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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第一章
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天才、動く

 シスト王子の滞在、三日目。

 幸いにしてミラのことはバレていない模様。テーブルとその上に置かれたティータイムセットを挟んで目の前に座っているシスト王子本人からも、そんな空気は感じ取れない。


 ハートの国に着いて、そろそろ一息つく時間もあったかな? ということで、国主として挨拶がてら改めて歓談の場を設けたのだ。

 もちろんわたし自身が話すと歓談どころではないので、通訳をニーナに頼んである。


「ハートの国はいかがでしょうか、殿下。お気付きのことがあれば、遠慮なく仰ってください、と申しております」

「お心遣いありがとうございます、陛下。とても心安く過ごさせていただいております」


 当たり障りのないやり取りが、穏やかに続く。どうかこのまま終わりますように……!


「それにしても、ハート王国の王宮に勤める者は、皆とても意識が高く、素晴らしいですね」


 粗相があるとわたしに死刑宣告されると思われているからですね。高評価が素直に喜べない……。

 でも城の皆に伝えたら、少しは報われた気持ちになれるだろうか。


「光栄です、と申しております」

「喉の調子は、まだ優れないようですね。長引くようであれば、ダイヤの国の癒士に相談なさった方がよいのでは?」

「あまり大事にはしたくないので、もうしばらく様子を見ようと考えています、と申しております」


 シスト王子が帰るまでぐらいかな。


「そうでしたか。差し出がましいことを申し上げました」


 不審がった様子もなく、シスト王子はうなずいた。


「王の行いの全ては、国民に見られている。それは国を揺らがせるのに充分な力を持ちます。賢明なご判断でいらっしゃいますね」

「ご理解いただき感謝します、と申しております」


 微笑んでるのに無表情に見えるシスト王子に見詰められると、こちらの思考を読み取られているような錯覚を覚える。

 そう、たとえば――わたしが喋らない理由とかまで。


 全部分かってるんじゃないか、なんていうのはわたしの勝手な想像だ。人間は自分の身を護るために、悪い方の想像を積極的にするんだって聞いたことあるし、多分そのせい。


 だからよくないのは分かってるんだけど、どうしても体に力が入ってしまう。

 知らないうちに固く握りつつあった拳の力を、意識して緩める。


「……そういえば、陛下。ハート王国には、見事な薔薇園があるのだとお聞きしました」

「え、ええ。職人たちが技と心を尽くして作り上げております」


 戸惑いつつ、ニーナは答える。唐突だったものね。


「行きましょうか」


 行くの!? 予定にないけど!


 今は咲盛りの時期だから堂々と見せられるけど、職人さんたち大丈夫かしら。回る予定なんかなかったから、整備している可能性もある。でも言われてノーと言うような理由もない。


 戸惑うわたしたちの前で、シスト王子は席を立つ。後ろに控えていた王子の侍従も戸惑っている。無理もない。

 だってほら、王族同士の歓談なんて、決められたプログラムをなぞるの前提ですから。


「殿下、その、ご迷惑では……!」


 唐突な要求をしたシスト王子を侍従の人が諌めるが、当人は少し困ったように首を傾ける。


「迷惑でしょうか? 今の貴女には、きっと必要なものがあると思いますが」


 その言葉に、ちらりとニーナと目配せをし合い、決めた。


「承知いたしました。ご案内いたします」


 国内外問わずで発揮される慧眼で、わたしに必要なものがあるというのなら、行ってみようじゃない。


「どうぞ、こちらへ」


 シスト王子に倣ってわたしとニーナも席を立ち、薔薇園『愛の女神の祝福』へ向かう。


「殿下っ。どういうことです、何が見えているんですか!?」

「見たままですよ?」

「私の目は現実にある物しか見えない、普通の眼球なんです。説明してください」

「私も現実に起こっている事しか見えていないんですが……。説明はできません。ここで口にするのは憚られるでしょう」


 わたしとニーナが先導の形で進む後ろで、ひそひそとシスト王子と侍従の人との話が聞こえる。というか、ひそひそしなくていいです。わたしもめっちゃ気になってるから、むしろ頑張って口を割らせて、わたしに教えて、侍従の人!


 しかし口にするのがはばかられる内容って、何!? 不穏すぎるんだけど。

 背中に冷や汗が流れるのを感じつつ、薔薇園に到着。


「貴方はここで待っていてください」


 そのまま中に入ろうとしたわたしの足を、シスト王子の言葉が止める。彼が遠慮を求めたのは、誰であろう、己の侍従だった。


「ああ、陛下の侍女の方は一緒に来ていただいて構いません」


 男女で二人きり、という余計な妄想を掻き立てるシチュエーションは作らないでくれるらしい。醜聞はシスト王子も御免だろうから、第三者を招くのは当然。

 でも自分の侍従と離れていいの? もちろん害したりしないけど。し、信用の証?


「殿下、それは……」

「私が陛下としたい話は、陛下の信頼厚い侍女の方にならともかく、他国の侍従が聞くべきものではありません。それが我が国のためでもあります」

「……」


 より物騒な振りが来た……。

 侍従の人は数秒ためらってから、しかしシスト王子への信頼ゆえだろう、すぐに折れた。


「承知いたしました」

「お待たせしてしまいましたね。では行きましょうか、陛下」


 侍従がうなずくのは当然の予定調和とばかりに、シスト王子に揺らぎはない。何が起こっても予想の範囲内とでも言いたげな態度に寒気を感じつつ、わたしは案内に立って進み、後からニーナ、シスト王子が続く。


 ……さり気にここって、シスト王子との因縁の場所だな。

 わたしが昔のことを思い出していたタイミングを見計らったように、シスト王子がくすりと笑う。


「懐かしい記憶が呼び起こされますね。覚えていらっしゃいますか? 陛下」

「もちろんです、と申しております」


 わたしの言葉を通訳しつつ、ニーナが心配そうな目を向けてくる。大丈夫、嘘じゃないから。ちゃんと覚えてる。


「魔法の練習を始めた頃、上手くできなくて落ち込んでいたわたしを、ここに誘ってくださいましたね、と申しております」


 五歳のときの話だ。

 落ち込み気味の婚約者を元気づけるために誘った――というだけなら、微笑ましいエピソードである。

 しかし違うのだ。天才は幼くとも天才だった……。


「ええ。貴女に必要だと思ったので」

「仰る通り、当時のわたしに必要でした、と申しております」


 この薔薇園の中心まで来て、シスト王子はわたしに地面に寝転がるよう勧めたのだ。

 いや、あり得ないでしょう。ドレスを何だと思っているのか。


 当時もすごく驚いたのを覚えている。けれど――どうして納得したのかは分からないんだけど、わたしは彼の言うことに従った。

 そして、与えられた言葉。


『広い世界だけを見れば、きっと感じ取れますよ』と。


 事実だった。空や、大地。大きな流れはとても分かりやすくて、一度感じ取ってしまえば自分の中にある同じものにも簡単に意識を向けられるようになったのだ。


 普通は逆らしいので、教師の教え方が悪かったわけじゃない。わたしの適性を見抜き、一番相応しいやり方で導いたシスト王子の慧眼が凄すぎなのだ。


 もしかして一生魔法を使えないのでは? とさえ思い始めていたから、シスト王子にはとても感謝している。

 そして今、この話をしたってことは。


「あの時と同じように、この場所にわたしの必要なものがあるのですか? と申しております」

「はい、そうですね。たとえば……あのあたりなど良いかもしれません」


 シスト王子が示したのは、観賞のために設えられているベンチ。つまり三百六十度ベストボジションが約束されている位置で、客人を招くには相応しいけど、それ以外はないというか……。


 戸惑いつつ、適度な距離を空けてベンチに座る。

 良かった。地面に寝転がろうとか言われなくて。言われたら? やる。


「シスト殿下。わたしに必要なものとは――」


 せっかちに思われるかもしれないけど、答えを知りたくてシスト王子が話し出すより先に口を開いてしまう。けれど、途中で止めざるを得なかった。


『――ようやく見つけたわ! 鏡の国の魔物!』

「!!」


 すぐ耳元で、ヴァーリズの糾弾する声が聞こえたから。

 そしてその内容は、わたしとニーナを青ざめさせるのに充分だった。


 息を飲み隣のシスト王子を見ると、いつも通りの笑みでこちらを見ている。すべて分かっているとでも言いたげに。

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