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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第一章
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VS鱗狼亜種

「じゃあ、俺も行く。いいよな?」

「なぜ『じゃあ』になる」


 危険度はいっそ増している。怪我をしたら治せない可能性が高いアレフが、前線に赴くような理由はわたし以上にないはずだけど。


「俺が行きたいからだ!」

「……勝手にしろ」


 アレフの拘束に人手を使うのが、正直難しい状況である。来たいというなら本人の意思に任せよう。戦えるのは分かったし。


 わたしが許可を与えれば、アレフを止める人もいなかった。愛用の扇だけを手に部屋を出て、南門へと向かう。……んだけど、妙に走り難いな……。


「エリノア、走るの下手だな。さすが女王様」

「!」


 そういえば、わたし今生で一回も走ったことなかった気がする! せいぜいが早歩きだ。

 ど、どうりで体が上手く動かないと……。


 珍しいものが大好きで、魔獣の異種に興味があって行くんだろうアレフは――意外にも、わたしを置いて行かなかった。


「どうした。一人で向かうのに今更怖気付いたのか? それとも人並みに妾を気遣う知恵でもようやく身に付けたのか」

「気を遣うってか、まあ、離れたあとでエリノアだけ狙われたら嫌だなって思う」


 外壁とジャレているのを見るに、側に鏡の魔物がいる気配はない。空間を捻じ曲げて隣に出現! ってことはなさそうだけど……。それでも、好奇心より優先してくれるのか。


「妾は貴様に案じられるほど弱くはないがな」

「見たから分かってる。本当だったんだなー。固定砲台っぽいけど」


 どうせ動きは鈍いですとも。


 もしかしてわたし、ちょっと運動した方がいい? でも女王としての仕事もあるしな……。時間を取るのが難しい。


 ……いや、そもそも女王であるわたしが戦闘に関わること自体早々ないから、訓練とかはいらないはず、うん。


 政庁から各門までは、大通りが敷かれている。迷うことはない。住民も皆家にこもっているので、視界の先で門の惨状がよく見えた。


 駆け寄っていくわたしたちの目の前で、複数個所、壁が大きく震える。鱗狼が体当たりで、強引に壁を壊そうとしているのだ。


 騎士たちも防いではいるけど、もう手が回らないのだろう。割り当てられている人数より減っているようにも見えた。負傷して下がっている人の分も合わせて負担が増し、限界が近い。


 そしてついに一ヶ所、ヒビが砕けて鱗狼が飛び込んできた。

 けど、見えてたからこっちも魔力のスタンバイは終わってる!


「爆ぜろ獣。――焦炎(フレア)


 灼熱の火球を生み、放つ。


 壁を砕いた勢いのまま飛び込んできた鱗狼数体と衝突し、まとめて焼き尽くす。後に残ったのは獣の形をした炭のみ。それも風に吹かれて崩れ去り、跡形もなくなった。


 けれど限界だったのはその一か所ではなかったらしく、次々と鱗狼が壁を抉じ開け、侵入してくる。

 どうする? 広範囲の炎は町も一緒に焼きかねない。でも民家のある辺りまで入り込まれるよりはマシか――?


 対応を逡巡するわたしの隣で、アレフが両手に構えた拳銃の引き金をためらいなく引く。直線状に何もなければ、ピンポイントで相手を穿つその武器は、周りの町にも人にも、被害を一切出さなかった。


「こっちは任せとけ! エリノアは火力高そうだから、亜種とかいうでかいのやって来いよ」


 一理ある。厄介らしい亜種さえ倒してしまえば形勢も持ち直すだろう。そうすれば、少なくとも今よりも防衛しやすくなるはず。


「よかろう。言ったからには自信があるのだろうな? 無様な様を晒すなよ」


 危なかったら、むしろアレフにも逃げてほしい。犠牲となって棺で再会――なんてことにはなってほしくないから。


「大丈夫だって。この程度の単調な獣に遅れ取るほど鈍くないぜ」


 単調……単調、かなあ? 肉食獣らしい機敏さも柔軟性も思考力も持ち合わせているように見えるけど……。

 しかし豪語するだけあって、アレフの対応は危なげない。頼んで大丈夫そう。


 町の最終ラインの防衛をアレフに任せ、わたしはまだ侵入を許さずに戦っている、亜種の元へと向かう。


 鱗狼が空けた穴から外に出ると、一際頑丈に作られた門の前で、『それ』は他の仲間とは歴然の存在感を放っていた。


 黒や灰といった色合いの多い鱗狼と同じく、体毛は鈍い灰色。ただしその背に生えた立派な鬣は、妙に美しい純白だ。頭部からは左右に大きく張り出した角を備えていて、軽く首を振るだけで風を斬り、人の刃を近付けさせない。


 風属性に適性が高いのか、騎士たちの放つ炎も軌道を逸らされたりと中々当たらない。これは下手な高火力で風に煽られたら危なさそう。


 ――しかし問題ない。上が駄目なら下から襲えばいいじゃないってことで。


「昇れ、炎翔(ファイアストーム)!」


 起動は亜種の足元。描かれた魔法陣から、一気に炎が立ち昇る。

 わたし自身のことも亜種の意識になかったせいか、不意打ちになって綺麗に決まった。悲鳴を上げて飛び退くが、炎はその前に足を焼き焦がしている。


 はず……だけど、亜種はまだその四つ足でしっかり立ったまま。熱にやられた鱗が剥がれて血も滴っているが、それだけだ。


 全身丸焦げになったっておかしくないのに。というか、普通の鱗狼ならこれで焼け死んでいる。もっと簡易発動のそれで森で遭遇した鱗狼を焼いているから間違いない。


 己を傷付けた脅威を、亜種はすぐに見つけた。怒りの方向を上げてわたしに向けて駆け出してくる。

 まだそんな速度が出せるのか!


「陛下!」


 道を塞ごうとした騎士たちを、角と脚で振り払い、亜種は姿勢を低くしながらさらに速度を上げる。かちあげる気かな!?


 火力には自信あるけど、体の強度は前世のときと一緒。なので、あんなのに衝突されたら多分死ぬ。避けられるような俊敏さも持ち合わせてないし。

 なので、断固阻止!


「貫け、炎槍(ファイアジャベリン)!」


 まずはその足、機動力を奪わなくては。

 かなりの魔力を注ぎ、大量に炎の槍を生む。そして一斉に左右、互い違いへと放った。


 ギャウッ。


 上がった悲鳴は、思ったより近かった。こいつ、どうやら途中で速度を上げたな……。やっぱり相応に賢い。

 後ろの方に生んだ槍は空ぶったけど、慎重さは大事。保険かけてよかった。


「足を狙え! 陛下に近付けさせるな!」


 追いついてきた近衛騎士たちが、怯んで仰け反った隙を逃さずに、亜種の足を物理的に剣で刺し貫く。地面に縫い付けられた魔獣はそれでもまだ騎士たちの力と拮抗し、戒めから逃れようともがいている。


 勇敢にも前脚を縫い止めた騎士までいる。彼らの被害が及ばないよう、正確に焼き切らなくては。


 扇に刻んであるのは汎用性の高い呪文と陣なので、精密なコントロールが欲しい今は、自分で望みの力の変換を行う必要がある。

 扇は魔力を増幅させる媒体としてだけ使って、目の前の宙に魔方陣を描き上げていく。


「万照に遍く陽を呼び集う 千変成りしその力

 此は唯劫火と成りて、その威を示さん

 揺らめき猛る原初の姿よ、印に従い剣と化せ

 ――焼き裂け、炎斬(ファイアスラスト)!」


 細く、しかし鋭く。


 わたしが描いたイメージそのままの形を取った炎の刃は、狙い違わず亜種を真っ二つに切り裂いた。


 自身で立つ力を失くした体が、左右に分かれて傾いでいく。一斉に飛びずさった騎士たちは誰も巻き込まれることなく、重い地響きを立てて倒れた骸は――もう動かない。


 ……よかった。倒れた。


 ほっと息を着いたところで、顔を見合わせた騎士のうち一人が、意を決した様子で歩み寄ってくる。


「陛下、ご助力感謝いたします。しかしなぜこちらに? 陛下は政庁にて待機されているはずだったのでは」

「貴様らが不甲斐ないからに決まっているだろう。まあ、それも仕方のない事か。この状況でそのような下らぬ確認をしてくるぐらいだ。才の程が知れるというもの」


 殊更に落胆を強調したため息がセット。


「し、失礼いたしました! では、その、陛下の護衛を――」

「貴様らの頭は飾りか? この妾に、貴様ら如きの護衛などいるものか。侮るのも大概にせよ」


 政庁まで一本道だからね。送ってもらわなくてもわたしは大丈夫。


「それよりも己の無能を恥じ、せめてこれ以上無様を晒さぬよう必死になったらどうだ? 頭だけではなく、目も飾りか? 鱗狼は片付いていない。さっさと掃討にかかれ。妾の所有物に汚らわしい獣を触れさせるな!」

「はッ! た、直ちに取りかかります!」


 門の防衛に残っている人数の、およそ三分の一が亜種に割かれていた。手が回らず、町に入っていく奴らもぶっちゃけ視界には入っていたのである。


 あんまり被害出てないといいけど……!


 残った人員をどう割り振るかは、個々の能力を把握しているだろう現場の人に任せる。わたしはとりあえず、アレフと合流しよう。

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