表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第一章
10/57

即決を迫るのは大体詐欺師

 予定通りちょっと押しぎみの仕事を切り上げ、わたしは中庭で休憩に入った。前世の日本だとお昼休憩すら仕事に侵食されるのがザラだったけど、ハート王国は徹底してティータイムを護る。ティータイムなくして貴族ではないレベル。


 でも実際、休憩は必要ですよ。適度なリフレッシュは仕事の効率を高めてくれる。あー、お茶が美味しい。


 ただ残念ながら、休憩時間を堪能している、と言うにはわたしの心は少し曇り気味。数日前の似たような状況のときにいたフェデリが、今日はいないせいもあるかもしれない。


 もちろんいつもいるわけじゃないから、おかしいって意味じゃない。この気分の晴れなさは直前の別れ方のせいだろう。寂しさと不安を感じている。


「――女王、暇かね?」


 フェデリはいないけど、もう一人のキャストだったミラが来た。さも当然のようにわたしの正面の椅子に飛び乗り、後ろでニーナがイラッとしたのを感じる。


「見ての通り、休憩に忙しい」


 仕事のための休憩は、仕事時間に入れていいと思うんだけど、どうだろう。


「そしてなぜ、貴様はここにいる」


 フェデリと偃月を会わせるため、その間の監視は近衛騎士に頼んでいた。彼らの姿は見当たらない。


「其方が付けた監視は、ジョーカー程厄介ではなかったな。今頃、ジョーカーは我輩を探す羽目に陥っているだろう」

「だとしてもだ。監視を抜け出すということは、反意を示すと同じ。どうやら処刑されたいようだな」

「そのつもりはない。ただ、其方に聞いてみたいことがあるのだよ」

「ほう? わざわざ、監視を撒いてまでか」


 ハートの国の誰かに聞かれてまずい話なら、わたしが聞いてもおそらく同じである。内容が想像つかない。


「一部の者を犠牲に延命し機を待つのと、全員で死に向かうのと、どちらが良い?」

「考えるに値せんな」


 どちらもなしの二択である。


「女王。これは謎掛けではない。絶対にどちらかを選ばなくてはならない前提での話だ」


 吐き捨てたわたしに、尚もミラは答えを求める。その様は真剣だ。まるで本当に、決断を迫るような。


「なぜどちらかしか選べぬのか、正確に状況を説明しろ」

「それはできん」

「理由は」

「それを教えるということは、皆で死に向かうのと同義だ。其方がこのような問いをする時点で、確定と言える」


 ……訳が分からない。


「必要があるのなら、やむを得ぬ場合もあるだろう。しかし本来、それはどちらも下策だ。状況が分からぬのならば尚更、どちらとは言えん。それと」


 ミラを見据え、はっきり言い切る。


「どのような状況にあろうと、王は第三の上策を出さねばならない。でなくば王足り得ん。それすら出来ぬ無能な配下など、妾には要らぬ。害にしかならぬその口、今すぐ閉じろ」


 理想でしかないかもしれない。本当に無理なのかもしれない。


 でも、それでも何とかしなきゃいけないのが王に与えられた責任だ。そのための権力であり、特権なのだから。


「……そうか」


 わたしが断固として選ばないのだと、ミラは諦めた様子で息をつく。


「承知した。それが女王の答えであるならば」

「ミラ。貴様は何を謀っている。吐け」

「我輩を捕らえて尋問なり拷問なりをするかね? 無駄だ。今策を弄しているのは我輩ではないし、それが誰かも知らん。そして女王。そもそも其方は我輩を害することができない」

「何……?」


 ミラの言いようは、わたしにその覚悟がないとか、精神的、物理的な意味ではなく、まるで決まっていることのように聞こえた。


 ……そんな訳、ないよね?

 わたしは確かにミラを殺そうとは思っていない。でも、それは自分で考えての答えだ。できないとか、そんなの、まるで鏡の魔法の精神支配下にあるような。


 ……話が終わったら調べてみよう。


「女王よ。其方たち人間は我輩にとって食糧でしかない。なのに、なぜか。其方が侍女を護るためにその身から離した寂しさも、国のために己の死をも視野に入れての恐怖も、美味であるのに喰い続けたいとは思わなかった」

「……それを妾に告げてどうする」


 わたしだってそんな思いしたくないし、食べたくないならその手の感情が生まれるようなことをしないでほしい。


「侍女と語り合う其方の感情など、喰えたものではない。……だが、嫌ではなかった」


 食糧として見なす本能以上に……ということで、いいのだろうか。

 ……本気で、言ってる?


「其方は少し知り過ぎている。だというのに、真実は知らない様子。その半端な未来視が、何故、今この世に現れたのか」


 わたしだって、どうしてゲームシナリオ時間軸に記憶持ち異世界転生したのかなんて分からない。


「其方はどこまで、何を知っている?」

「さあな。貴様から明かして見せたらどうだ」

「先程言った通り、それは皆で死に向かうのと同義だ。しかし其方が望むなら、それも良いかもしれぬ。それが真摯であるということならば」


 そう言われて、わたしはごく、と唾を飲み込む。


 話を聞いただけでどうにかなる大変なことなんて想像がつかないけど、もし、ミラが言っていることが本当だったら?


 わたしに第三の解決策を生み出す力が、あるんだろうか。


 分からない。だってこんな話、ゲームには存在しなかった。今日と同じ明日が平穏に続くのだと漠然と信じていたわたしの人生の中で、そんな重い選択を即決する必要もなかった。


「聞かぬのかね、女王。先程、大層な見栄を切ったではないか」


 わたしの弱気を食べてか、ミラはニィ、と嬉しそうに目を細めて笑う。


 言った言葉に偽りはない。でも、だからこそ迷ってしまった。

 もしミラが言っていることが正しくて、聞かない方がいいものだったら。

 わたしはその決断の責任を、どう負えばいい。


「どうやら、其方の答えは決まったようだ」

「――」


 聞かなかった。つまりわたしは第三の解決策を放棄して、ミラの判断に委ねてしまったということ。自分の意思を通す機を得られておきながら、掴まなかった。

 でも、だって。状況さえ分からないのに、どう選べばいいの。


「ではな、女王。邪魔をした」


 来たときと同様、ミラは身軽に椅子から降りると、悠々と去っていく。


「……エリノア」


 その姿が見えなくなってから、ニーナから気遣わしげな声が掛けられる。


「何と不遜なことか。妾を試すなど愚弄するにもほどがある。答える価値もない愚問であったな」


 答えることのできなかった情けなさは、相手への嘲笑へとすり替わる。


「ええ、そうね。ただあなたを惑わすための虚言である可能性はあるわ」


 可能性はあるだろう。


 でも――でも、本当に大切だったのはそこじゃない。

 ニーナはわたしを気遣って飲み込んでくれたけど、目を逸らしてはいけないのだ。


 情報が足りなかった? それが何だというのか。そんな状態で判断しなきゃいけないこと、いくらだってあるだろう。

 虚言の可能性? それなら尚更、怯む必要すらなかった。


 ……わたしはただ、王の責任から逃げたのだ。


 思わずそっと、左胸を押さえる。意識を向ければ宿った印が応じるように熱で存在を教えてくれる。

 王の証である、ハートの印。


 ――ねえ。本当にわたしでいいの?


 自問してから、気付く。それは相応しいか否かの問いじゃない。わたしが逃げたいがための弱音だ。


 駄目だ、落ち着け。

 わたしは小心者だし、臆病だ。だったらやるべきことは決まっている。自分でも決断できるだけの情報を集めなきゃいけない。王として立っている以上、その是非を問うことに意味はない。


 ここ最近で気付いたことがないか、皆ともっと細かく調べてみよう。注意しておけば、変化が起きたときに気が付ける可能性も上がるし。


 よし、と気合いを入れ直したところで、入り口付近にいた侍女の一人が動いた。扉から外に出て、すぐに戻ってくる。そしてそのままわたしの側まで歩み寄った。


「陛下。休憩中に失礼いたします。時計ウサギがお目通りを願っておりますが、いかがいたしましょう」

「ほう。ようやく来たか。相変わらず愚鈍なことよな。よかろう、通せ」

「承知いたしました」


 ヴァーリズの素性は、表れている中で一番怪しいもの。もし鏡の国の魔物であれば、あれこれの心配事が片付くかもしれない。


 デルタ侯爵の執務室前に控えていた騎士同様、彼女も指の先まで作法を意識した、完璧な所作で一礼する。歩く姿勢も美しく、扉の外で待機していると思しきラビを迎えに行った。


 ややあって、びくびくした様子で現れたラビは、わたしの前で跪く。


「あ、あの。ご機嫌麗しく、女王陛下」

「余計な話は要らぬ。妾の時間は貴様と違って貴重なのだ。さっさと報告をしろ」


 ちょっと急いた気持ちを抱いて発言するだけで、これである。本当どうしようもない……。


 ただ、生身の人間を相手にするよりは多少気持ちが楽、かな。ラビとレビは偃月が設定した人格で反応を返してくるけど、実際に生きているわけではないから、本当に感情を持っているわけではなかったはず。


「は、はい! じゃあ、ご報告です! ヴァーリズは鏡の国の魔物ではありませんでした」

「……確かか?」

「はい。間違いありません」


 きっぱりとラビはうなずいた。


 偃月は鏡の国の魔法も使えるから、精神干渉によって誤魔化そうとされても分かるはず。少なくとも、自分に干渉している魔力の存在には気付く。と言っていた。


 それでも断言したのだから、本当に鏡の国の魔物じゃないんだろう。

 ……鏡の国の魔物じゃないんだ、そっか……。


「ご苦労。下が――いや、待て。一つ答えろ。今、妾には鏡の国の魔法がかかっているか?」

「ええと……」


 間違えてはならない、と思ったのかラビはじっくりとわたしの全身に視線を巡らせる。それから一つ、大きくうなずいた。


「いいえ、かかっていません」

「……そうか。では下がれ」

「はい」


 追い払うような手つきでラビを下がらせつつ、わたしの眉間には自然としわが寄る。

 良かったのかもしれないけど、唯一これじゃないかなと思っていたものが外れてしまった。これからどうしよう。


「陛下。お悩みのところ申し訳ありませんが、お時間です」


 実質的に休んだ時間には乏しかった休憩だったため、終わりを告げるニーナの目には若干の罪悪感が見えた。


 いやいや、大丈夫、分かってるから。そもそもニーナに責任皆無だし。

 口を開くのはやめてうなずくだけに留め、わたしは席を立つ。


 ミラの思わせぶりな態度は気になるけど、日常の営みも回さないと、そもそもの日常が崩れてしまう。

 ああ、もう。本当に。一つ大事が起こったら、半年ぐらいは何も起こらない平穏な時間を貰えませんかね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ