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VIRTUAL SHIFT  -ヴァーチャルシフト-  作者: 金貝擁積
第一章 ガンナーズヘブン・ガンナーズヘル
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20話 闇

 私――マヤは魔法瓶から蓋と兼用のコップに中身を注いだ。

 湯気とともに立ち上る匂いから、どうやら紅茶なのだろうと思った。一口飲んで、何とも形容しがたい味に首をかしげる。今まで飲んだことのない、初めての味だった。ツバサはどうやら、味は別として特別な一品を用意してくれたらしい。

 すぐそばにいる二人のどちらかなら、似たようなものを飲んだことがあるのではないかと思い、その旨を訊ねようと顔を上げた。


「ユーゴ君……?」


 視線の先、椅子に座ったユーゴ君はお弁当を食べながら涙を流していた。涙をぬぐうこともせず、ただ一生懸命に食べていた。


「ユーゴ君!」


 私は思わず叫び、暗い夜空に声が響いた。気づいたユーゴ君が顔を上げる。


「……どうして泣いてるの?」


 私が訊ねると、ユーゴ君はそこでようやく自分が涙を流していることに気づいたようだった。頬に触れ、指についた涙を見ている。


「ああなんで、どうしてこんな……」


 震える声で顔を上げたユーゴ君は取り繕うように言った。


「ああそうだ、このお弁当がおいしいから、感動して涙が出たんだ。そうだよ……そうだろ?」


 その言い方に、私はとっさにこれ以上踏み込むのは危険だと判断した。こういう言い方をしたプレイヤーには何人も心当たりがあった。そしてそのプレイヤーたちは例外なく、この過酷な世界に耐えきれずに精神を疲弊させていた。


「ええ、そうね。美味しいから仕方ないわね」


 私はとっさに話を合わせて笑顔を向ける。わざとらしい笑顔だったかなと思ったが、ユーゴ君も同じように笑って返してきた。


「そうだね、仕方ないね」


 ユーゴ君はそう言って、涙をぬぐってから再びお弁当を食べ始めた。

 これ以上はまずい、ユーゴ君の心の崩壊点はもうすぐそこまで来ている。ユーゴ君は私を助けてくれた、だから今度は私がユーゴ君を助けなければならない。



 食事が終わり、ユーゴ君は毛布とタイマーを取り出した。


「よし、交代で休息しよう。敵襲があるとは思えないが、念のために俺が見張りをするから二人一緒に休んでくれ。あまり時間がないから……時間でいいか?」

「ちょっと待って、ユーゴ君はいつ休むの?」


 私が訊くとユーゴ君は首を振った。


「俺はいい。まだ休まなくても大丈夫だし、そっちの方が慣れている」

「駄目よそんなの。眠れなくても、せめて体を休めなきゃ」

「けど……」


 仕方ない。私はユーゴ君を無視してレムさんに声を掛けた。


「ユーゴ君の方は私が何とかするから、悪いけど先に休んでいてくれないかしら」

「分かった」


 レムさんは椅子から腰を上げると毛布とタイマーを手に軽装甲車へと向かった。ドアを閉める音が最後に聞こえた。


 そして周囲から一切の音が消え去った。夜の闇と停滞した空気、全てが一体となって、まるで世界が固まってしまったかのようだった。


 私はレムさんの休息の邪魔にならないように、音をたてないようにしてユーゴ君の元へと向かった。


「ねえユーゴ君。隣に座っていいかしら?」


 ユーゴ君が小さく頷くのを確認し、音を立てないように椅子を持って来る。そして隣に腰を下ろした。


「ユーゴ君、今日はお疲れ様」


 私の言い方が突然だったのだろうか、ユーゴ君は少し戸惑ったようだ。


「何?」

「今日は色々あったじゃない。私を助けてくれて、ホームまで来てくれて、そこでも襲撃があって、変装したのに正体がバレて、そして今、この基地まで来ている」

「言われてみれば、今日だけで色々あった。疲れた……」

「いつもこんな感じなの?」

「まさか、こんな日はそう……存在したかどうかさえ覚えていない。思えばずっと一人で戦っていた」

「どうして一人だったの? 誰かと一緒に行動したり、どこかのクランに所属したりしなかったの?」

「俺が手配されているのは知っているだろう」

「うん、ユーゴ君はそれで私たちの元から去っていったから。でも、その後誰も救いの手を伸ばしてくれなかったの?」


 そう口にしてから、言葉の選択を誤ったと思った。今のは残酷な訊き方だった。もし誰もいなかったと答えられたら、それに対し何と言っていいかわからなかった。意に反して顔が自然と強張るのがわかる。


 ユーゴ君は答えるか否かについてひどく迷っていた。答えられないわけではないが答えたくない、私の見立てではそんな感じだった。わからなくもなかった。閉じた口は重く、唇を動かすのにとてつもない力がいる。私にも経験があるから。

 しばしの沈黙の後、ユーゴ君はようやく答えた。


「裏切られた」


 私はその一言でユーゴ君の身に何があったかを悟った。しかも予想より悪い、最悪と言ってもいい内容だった。やはり訊くべきではなかったのか、素人がカウンセリングの真似事などすべきではなかったのだろうか。

 私の思いをよそにユーゴ君は言葉を続けた。


「たった一人で当てもなくフィールドを逃げ回る俺を受け入れてくれる人たちがいた。でも彼らは懸賞金のために俺を受け入れるふりをしていただけだった。それどころか裏でゴールドストームと連絡をとっていた。殺すのではなく、生きたまま引き渡したらボーナスが付くのでは、ってね。それを知った俺は逃げた。でも気になって、途中で引き返した。俺がいなくなったことを知ったゴールドストームが逆上して何をするかわからなかったから。もしかしたら彼らに危害が及ぶかもしれなかった。もしそうなったら、俺が囮になろうと思った。けど……」


「けど?」

「間に合わなかった。俺を売ろうとした連中はゴールドストームに全滅させられていた。一人残らず死んだ」

「そんな……」

「人を売ろうとしたからその天罰だ。当然の報いだ」


 ユーゴ君の声は震えていた。


「本当はそんなこと思っていない」


 私が断言すると、ユーゴ君は震える声で訊いた。


「そうだとして、どうしてそれがわかる?」


 私はユーゴ君の顔を見つめた。本人が知らぬ間に涙を流しているその顔を。


「そんな苦しそうな顔で天罰だなんていっても説得力がないわ」


 ユーゴ君はそこで初めて、自分自身が涙を流していることに気づいたらしく、顔を手で覆った。


「死んでほしくなかった、でも俺を売らないでほしかった。せめて出て行けとか、これ以上匿えないとか、そう言ってほしかった、そのほうがマシだった」


 ユーゴ君は涙をぬぐい、震える唇を落ち着かせてから話を続けた。


「誰かに見つかれば懸賞金目当てに追われた。ときには俺の居場所を知ったゴールドストームまで一緒になって俺を追いかけてきた。フィールドでモンスターに襲われている誰かを助けても、俺の正体を知ると武器を向けて来るか、今回だけは見逃してやるから関わるなと言われるかのどちらかだった。だから俺は、ずっと一人でいることにした。そうしてずっと、一人で生きてきた」

「ならどうして、今日も私を助けてくれたの?」

「見殺しにはできなかった。たとえどう思われようとも、何を言われようとも、それだけはできなかった。誰にも死んでほしくはなかったから……」


 ユーゴ君、あなたは何故、そうまでして他人のために在ろうとするの? どれだけ傷ついても、どれだけ傷つけられても、誰かのためにその身と心を犠牲にして、たった一人で戦ってきた。でも私にはそこまでする理由がわからない。私の目から見て、ユーゴ君の心はもう限界、のしかかった重りを取り除かないと、完全に壊れてしまう。

 私はユーゴを抱きしめた。ユーゴ君の口から怯えたようが吐息が漏れ、体を硬直させるのが分かる。


「信じてなんて言えないけど、私はユーゴ君を裏切ったりしない、絶対に。だってユーゴ君と会えてよかったから。危ないところを助けてくれて、色んなことがあって、そして今こうやって二人で肩を寄せ合っているから。その全てが尊いから」


 私は次の言葉を口にすべきかどうかためらった。もう充分にユーゴ君の心に踏み込み、辛いことを思い出させた。このようなカウンセリングじみたことは、本来であれば絶対にやってはならない。人が心の奥底へしまい込んだものを表沙汰にすれば、その人の「症状」が悪化する可能性が極めて高い。


 だがそれでも、隠された思いを、心を、言葉にして外に出させることで、ユーゴ君の「症状」が一時的にでも軽くなる可能性があった。それが危険な賭けで、人の心でやってはいけないことは私にもよく分かっている。でも今のユーゴ君には最悪の事態が差し迫っていて、それだけは何としても避けなければならない。

 だから私は訊ねた。


「そもそも、どうしてゴールドストームに追われているの?」

「……そんなことを知ってどうする?」


 ユーゴ君が私を押し除け、まじまじと見つめた。戸惑いと疑念の目が私を貫く。目をそらしてはならない。私は真っすぐに見つめ返した。


「心の中に何かをため込んでいる風だったから」

「肩を並べて戦う人間を理解する必要があるからか?」


 その問いに私は首を振った。


「違うわ。たかだか一日で他人を理解なんてできない。でも心のつかえをほんの少しだけ取り除くことはできるかもしれない。私から見てユーゴ君は無茶な戦い方をするから、もしかして次の戦いで死んでしまうんじゃないかって思って」


 これが私の最大の懸念、考えられる最悪の事態だった。この危うい戦い方をする人を死なせてはならない、その可能性をほんの少しだけでも下げなければならない。


「俺は死んだりはしない。少なくともこの世界から生きて脱出するつもりだ」

「みんなそう思って、それでも死んでしまった人はたくさんいるのよ。ユーゴ君は、今日まで生きてこられたから明日も大丈夫だなんて言えるの?」


 ユーゴ君は反論しなかった、反論できなかったと言った方が正しい。同じ質問をされたら私も反論できないし、今日まで数え切れないほど死の危険と遭遇し、危機一髪で回避し続けてきたであろうユーゴ君であればなおさら。

 私は努めて優しげな口調を意識しながら声を発した。


「ね、話して? 無理にとは言わないし、それが何かの解決になるとも言ってあげられないけど、話せば少しは心が、体が楽になるかもしれない。ほんの少し重みがなくなれば、もしかしたらそれが生死を分けるかもしれない。私たちは常に命の危険に晒される世界にいる。だからこそ、最悪の結末に至る可能性は少しでも低くしておくべきだわ」


 ユーゴ君は顔を乱雑に拭うと私を見つめた。


「……わかった。何があったか話そう」

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