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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第一章
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赤い空と、不安

 カーテン越しに朝日の光を感じて意識が浮上したとき、真っ先に思ったのは「あ、わたし寝れてた」だった。


 昨日は日常とかけ離れたことばかり体験したし、肉体的にも疲労したしで、やっぱりぐっすり快眠までは出来ていない。

 うつらうつらすることを繰り返し、それでも何とか寝れはしたみたいだから、よしとしよう。


「んっ……!」


 両手と背筋を伸ばすと気持ちいい。……でもこれって、朝一やっちゃいけないやつだったっけ? 肩らへんからゴキって鳴ったし……。十七歳の乙女の体として、どうなんだろう。


 まだ目覚めきっていない体に過度な刺激を与えないように、ゆっくり起き上がる。それから服に着替え、顔を洗うために外に出た。いつもは部屋に運ばれてくるので新鮮である。


 顔を洗う前に他人と顔を合わせるのは嫌? 分かる分かる。でもこっちだと大体そんなものだし、仕方ないのだ。まだ水道とか整備されてないからね。

 共用の井戸まで行って顔を洗い、すっきり。この頃にはさすがに体も覚醒している。


「お、エリノア。おはよー」


 あ。アレフだ。おはよー。


「ほう。朝から妾の尊顔が拝めるとは幸運だな。昨日の労も吹き飛ぶというものだろう?」

「ああ。俺はぐっすり寝たから大丈夫。エリノアは?」

「妾があの程度の獣相手に不調をきたすとでも? 何たる侮辱か。死刑だ」

「そっか。よかった」


 わたしもまあ大丈夫――って答えた内容への返事なので、アレフがそれを「よかった」と言ってくれたのはありがたい。心配してくれたってことだから。


 しかして傍から見ると死刑を言い渡されて安堵する、という妙なやり取りに……。き、気にしないでおこう、うん。


「なあ、レビってお使いしてくれると思う?」


 偃月の鏡像の片割れ、空間魔法担当の黒ウサギの名を挙げたアレフに、わたしは首を傾げた。


「あれはかなりの面倒くさがりだぞ。何を望んでいる。吐け」

「んー。ちょっと銃弾使ったから、補充しときたいなーって。俺ん家行って誰かに頼めば大丈夫だからさ」


 あ、そっか。銃弾って消耗品だもんね。


「無理だったら……。材料あれば自作するけど、世界が違うから仕える物があるかどうかから調べなきゃだし、やっぱ出来がなあ」

「貴様を招いたのはラビとレビの失態だ。嫌とは言わんだろう」


 わりと普通に魔獣が闊歩するこの世界、武装なしではアレフも心許ないだろう。


 本人は気にしていないと豪語しているが、現状、アレフが元の世界に帰る方法は見つかっていない。アレフはその体質で魔法を無効化してしまうため、世界を繋げる空間魔法も打ち消してしまうのだ。


 こっちに来たときも、結構危ない状態だったらしい。


 そんな訳でアレフが帰る算段はつかないんだけど、自分が繋げた世界だから、レビは行ける。お使いぐらいはしてくれるんじゃないかな。何だったら、レビには道だけ作ってもらって、別の人を派遣してもいい。


 実はわたしも興味あるけど……さすがに止められるかな……。


「そっか。まあそんな訳だから、話しといてもらえると嬉しいなと」

「妾を伝書鳩代わりにするとはいい度胸だ。当然、相応の見返りがあるのだろうな?」

「悪いなー。よろしく頼む」

「覚えていたらな」

「じゃ、また後で」


 ひらりと手を振って、アレフはさっそうと歩き去っていく。


 ……うん。わたしも戻ろう。人と会って会話したら、実は王宮以上にマズいし。


 そして朝食を取り、ジャックから出立の挨拶を受け、見送ったあとは――やることがない。

 な、何だろうこれ。まるでズル休みしているような、後ろめたい気分になるぞ?


 いや! そんなはずはない。今は待機するのがわたしの務めだから!

 た、たまの休暇ってことでいいんじゃないかな。せ、せっかくだもの。何もせずにぼうっとする、贅沢な時間を満喫しようじゃないか。


 しかして昨夜あんまり眠れなかったのも響いたのか、ちょっとウトウトしてきた。


 瞼が……重い……。

 やばい……寝るかも……。いや待て、頑張れ。わたし。


 …………無理かも。




 ――世界は、いつも赤かった。


 それは人が流す血の色だったり、平穏を壊す炎だったり。人々は嘆くことにすら疲れ果て、蹂躙される様をどこか諦めた様子で受け入れ始めていた。


 自身も赤く染まりながら、何とか戻った王城は――やはり、赤かった。戦場から運良く戻ってこれた遺体の赤が、今日も町に、城に充満している。


 今日襲撃してきたのは鱗狼。まだマシな方ではあるが、それでもまた、大勢の騎士が失われた。いつまで国としての体裁が保てるのかも怪しいものだ。


「なぜ……我らは、こんなにも弱い」


 国で一番の魔力だと讃えられた『私』でさえ、鱗狼一体を焼き殺すために、どれ程魔法を紡ぎ続けたか。枯渇した魔力のせいもあるだろう。体が泥のようだ。連日の戦いによる疲弊と併せ、気を抜けばすぐにでも倒れかねない。


 ……このままでは、人は滅びる。


 重たい足を引き摺り、どうにか自室に辿り着く。息を吐いてソファに腰を下ろすと、即座に眠気が襲って来た。


 まだだ。まだ眠れない。やるべき処理が沢山残っているのだから……。


「死に体だな。ハートの王よ」

「!」


 一瞬前まで確実に誰もいなかったところに現れた、一人の男。そんな真似ができる種はただ一つ。そして奴らも、人の敵だ。


 剣を抜いて突きつけると、奴はふざけた様子で手を挙げ、抑えるようにと促してきた。


「提案があるのだよ、ハートの王。……生き延びたくはないかね?」


 白髪に紫のメッシュが入った髪に、金の瞳。猫の特徴を耳と尻尾に残したその男は、ニィ、と笑って囁いた。


「――……」


 それは正しく、悪魔の囁き。

 だが。だが『私』は――。


 その手を、取った。

 だからおそらく、『私』の行き先は地獄だろう。

 それでも構わない。この赤い地獄から抜け出せるのならば。




「――ッ!」


 背筋がもの凄くぞわっとして、勢いよく跳ね起き――って、椅子から落ちた!


「痛った……」


 強かにぶつけたお尻を撫でつつ立ち上が……ろうとして、力が入らないのに気付いた。腰が抜けてる。


 ……よく覚えてないけど、凄く怖い夢を見た気がする。


 魔獣は害敵だから、命を奪うことにためらいはない。前世でだって蚊とかゴキブリとかは普通に殺してたし。


 だから、奪った命の重さに心的負担を感じて――ってわけじゃないと思うんだけど。うーん。やっぱり疲れてたせいかなあ。体調悪いと悪夢見やすいって聞いたことあるし。


 無理に立ち上がって怪我をしても仕方ないので、しばらく座ったまま、動けるようになるのを待つ。


 少しは寝たからか、朝起きたときよりすっきりしてるし。せっかくの空き時間だ。これからのことを考えよう。


 まずは、羽が本当にヴァーリズの物か確かめないと。状況が怪しいからって冤罪を生んではいけない。

 でも間違いがなかったら、目的を暴く必要がある。


 魔獣の巣を発見しておきながら、警告の一つもしなかった時点で、関与は疑いようもない。その目的がいいものであるはずもないだろう。


 ……少し、寂しいかも。


 この四印の世界で、動物たちと人間はずっと仲が良かった。個人レベルで合う合わないはあっても、大勢では。


 そりゃあね。今回のことだって、個人の問題でしかない可能性がないわけじゃない。……それでも、寂しい。


 ヴァーリズは「人の幸せを願っている」とはっきり言ってた。


 嘘、だったんだろうか。ただの演技? あんなに本気に聞こえたのに。

 心にもないことを本心の様に演じられるぐらい、どうでもよかったってことなのかな。


 ほう、とため息をついて――あ、立てそう。

 まだ不安ではあったのでソファを支えにしつつ、立ち上がる。誰にも見られないうちに回復できて何よりだった。


 別にそのタイミングを見計らったわけでもないだろうけど、扉がノックされる。


「エリノア様、いらっしゃいますか? フロー騎士団長がお戻りになりました。じき、報告に上がられると思いますので、先だってご報告を」


 ノックをしたのはどうやらレイモンド。昨日はあの後も事後処理にあたってたから、今日の討伐からは外されてたんだね。


「分かった、ご苦労。下がれ」

「はッ」


 横柄に扉越しでのやり取りを交わし、レイモンドの足音が遠ざかっていくのを、聞くともなしに聞く。


 ジャック、もう帰ってきたのか。思ったより早かったな。場合によっては数日がかりとかになってもおかしくないって思ってたから。

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