秘密はどんなものでもどきどきします
それにしても、どういうこと? 近くにヴァーリズの姿はない。一体――。
『女王に魔法が掛けられていたから、彼女の近くにいるのはすぐに分かったわ。一体何をしているの!?』
最大の衝撃が去ったと同時に、かぐわしい薔薇の香りがいつもより濃く感じられるのに気付く。
これ、風だ。シスト王子が風でどこかの声を拾ってるんだ。
『待て。君はなぜ鏡の国の魔力を感じ取れる? 君は鏡の国の住人ではないはずだ』
ヴァーリズの側にはどうやらフェデリがいる。ということは、監視されているミラもきっと本当にいるわね。
『ええ、あたくしは鏡の国の魔物などではなくってよ!』
心底嫌そうに、ヴァーリズは否定する。
『それで、あたくしに正体を問う貴方は誰? そいつが何か分かっておいでなの?』
『これは今代のジョーカーだ、オウムよ』
『……まあ!? まあまあ、ジョーカー!?』
『一応ね』
フェデリの声は不本意そうだったけど、そうとは言わない。今の彼にとって不本意であっても、ジョーカーになる前の自分の意思でなかったかどうかが、彼本人にも分からないためだろう。
『ジョーカーがいてこの状況とは、どういうことなの?』
『色々と事情があってね』
『そう。色々とな。しかしどのような事情も、其方には関係あるまいな』
『何を他人事みたいに言ってるのよ!?』
『ああまったく。やかましいことだ』
現在進行形で迷惑を被っている身としては、ヴァーリズにもっと言ってやれと声援を送りたい。
『我輩にも少々思うところがあってな。ハートの国への干渉は見送ることにした』
『……どういうつもり?』
『急いて喰わねばならぬほど、飢えておらぬからだよ』
数秒、沈黙。ミラの言葉の真意を測っている気配がする。
『人の親しき隣人たる其方としても、災いが起こるのは本意ではあるまい?』
『もちろんよ』
『……君、本当にただのオウムなのか?』
『そうよ。あたくしはただの旅好きオウム。人が幸せでいてくれるのを望むだけのオウムよ』
『動物たちは皆、鏡の国の住人が判別できるのか?』
聞いたことない。もしそうなら新事実だ。
覚えがあるかどうか確認しようと思わずニーナを振り向くと相手もこちらを見ていて、殆ど同時に首を横に振る。
『皆ではないわ。あたくしはちょーっと特別なの』
『年寄りなのだよ』
『お黙り!』
と、年を経るとそういう力を得るの? 第六感が鋭くなる的な?
『安心したまえ。我輩はここで何をするつもりもない。其方も適当に旅立つとよかろう』
『何をするつもりもなくて、ここで何をしているの』
『もうしばらく女王の側にいる。そのための呪いであるのでな』
今すぐ解け。そして帰れ。二度と四印の国々に関わるな。
『……なぜこいつをのさばらせておくの? 殺しておしまいなさいよ』
『今は駄目だ。君もエリノアと会っただろう? ミラを殺すと、彼女にかかった呪いが解けなくなる。これまでは無事だった。だがずっとこのままでは、いつどうなるか分からない。呪いを解くまでは待ってくれ』
『本っ当に、業腹だこと!』
本当にね! 正体が分かってて見逃すことの、胃が痛むこと傷むこと……! もちろん、知らないよりはいいけども。
『あたくしは心の底から、お前たちが大嫌いよ。大切な相手を想う気持ちさえも、すべて悲劇に利用するのだもの』
憤りをたっぷり含んだ声が響き、次いで鳥の羽音が風を打つ。
『さて、ジョーカー。そろそろ部屋に戻るとしよう。ヒステリックな鳥の鳴き声は神経に触る。早く休んで忘れたいものだ』
その後に続いたのは、実に煩わしそうなミラの声。
『忘れていいかどうか、迷う案件だな。――ん。何だ、これ。クローバーの魔力……。っ!』
気付かれた!
……って、あれ? 別にわたしが焦る必要はない……よね。というか、もっと早く気付いてほしかったぐらい……。
とはいえ、微風が吹くだけの僅かな魔力を、あの話し合いの最中に気付けというのは無理だろう。
「おや」
自らの魔力が追われるのを遮断するためか、シスト王子は魔法を止めた。しかしクローバーの魔法を使う人はハートの国では限られているから、魔力質がバレた段階で身バレも避けられない。
盗み聞きは品のいいことじゃないけど、じゃあ今のが問題になるか? といったら、ならない。
だってシスト王子が使ったのは、風を一方向に向かって流すだけの無害な魔法。会話が届いたのだって、『偶然』で充分通じる。
こんなジャストタイミングな偶然があるとは思えないから、彼は知っててやったんでしょうけど!
それに比べて、こちらはどうか。
「いかがでしたか、陛下」
いかがでしたかって――……いや、待て?
今の会話の中に、わたしと鏡の国の魔物が繋がっている証拠になるようなものはなかった。どころか、呪いをかけられている被害者としての情報しか入っていない。誤魔化せるかもしれない。
――でも、本当に? こちらの事情を知らないままこの会話を拾いに来るなんて、あり得る?
ええい! たとえ全部知られているのだとしても、こちらから白状する理由もない! 証拠を突きつけられるまで誤魔化す一択!
「き、興味深く体験させていただきました、と申しております」
「それはよかった」
シスト王子の笑みは変わらない。ミラがハートの国にいること、ジョーカーが側にいることを、一体どう受け止めてどう考えているのか、さっぱり分からない!
「シスト殿下、その……今のことは」
「秘密にしましょう」
ひ、秘密?
「私がしたことは、あまり褒められたものではありませんから」
判明してる事実と比べて些細過ぎる問題だと思いますが。
「エリノア陛下」
用は済んだとばかりに立ち上がって、シスト王子はわたしへ手を差し出す。その手を取って立ち上がると、至近距離で笑っていない瞳と見つめ合う一瞬ができる。
「……ああ、そうだ。あと一つ言おうと思っていたことが。――私は、貴女が猫だと言った言葉を信じることにしました」
これはもう、姿形の話ではないだろう。
「余計なことを申し上げて、すみませんでした。さあ、戻りましょう。エディルも心配していそうですしね」
シスト王子が一体何を見通して、考えているのか。わたしには相変わらずさっぱり分からない。
素直に頭に入ってきた事実はただ一つ。
侍従の人、エディルって名前なんだね。
シスト王子と別れ、残り時間で通常業務を進めていると、少し冷静になれた。
考えはともかく、シスト王子は黙認を選択した。ヴァーリズは鏡の国の魔物ではなく、むしろ嫌悪している感さえある。ミラも行動を起こすつもりはないという。
とりあえず、この辺りは大丈夫そう?
ほっとした息をつき、書類の内容を確認しながら判を押していく――手を、ふと止めた。
書かれている内容はおかしなものじゃない。わたしの直轄地にある町の一つが、魔獣の襲撃を受けて外壁が一部破損したから、補修のための費用をいくらか国からも出してほしい、というもの。
問題もない。毎年何件かは必ずあるから、そのための予算は組まれている。
ただ、場所がちょっと妙。
腐っても女王であるわたしの直轄地は、魔獣が闊歩するような辺境ではない。事実、王家の所領でこの予算を使ったのは……えっと……。……と、とにかく、ぱっと思い出せないぐらいに昔。
よし、異常だな。調べよう。
ハートの国は専制君主制ではあるんだけど、運営は議会を通して重鎮たちと決めている。調査隊を派遣するのは特殊案件だから、議題を挙げて承認してもらった方がいいだろう。
そんな大掛かりな話でもないし、何もしなくても多分通る。
書類を作るために少し身を引いて、引き出しの中から紙を取り出す。と、体の位置を変えたそのとき、外にデルタ侯爵とシスト王子の姿が見えた。
デルタ侯爵家は高位貴族だし、長い間重臣の席に座っている侯爵自身も、かつてわたしの婚約者であったシスト王子と面識がある。ついでに言うとクローバー王国は農業大国なので、仕事上も話が合うだろう。
他国と積極的に友好を育んでくれるのは、大歓迎である。雰囲気も悪くなさそうだし。侯爵の頭の上に留まったヴァーリズが、そこはかとなく癒しを与えてくれる。
この前見てたときは追い払ってたけど。侯爵、鳥に甘い人だったんだろうか。
さて。人の仕事をながめている場合じゃない。わたしも仕事仕事。




