すようなら、死刑だ」


 近衛に防衛の号令をかけたこと、後悔してない……けど、でも、ここを死地として送り込んだのは、わたし。


 もちろんそれで助かった人もいる。でも亡くなった人もいる。

 ……もっと、力が必要だ。


「そうだな。犠牲者はいるけど……。でも皆で力を尽くして目的だった町の防衛は叶ったし、エリノアが近衛を動かす決定をしたから、この数で済んだんだ」


 わたしは人を数で数えるのは好きじゃない。少数だから切り捨ててよくて、多数だから優遇するべきってわけじゃないと思うもの。


 ……必要な割り切りがあるっていうのも、分かってるけど。


 町という大きな拠点を護るために払った犠牲としては、合格点だろう。でも、そこで上る犠牲は数じゃない。人なのだ。その分だけの悲しみが生まれている。


「悼む気持ちは忘れちゃならないけど、守れたものもちゃんと見ようぜ」


 ……うん。


 暗い顔をしていたら、護ったものが大切なものだったって自信を、騎士たちから奪いかねない。

 アレフの言葉に思うところがあったのか、扉に手を伸ばしかけていたジャックが振り向く。


「彼らは、己の職務を果たしたのです。誇ってやってください。そして奴らが誇れる人を、町を、国を護ってください。――陛下」

「当然だ。妾はハートの女王だぞ?」


 多分一国民として、真剣に発されたジャックの言葉に返したのは、やっぱりいつも通りの傲慢な言い様。分かっていないで軽く受けたと思われても仕方ないやつ……。


 王の務めは国を、民を護ること。命はもちろん、心も守ってこそ、王を名乗れるものだと思ってる。

 わたしは国民から、ハート王国の民に生まれて幸せだと言ってもらえるような国主でありたい。

 その心に嘘はない、んだけど……。


「はい。俺は貴女を信じています」


 柔らかく微笑してうなずくと、ジャックは一礼をして退出して行った。


「すげー騎士っぽい」


 騎士ですから。


 でもアレフが感嘆する気持ちは分かる。その職業に相応しい立ち居振る舞いができるのは、その人の努力ゆえ。


 しかも人が憧れるような職業で、その理想の姿であるのはとても大変だから。その地位が重ければ重いだけ責任重大。

 ジャックはきっと、誰がどこから見ても『騎士』だと思う。


 主として、わたしも負けてられないね!

 うん、気合い入れ直せた気がするぞ!

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