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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第一章
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行動が変化しているようです

 幸いにして、わたしたちが留守の間、ハスヴァロが襲われたという事態もなかった。けれど何もなかったわけではない。代わりに、より深刻な事態に発展した、とも言える。


「三体一組の魔獣の群れが、洞窟近郊で多々目撃されていたようです。目的をハスヴァロから他へ移すつもりかもしれません」

「それ自体はおかしくはないな」


 副官から聞いた情報をそのままわたしに上げに来たジャックに答えつつ、しかししっくりこないものを感じる。


 一番はどうして今更? ってことだ。


 すでに仲間がやられていて、落とせないハスヴァロから目標を変えるのは、むしろ当然。いや、遅すぎるぐらいなのだ。今更変えるのなら、なぜ今までハスヴァロに執着していたのだろう。


「魔獣がいきなり行動を変えた理由は分かりませんが、急ぎ対応する必要があることだけは確かです。明日にでも魔獣の巣の討伐に向かいます」

「妥当だな」


 近衛騎士のような実力者ならともかく、普通の騎士にとって魔獣は脅威の存在。戦う心得のない一般市民は言わずもがな。散らばられたら被害が大きくなる。


「それで? 再び妾に足を運べと、そう言いたいのか?」

「いえ、討伐に向かう騎士は十数人で充分ですので、エリノア様にはハスヴァロにいていただければ問題ありません」

「そうか」


 組織行動に邪魔な自覚はあるので、大人しくしていることに否はない。


「ただ、アレフには来てもらいたいと思っています」

「俺は構わないぜー」

「だそうだ。好きにせよ。妾に侍る飾りが一つ二つなくなったところで、さして困りはせんからな」


 元々アレフはわたしの部下ではないので、彼の行動は自身の自由意思の元にある。


「報告は以上です。本日はお疲れ様でした」

「まったくだ。周囲が非才だと、主である妾が苦労をする。精進せよ」

「努力します」


 ジャックもお疲れ様――ぐらいの肯定だったのに、別の部分が強調された……。本当もう、何ともならないな、この呪い。


 ジャックとアレフが退出して、部屋に残ったのはわたし一人。従騎士という設定上、護衛や侍女が控えの間で備えていたりもしない。むしろわたしが隣室のジャックに対して備えている、という立場。


 そうそう。一人の時間って、本当はこういうものだった。


 わたしが前世のことを思い出したのは、女王になってから――ゲームとお揃いの『ハートの女王』になってからだから、王族としての生活にはすっかり馴染んでいた。


 生まれたときからその環境なので、ストレスとまでは言わない。でも気楽さを思い出しちゃうと、恋しくなる気持ちは湧く。


 窓に近付き、外を見る。ハートの国の民は皆炎の魔力を宿しているので、熱を抑えた明かりを生むのも、まあまあ得意。夜の闇を薄める明かりの存在は、不安な時ほどありがたかった。


 ……明日の討伐、犠牲が出ないで終わればいいけど。


 そんな考えが頭から離れない。しかしここでわたしが気を揉んでいたって、事態は変わらない。むしろ休めるときに休んでいた方が効率的。


 ――よし、寝よう。寝ても寝なくても、明日は来るんだから。


 窓から離れ、踵を返そうとした正にそのとき。



 ……ォオーン……。



 遠くで獣の声がした気がした。


 そしてそれはもちろん、わたしの気のせいではなかった。一瞬後には警鐘が鳴り響き、外壁の明かりが一斉に灯される。

 夜襲だ。


 仕掛けてきたということは、鱗狼は夜目が効くのだろう。だが、これもおかしな話だ。有利な条件になる時間帯に、どうして今まで仕掛けてこなかった。


 いや、そんなことはどうでもいい。それより――


「エリノア様!」

「構わん。入れ」


 すぐに取って返してきたのだろう、分を待たずに扉の外からジャックに声をかけられた。実はまだ鍵をかけてなかったので、そのまま入室の許可を出す。


「失礼します」

「相手は鱗狼か」


 まさかここにきて新種とか来てないよねと、念のために確認。


「はい。間違いなく」


 ジャックの答えにほっとしたけど、疑問も確定。まあ、諸々考察は後だ。


「付いてきてください。陛下には副官補佐として、こちらに残っていていただきたい」

「よかろう」


 副官の人がこっちに残るってことは、全体の状況を把握して指示を出す役割を負ったってことか。ジャック自身は前線に向かうっぽいな。

 近衛騎士ならわたしの正体を知っているので、会話が可能。相手の感情はともかくだけど……。


「アレフも同じ役目の名目で、一緒にいてもらいます」


 妥当だろうけど、アレフはちょっと残念がるかも。


 ジャックがわたしを連れてきたのは、政庁入り口近くの小部屋。できるだけ報告をすぐに受け取りやすい、しかし戦禍の飛び火を食らわないよう屋内に――という結果だろう。


 部屋に入ると、すでにアレフがいた。そして事態が動いていることへの証明のように、机の上に指示書が並んでいる。


「レイモンド。陛下とアレフを頼む」

「承知いたしました」

「ジャック。分かっているだろうが、この町の全てが妾の所有物だ。汚らわしい獣一匹、中に入れるな」


 町の中に入られてしまったら、きっと民間の人に被害が出るから。


「承りました。必ず」


 きっぱりと請け負い、ジャックは表へ――前線へと向かう。


「では、陛下はそちらで……そうですね。お茶とお菓子を運ばせましょう」

「不要だ。妾は貴様の怠慢の言い訳になりに来てやったわけではない。下らぬことを考えている暇があるなら、職務を全うしていろ。無能として、妾に処刑されたくなければな」


 こんな時に快適空間とか求めないから大丈夫です。幸い、ティータイムの時間でもないし。

 もしティータイムの時間だったら……迷う。やっぱりお茶の時間にするかも。


 日本人感覚だとそんな場合かと突っ込まれそうなんだけど、ハートの国では大切なことなのだ。文化的に。合理性はない。


 言い放ち適当な椅子に座ったわたしを、どう扱うかそれでも少し迷った様子を見せてから――副官ことレイモンドは放置することに決めたらしい。自分の仕事に戻った。

 そうしてくれると邪魔でしかないこちらもありがたい。


「あ、常識が分からないから俺も大人しくしておくけど、できそうな仕事があったら遠慮なく使ってくれなー」


 この部屋では同じく仕事のないアレフも、わたしの隣に座ってそう言った。誰かがわたしたちの所在確認に来たときに、一瞬で済むようにとの配慮だろう。


「助かる。必要になれば手を借りよう」


 協力的なアレフには、レイモンドも友好的。いいなー。ほぼ初対面な相手から友好的な対応引き出せたのって、もうずいぶん昔の話の気がするわー。


「エリノアって、本当不憫だよな。気を遣わなくていいって言ってあの反応……」


 そんな風には言ってない感じになりますからね。


 しかし幸いにして、アレフが手助けするような事態も起こっていないようだった。報告に来る伝令は定期的。戦況が落ち着いている証拠だ。さすが、近衛が参戦しているだけはある。

 このまま撃退できればいいんだけど。


「――レイモンド様!」


 と思った直後、今までとは違う、緊迫した様子で伝令が駆け込んできた。

 残念ながら、世の中はそう甘くないようだ。


 ……別にわたしが考えたせいじゃないよね?


「どうした」

「北門と南門に、鱗狼の亜種と思われる存在を確認。北門は団長が押さえていますが、南門に被害が出始めています。このままでは突破されかねません」

「西と東から人を……いや、その亜種が他にもいたら余計に被害が広がるか。ならば――」

「妾が行こう」


 回せる戦力がないのなら、余剰であるわたしが行くべきでしょう。


「陛下!?」

「お待ちください、陛下に万が一のことがあっては……。……」


 慌てて止めてきた伝令の騎士とレイモンドだけど、わたしに万が一のことがあったら――の続きのところで、不自然に止まった。

 ええ、万が一のことが起こったら、いっそ国が落ち着くんじゃないかな。自分で言ってて悲しいけど!


「ま、万が一のことがあってはいけません」


 しかし近衛騎士はプロだった。良いか悪いかは後回しにして、とりあえず護衛対象をきっちり守る職務の方を選択した。


「万が一、だと? 笑わせるな。妾を貴様のような凡百と同じに語るとは、大層な侮辱だ。死刑になりたいようだな」


 己の力を過信しまくった人の言動にしか聞こえないやつである。そして気を遣って止めようとか、そういう思いをゴリゴリ削る。


 職務に忠実であり、真面目である彼らを、正規の説得でうなずかせるのは骨だっただろう。だけど忠実であるからこそ、護り甲斐のない主ならうなずかせられる。


「妾が『行く』と言ったのだ。妾に意見をする気か? それともまさか、己の主がジャックであるなどと履き違えているのか? その愚かな思い違い、即刻改めろ!」


 現場でどちらを優先すべき? と言われれば、もちろん経験者であるジャックだ。しかし法律を持ち出せば、女王であるわたしの言が一番に優先される。


「……承知いたしました」


 命令という形を取れば逆らえない。逆らってまで止めようっていう気力や理由もなくなったと思う。


 何もせずに任せていても、誰かが――というかこの場合はジャックが、収集をつけてくれる可能性はある。でもそのときは多くの犠牲が出ているだろう。


 わたしには力がある。もしかしたら誰か一人でも、わたしが行くことで助けられるかもしれない。

 だから、行く。行かなきゃ絶対後悔するから。

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