鎧の名称です
進路を変更して、客室区画へ。もう大分馴染み深くなった一室を、ニーナがノックする。
「フェデリ様、失礼いたします。陛下がお見えです」
「ああ、丁度よかった」
すぐに返事が来て、扉が開けられる。ベッドの上にはちゃんとミラもいた。
「君に伝えておきたいことがあったんだ。行く手間が省けた」
「何かあったか?」
背後でニーナが扉を閉め、わたし自身はフェデリが引いた椅子に座り、彼と向かい合う。
「クローバー王国の人間に、ミラのことが知られたと思う。すまない。面倒なことになるだろうが、無関係であることはまだ押し通せるはずだ。そのための話をしたかった」
ああ、それか!
「知っている。シスト王子が盗み聞きを謀ったとき、妾もその場にいたからな」
「王子本人だったのか。……にしても、どうやって知った? 俺とミラがあそこにいたのは偶然だぞ」
「知るか。ただ一つ言えるのは、奴にはそこにヴァーリズが来るのが、貴様らが出会うのが分かっていたのだろう、ということだけだ」
「まさか。『偶然』だぞ? それとも彼も君と同じく、未来を知っているのだとでも?」
「違う」
だってこんなシーン、四印のアリスに存在しないもの。わたしの知らない続編とか番外編が出てたとしたって、こんな美味しくもなくヒロインに意味もないシーンが、ゲームに出てくるはずもない。
「言っているだろう。シスト・クローバーは『天才』なのだと。奴には常人には見えぬ世界の流れでも視えているのだろうさ」
わたしたち凡人には偶然としか捉えられないことも、シスト王子にとっては自明の必然なのだろう。
フェデリも間違いなく優れた観察眼、思考能力の持ち主だけど、シスト王子のそれはまた質が違う。
「……成程」
「しかし妙な話だな、女王。クローバーの王子は、なぜ我輩の元に来ない? 其方ら四印の人間は、我輩たち鏡の国の魔物を見つけたら殺しにかかるよう、決めているのだろう?」
……ん?
「待て。シスト王子は貴様を殺せるのか?」
わたしには自分を害せないと言っていたのに。ハート王国の王族じゃ駄目で、クローバー王国の王族なら大丈夫って、その差はどこから?
「我輩を殺したいのなら、向こう百年は研鑽を積むがよい。今は出来る出来ないの話ではなく、なぜ行動を起こさぬかを問題にしている」
む……っ。またはぐらかした。
しかし問い詰めたところで、ミラは口を割ったりしないだろう。この辺の情報は、ミラから取れることはなさそう。なので、今は流しておく。
「どうも、見逃すつもりでいるようだぞ」
「……ほう?」
「貴様が妾の『猫』であることを、信じると言っていた」
多分あれは、わたしがミラを抑えることを期待しての言葉。呪いの話をシスト王子も聞いていたわけだから、それで……。解くまでは許容してくれる、ってこと……でいいんだろうか。
「……どうも意味が分からんな。それで納得するものなのか? それとも、別の意図があるのか」
「奴の考えなど、探るだけ無駄だ」
一貫性のない行動や言動かと思いきや、すべてが終わったときには彼にいいように落ちが付いている。そういう人なのだ。
幸いにして、シスト王子は非道な人ではない。大体、皆が納得する落としどころに着地させるのが常だ。そうじゃなかったら各国が必死になって暗殺を謀っている。
「ばれたのか、元々すでに知っていたのか……。確かに、寒気を覚える人物だな」
「そうだろう」
そんな人と喜んで夫婦になれますか? わたしは否。断固否。シスト王子はゲーム画面の向こうにいるから萌えられる人です。
「手中にあるようで面白くはないが、君に致命的な危機が起こりそうにないのはよかった。――じゃあ、君の方の用を聞こうか」
「妾の直轄地にある町の一つが、魔獣の被害を受けた。これより征伐に行くゆえ、しばし留守にする。面倒を起こすなよ」
「君の直轄地で、魔獣?」
ジャックと同じ連想をしたらしく、フェデリは確かめるように繰り返す。それにはっきりとうなずいて返した。
そして意外なことに、ミラが反応する。ピクピクと耳を動かし、わたしを見上げてきた。
「間違いはないのかね、女王」
「逆に聞くが。どうやったら間違えられるのだ?」
魔獣と別の生き物を見間違えることなんかないからね。あんな凶暴で凶悪なのは、この四印の世界で魔獣だけだから。鏡の国の魔物は悪辣と呼ぶ。
ほら、鏡の国の魔物は、人間が絶滅するとすぐに自分たちも食事ができなくなって後を追うことになるので、悲劇は生むけど加減をする。しかし魔獣にはそれがない。
「……気になることがある。我輩を連れて行け」
断る、と即答してしまいたいところだけど、その前に。
「気になることとは何だ? その答え次第で考えてやらんでもない」
「そこに道があるかどうかだ」
「それだけなら必要ないな。アレフか偃月を連れていく」
わたしも気になってるから探すつもりでいるし。
そして道を探して見つけたとき、情報を正しく教えてくれるかの信用度は、二人の方がミラより何倍も高い。
「……」
答えたわたしをミラは数秒、観察するように見つめてくる。続いてなぜか、フェデリにも似たような視線を送った。
「――?」
フェデリも不可解だったのか、その視線を受け止めつつも怪訝な顔をする。
「何だ?」
「いや。今はよい」
こっちがよくないんですけど。
「其方も現場に行く、と言ったか?」
「そう言ったが。その程度のことも記憶できぬほど貴様の頭は仕事を放棄しているのか?」
「ただの確認だ。……其方が行くならば、よい。我輩は大人しくしているとしよう」
「その意味を答える気はなさそうだな」
「うむ。ない」
平然と隠し事を認めてくる。元々期待はしてないけどね。
「フェデリ。これの監視の目、緩めるでないぞ。妾の留守中に面倒を起こしてみろ。全員死刑だ」
「君が行くなら、俺もついて行きたいところだけど」
「阿呆か。その間ミラを野放しにする気か? それともただでさえ混乱している戦場に、さらなる厄介事を引き起こしそうな者を連れていくと? 正気か?」
どこに居られても不安にはなるが、それでも王宮内にいてもらった方がマシ、だと思う。フェデリいるし。お父様とお母様いるし。
自分の目で見ていられないのは心苦しいけど、だからこそ、ミラが唯一厄介だと認めているフェデリにしか頼めない。
「……まあ、そうなるよな。王宮にはシスト王子もいるし」
「そういうことだ」
この魔獣の現れ方で、別の鏡の国の魔物の存在の可能性がやや高まったのではないだろうか。シスト王子の近くもますます警戒しておきたい。
「其方ならば心配ないだろうが、気を付けて行け、女王。我輩はここで其方の帰りを待つとしよう」
「貴様にそのような言葉を妾に向ける資格などないわ、痴れ者が!」
この王宮はわたしの家だけど、お前の住処じゃないからな!?
――そして今わたしは、馬の背に乗って走っている。
ちなみに全力疾走中。前世の地球でだったら、馬を潰す覚悟がない限りやらない走り方だけど、ここは魔法が存在する四印の世界。
身体強化の魔法を馬にかけ、かなりの猛スピードで走ってもらってる。
「陛下。血の臭いが近付いてきました」
軽く息を弾ませつつ、わたしを乗せてくれている子がそう言ってくる。軍馬として重用されるのは、やっぱり意思疎通の容易い喋れる子だ。
騎士団で育成されている中でもかなりの名馬だと紹介された彼の名は、ダイン。姉にプリガンさんがいるらしい。待て。誰だ名付け親。
ダインが教えてくれたのとほぼ同時に、先頭を走るジャックが片手を上げ、全体が少しずつ速度を落としていく。
そしてややあって、遠目に町の姿が見えてきた。
遠目からでも、分かる。外壁はすでに結構ボロボロだ。
「うっ……。エリノア、じゃない。エリノア様。ごめん、俺耐性ないかも……」
町の姿がよりはっきりしてくるに従って、隣のアレフがそう強張った声でそう申告してくる。
無理もない。アレフの世界はわたしの前世と同じか、もしくはもう少し先に進んだ文明社会。そしてわたし同様、戦争経験のない世代らしい。
けれど凄惨さは学んでいるから、想像はできる。及び腰になるのも無理はない。
わたし自身もそんなに経験があるわけじゃないけど、こうして魔獣被害を受けた町に慰労で訪れたことはあるから、アレフ寄りは心構えができてると思う。
「不甲斐ない。貴様よりも馬の方が余程使えるらしい。せめて妾の邪魔にならぬよう、獣に縋って震えていろ」
「最悪そうする……。ごめんな、プリガン。お前が頼りだ」
プリガン、すぐ側にいた!
言いつつアレフが首を撫でると、プリガンは応えるように鼻を鳴らした。どうやらプリガンは喋れないらしい。言っていることは理解しているっぽいけど。




