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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第一章
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抉らせているわけではありません!

「妾の意を汲めたこと、まずは褒めてやる」


 護られる立場のわたしがこんなことを考えていると知れば、ジャックのやる気は削がれるかもしれない。それでも、聞きたい。


 ――どうしてそんなに考えてくれるの?


「だが一つ訊こう。その提案は、貴様が騎士たる誇りゆえか?」


 正直、今のわたしって仕えたくない主だと思う。


 フロー家は代々騎士団長を継いできた名門で、だからわたしも子どもの頃からジャックと面識がある。でも、特別親しかったわけではない。


 ハート王国には、騎士は二君に仕えずという矜持がある。多くの騎士にとって主は『国』そのものだけど、近衛騎士団長だけは王一人を主にする。


 ジャックが二十一歳の若さで団長をやってるのは、お父様からハートの印が移ったわたしが王位を継いだから。お父様時代の騎士団長であるジャックのお父様は、わたしのお父様の引退と一緒に位を退いている。


 つまり、主従になってからの日は浅い。思い入れなんかないだろう。

 それでもわたしを支えようとしてくれるのは、やっぱり騎士だから?


「そう、ですね。いや、違うのかな。両方矛盾しないから、その質問は少し困るのですが」


 どう答えるか、何を言おうか迷ったか、ジャックは考える間を空けてから、再び口を開く。


「私は子どもの頃から騎士団長になるつもりでしたし、そう育てられていましたし、周りもそう見ていました。エリノア様も同じだと思いますが」

「そうだな」


 世襲制って決まっているわけじゃないんだけど、半ば決まっているような感覚がある。もちろん、フロー家出身の騎士たちが優秀だからこそだ。


 そんなわけで、子どものときに紹介されたジャックのことも、この人がわたしの騎士になるんだ、ぐらいの受け入れ方だったと思う。ごく当たり前に訪れる、確定の未来のつもりで。


「だから私にとって貴女は、出会ったその日から主でした。己の主になるのがどのような方か、気にしない者はいないと思います。おそらく私は、貴女が思っているよりも、ずっと貴女を見ていましたよ」

「なるほど、それは面白くない話だ。妾を値踏みしていたと、そう言うのだな?」


 急に冷や汗が出てきたけど、団長を継いでくれたってことは、眼鏡に適ったってことなんだよね?

 でも、今のわたしでも大丈夫なんだろうか……。


「言い回しに悪意を感じますが、誤魔化さずに言うならそうなります」


 自分で決めて騎士団長になったから、騎士としての責任を全うするべく務めてくれていると、そういうことだろうか。


「結果、貴様は妾に侍ることを望んだわけだ。当然だがな。それほどの栄誉を手放すのは、余程の愚か者しかおらぬだろうよ」

「まあ始めは少し後悔したんですが」


 ですよねー。


 わたしがミラに呪いをかけられたのは、女王を継いだ直後。正式に騎士として仕える選択をした途端、暴言、傲慢の嵐になったわけですから。


「しかしやっていることは私がお護りしたいと思った姫様と変わらなかったので。今は貴女の騎士として仕えることに不満はありません」

「っ……!」


 変わっていないと言われたことに、わたしは驚く。


 言葉は、人類が発展させてきた優秀なコミュニケーション手段。それが歪んで伝われば相手に理解してもらえないのは当然で、気持ちがあれば分かってくれるというのは、ちょっと難しい。


 自分の意図を正しく伝えるのは呪いにかかってなくたって難しくて、だからこそより相応しい単語を、表現を探すのだ。それは自分が受け取る側になっても活きてくる。


 言葉は、相手の心だから。その意図は間違えずに汲み取りたいと思ってる。分からないままでいてしまったら、その人と心を通わせる機を、知らぬことを知る機を――己の成長を妨げてしまう。


 でも――でも。こんなに歪んだ言葉から、それでも行動を見てくれたのは、ただただ嬉しい。


「私は――俺は、俺だけは、何があろうと最後まで貴女の騎士です。だから、俺には構えなくていいんですよ。喋った後、いつも怯えた顔をされるのも……まあ、信じられていないようで気持ちのいいものではありませんから」


 いや、気にする気にする! だって失礼なことしか言ってないもの。


 いっそこっちの方が失礼ですらあったかもしれないけど、わたしはジャックがそこまで想ってくれているとは考えていなかった。


 申し訳なかったし嬉しいしで、昂った気持ちがじわりと涙として込み上がってくる。

 違う違う。泣きたいんじゃないんだって!


「安堵の涙なら嬉しいんですが」


 如才なくハンカチを差し出してくるあたり、武門とはいえフロー家嫡男は名門貴族らしい優雅さを兼ね備えていらっしゃる。


「ただその、エリノア様も分かっていらっしゃるようですが、別に居丈高になっても威厳とか出ませんから。始めてしまって止め時に迷っているのかもしれませんが、早く一般的な言動に戻した方がいいですよ」


 ち、ち、違っがーうッ!!


 何で抉らせたみたいになってるの!? というかジャックの中のわたしってそうなってるの!?


 あまりの羞恥に涙とか一気に引っ込んだ。ハンカチを握りしめて絶句していると、ジャックが優しい笑みを向けてくる。そう、過ちを広い心で受け止める、聖者さながらの。


「わ、わ、妾を侮辱するのも大概にしろ! 貴様は死刑だ!」


 アレフも! 事情知ってるくせに腹抱えて笑うなー!!


 くうっ。どうしてこんな辱めを……。人生十七年、わたし、ここまでの報復を受けるほど悪いことしましたか?


 おのれミラ。許すまじ。

 わたしの心にまた一つ、呪い解除を目指す熱が生まれた。




 物言わぬ体となった、町を護るために戦ってくれた騎士たちへと挨拶をして、わたしたちは隊長から教えられた方角へと馬を走らせた。


 今はまだ戦時中なので、まともに弔うことができない。スペードの国から輸入している凍慈棺(とうじひつぎ)で眠ってもらっている。


 棺の魔力が切れる前に、早く終わらせなくちゃ。

 そうして馬を走らせること、数時間。


「――なあ、エリノア」

「どうした」

「俺が見えてるものがエリノア達に見えてるかどうか分からないから聞くけど、少し遠くの岩肌に、めちゃめちゃ怪しい洞窟とかあったりしないか?」

「何!?」


 言われてわたしは慌ててダインに留まってもらった。ジャックも同様だ。


「どこだ」

「そこの岩」


 アレフが指したのは三メートルほどの段差になっている崖の、剥き出しの岩肌。わたしの目に洞窟らしきものは一切見えない、が……。


「本当か?」


 ジャックもアレフが異世界人であること、連れていく目的について話してある。でもほぼ初顔合わせみたいなものなので、信用があるとは言えない。お互いに。


「近付けば分かるよ。俺が触ると魔法が解けるみたいだから」


 正確には、アレフに干渉する魔法が打ち消される、だけどね。


「あ、でも必要もないか? 例の魔獣っぽい奴が出てきそうだ」

「!」


 言われた通り、岩壁からいきなりぬっと魔獣が出てきた。


 そこに洞窟があるんだろうっていう証明になったとは思うんだけど、何しろわたしの目には岩壁を貫通して出てきているように見えるわけで、そこはかとなくゲームのバグちっく。


「少なくとも、鏡の国の関与は確定だな」


 わたしやジャックに――四印の人間に感知できない魔法で隠されていたってことは、そういうこと。


 そうして見ている間に、さらに一匹、二匹と現れた。一体どれだけ出てくるのか。息を詰めて見詰めていたが、そこまでで終わってくれた。


「どこに行くんだ? ハスヴァロに向かう方向じゃないぞ?」

「まさか、他の町を襲う気か?」


 被害がハスヴァロに限定されていることの方が、むしろ不思議なのだ。アレフとわたしが恐々としつつ呟くと、ジャックが首を横に振る。


「襲撃に行くにしては数が少ない。ハスヴァロの例と一致しません。三体だけなら、おそらく狩りか偵察でしょう。どうもハスヴァロに固執しているようですので、おそらく狩りではないかと」


 狩り……食料の調達か。

 ジャックの推測通り、魔獣は近くの森へと入っていった。


「追うぞ。奴らに食糧を与えて良いことなど何もない」


 親しき隣人である動物たちが襲われるのを、黙って見ているわけにはいかない。


「では、俺の後からついてきてください」

「妾の盾となるか。良い心がけだ」

「主を先に失いたくはありませんからね」


 苦笑しつつ、そのつもりがなくはないことをジャックは認めた。

 分かってる。騎士としてジャックは正しいし、わたしも王として、誰かの犠牲の元に護られる可能性を覚悟しなくてはならない。


「ふん。貴様は妾の手足だ。多少の労ならば払ってやる。ありがたく思え」


 でもできる限りわたしも、邪魔にならないよう心がけつつジャックをフォローするつもりである。


「鱗狼なら、少し表皮が固くてすばしっこくて獰猛なだけですが、体躯以上の変化がないことを祈りますね」


 魔獣たちはさすがというべきか、すいすい森を進んでいく。悪い具合に列が木の影に隠れて、こちらの視界から消える。そして再び姿が捕えられたとき、そこには魔獣が一体しかしなかった。


 散開した。来る!

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