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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第一章
22/58

一段落です

 出てきた穴から再び町の中へと戻ると、そこかしこで鱗狼が倒れているのが見えた。焼けた痕があるものは少ない。大方をアレフが片付けたようだ。


 ぱっと見で見える所にはもういな――くない!


 別の一体を相手にしているアレフの背後から、足音を殺して襲いかかろうとしている鱗狼がいる。慌てて炎を放とうと魔力を込めるが、途中で別方向から飛んできた剣閃が一撃で焼き切った。


「お?」


 目の前の敵を倒してから、異常に気付いてかアレフが背後を振り返る。そこでわたしの姿が視界に入ったらしい。片手を上げた。


「今のエリノアか? サンキュなー」

「いや、妾では……」

「エリノア様!」


 否定の途中で割り込んだ声に、わたしとアレフは揃ってそちらを向く。駆けつけてきたのはジャックだった。


 誰の一刀だったかの謎、解決。

 なぜ北門にいたジャックがここに――っていうのは、愚問だね。


「貴様の方も片付いたか。政庁に戻って妾の居所を聞き、参じたというところか? ――遅いわ、愚図が! 妾の身に何かあったらどうしてくれる!」

「だから政庁にいてくださるようにと話したではないですか!」

「貴様らにもう少しまともな働きができればよかったのだがなあ! 己が無能を棚上げし、妾に意見するか! 身の程を弁えろ!」

「貴女がッ、心配だったと言っているんです!」

「――っ」


 前線に出たこと、わたしは後悔してない。少なからず防衛にも救援にも貢献したと思う。

 そんな気持ちがあったから、かなり強気な反発が侮辱込みで出た。そのわたしに返ってきたのは、あまりにストレートな一言で。


 心配をしたのだと言われれば、返せる文句なんかない。


 正しいとか必要だったとか、理屈では押し留められない感情がある。

 それだけの気持ちを持ってくれたのだと伝えられて、嬉しくない訳がない。だから同時に申し訳ない気持ちも湧いてしまって。


 絶句したわたしにジャックも自分の言葉の強さにはっとした様子で口元を押さえ、丸々一呼吸分の沈黙が訪れる。


「……いえ、失礼しました。近衛という役目に就いていながら陛下の手を煩わせたのは、我ら騎士側の落ち度です。申し訳ありませんでした」


 そして次に口を開いたときには、いつもと同じトーンに戻す。


「……わ、妾の身を案じるのは当然だからな。此度は、特別に許す。感謝しろ」

「はい。――ですが」


 うなずいてみせてから、しかしジャックは表情を硬くしてわたしを見下ろす。


「貴女は行くべきではなかった、という俺の意見も変わりません」

「……」


 正しいか正しくないかで言ったら……ジャックが正しい、かも。


「勇敢であったでしょう。民にとって献身的な、理想的な王族の姿であったでしょう。しかし、それでも行くべきではなかった。貴女は最後の一人となっても生き延びねばならない立場の方です。でなければ、国が荒れます」


 お父様とお母様の間に子どもはわたし一人で、結婚すらしていないわたしにはもちろん子供はいない。


「……印が、然るべき者を選ぶだろう。妾のようにな」

「印は王位を継ぐ最低条件に過ぎません。真に王を選ぶのは、結局その国の人々なのです。望まれぬ者が王位を継げば、謀殺されるのがオチです。印は移るのだから」


 宿主が死ねば、印は年が下の誰かに継承される。そして宿主を殺した誰かに神罰が下ったりとか、そういう類のものではない。


「皆が納得する大義が、王には必要です。そして血筋にはその力がある。真に国を想うのなら、貴女は誰を犠牲にしても生き延びねばならない。その覚悟を持たなくてはならない。貴女はすでに、女王なのだから」

「……」


 ジャックの言葉は、とても現実的だった。返せる言葉がまったく出てこないぐらいに。


「貴女が人のために動ける方であることを、俺は好ましく思っています。だから、申し訳ありませんでした」

「……もういい。貴様の謝罪も聞き飽きたわ」


 わたしの行動は迂闊だった。でも、わたしにそれをさせたのは近衛騎士の力不足。

 それはどちらも事実。だからきっと、どっちも駄目だったということだろう。


「面倒くさいなー。上手くいったんだから今回はよかったねでいいじゃん?」


 わたしとジャックが互いに対して罪悪感を抱き、やや気まずくなっていたところにアレフからそんな結論でざくっとまとめられる。

 いや、まあ……そうかもしれないけど、そこで終わらせちゃうと成長しないっていうか……。


「真面目な人間って時々面倒くさいよな」


 面倒くさい二回言った!


「……俺は、不真面目で信用ならないと見られるよりは、真面目で面倒くさいと思われた方が嬉しいと感じる人間だが、今回に関しては同意する」


 あ、本当だ。言い回しが面倒くさい。


「エリノア様?」

「!」


 本人に知られたくはない類のことを考えたのが、まるで筒抜けになったかの如くのタイミングでジャックから睨まれる。


 ま、まさかねー。


「貴女も俺と同類ですから」

「わ、妾は貴様よりはよほど柔軟だ。ここにいることが示しているではないか」

「民を、騎士を護るために、ですね」

「貴様らの無能で妾の所有物が穢されるのが不愉快だったからだ」

「意訳すると同じですね」


 そうなんだけど! うぅ。ジャックの生暖かい目が辛い。


「で、西とか東からは、亜種ってやつは出てこなかったのか?」


 重たい空気が払拭され、くだらないやり取りが普通にできるようになったのを見計らったかのように、アレフに話を修正された。


 ……違うな。多分本当に見計らったんだ。アレフは多分、空気読めないんじゃなくてすごく空気読める人だ。


「そのようだ。――っと」


 ジャックの言葉を切らせたのは、鱗狼の遠吠え。けれど襲撃の直前と聞いたやつと比べて、今度のは大分気弱げだ。

 そしてすぐに、町の周囲が静かになっていく。


「引き上げたか」

「ボス二人がやられたから、撤退するんだな」


 こっちも傷を負ったけど、向こうの被害の方が大きいだろう。多分、フリではない。


「乗り切ったようだな」

「ええ。――政庁に戻りましょう。被害を把握しなくてはいけませんから」


 各場所からの情報は、政庁に集まるようにしてある。動き回るよりも、そちらで報告を待った方が早い。


 事後処理に入り始めた騎士たちに現場を任せ、政庁へと戻る。

 指揮所として据えられた小部屋に入ると、わたしたちを認めたレイモンドが腰を浮かせた。


「団長! に、陛下。ご無事でしたか!」


 わたしの生存部分、今明らかにトーンが下がったね? 気持ちは分かるから別にいいけどさ……。


 ただあまりに露骨だったせいで、言った本人もまずいと思ったのか、ごくりと喉が嚥下の動きをした。死刑宣告を覚悟している顔ですね。


「当然だ。この程度の魔獣に遅れなどとらん。そんなことより、被害状況を報告しろ」


 わたしがスルーして話を進めると、レイモンドは一瞬戸惑った顔をして、しかしすぐに答えを返してきた。


「はッ。人的被害の正確な数字はもうしばらくお待ちください。西と東は軽微です。北は中破、南は大破……ですね。本格的な修繕が必要そうです。今回の襲撃に動員された魔獣の数は、三百前後といったところでしょう」

「全体数は明日洞窟の掃討をしないと絶対とは言えないが、おそらく今回の襲撃でほぼすべてだろう」

「なぜだ?」


 そうであってくれたら安心だけど、理由が分からなかったので聞いてみる。


「餌場にしていたらしき森が、それほど荒れていなかったからです。千、二千といたら今頃森には獣の気配などありませんよ」


 なるほど。


 生き物がいない場所っていうのは、独特の空気があるものだ。そういう意味であの森は正常だった。だから大丈夫――ってことか。


 ついでに言うと、魔獣が活動し始めてからそんなに時間もたっていなさそう。三百前後の腹を何か月も満たそうとしていたら、やっぱり森が荒れると思うから。


「ご苦労だった。現場にいる者たちにも、半数は残って警戒と後処理の続きを、残り半数は宿舎に戻って休むよう通達してくれ。休んだ人員の中から、明日巣の討伐に向かう者を選抜する。そのつもりでいろ」

「承知しました」


 夜襲に関しては、これで一段落、かな。

 ……ほっとしたら、急に眠気が。疲れがどっと押し寄せてきた感じ……。


「陛下はもうお休みください。――アレフ、お前も。お前には明日同行してもらわないと困るからな」

「了解」

「中がどうなっているか、入ってみなくては分かりませんが……。おそらく、現在進行形で鏡の国の魔物が関わっている、ということはないと思われます」

「そうだな」


 気になるとこは色々あるけどね。


「ですが可能性が消えたわけではありませんので、陛下には洞窟内部の調査が終わるまで、ハスヴァロに待機していていただきます」

「よかろう」


 四印の人間としての務めですね。


 鏡の国に繋がっていた場合はまあ大丈夫だとして、もし世界の果ての先と繋がってたら、どうしよう。とりあえず同じ方法で結界張ってみるけども。


 そして道があった場合は戻ってシスト王子に頼む、と。二度手間にならずに済むから、タイミング的にはよかったのかも。


 途中でアレフとも別れて部屋に戻り、今度は鍵をかける。

 さて。明日のために寝るとしよう。

 ……寝れるかな。

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