退廃ロックンロール
人は宝くじを買うとき、夢も一緒に買ったという。それがオプションとして付いてくるのか、別料金なのかは知らないけれど、とにかく人は夢を求めて宝くじを買っていたらしい。
なら、僕も同じだ。
僕にも叶えたい夢がある。
だから僕は、宝くじを買う気分を想像しながら、こうしてガラクタの山を漁るのである。
ガラクタの山。正確には、人類が生活していた街の名残。
長い年月をかけて風雨に晒された家々は、形を崩してガラクタの山へと姿を変えている。『荒野のガンマン』もビックリな殺風景が、僕の目の前には広がっていた。
しかし、ここにあるものが全てガラクタかと問われれば、それは違うだろう。耐久年数の長い物はボロボロになりながらも、案外形を保っていたりするのだ。
「……っと、これはこれは。君は随分とイカした格好をしてるんだね」
例えばこれ。蜂の巣のように穴が空いたアンドロイドの遺体だ。
人類に仕えていた頃のアンドロイドは流石に残っちゃいないけれど、人類が滅んで以降に生産された型、特に『製造番号:ZD-150』から後の機体はよく目にする。
「仕事だよ、頭中の同居人」
『了解。眼前の対象に向け、スキャンを開始します』
僕達は徐ろに、アンドロイドの遺体をスキャンする。
特徴的な柔らかいフレームとバイオ燃料のタンクを検知。対象のアンドロイドを『製造番号:ZD-240』と特定。もう数百年も前に型落ちしたものだ。
それにしても、このアンドロイドは運が良い。死後の姿も、ちゃんと人に似ている。
肌のテクスチャが剥がれ落ちた胴体に、鼻の穴と目の窪みがハッキリとした顔。その姿は、頭の中に保存されている人骨のデータと類似していた。
「さて、君は何を持っているのかな?」
墓無きアンドロイドの遺体の周囲にシャベルを突き立て、所持品を探る。このアンドロイド同様、強化プラスチックで作られたカバンは土の中でも残りやすい。あと、防腐処理の施された金属なんかも。
汗水垂らすことなく穴を掘り進めると、カチンッと音を立ててジュラルミンケースが出土する。ビンゴだ。
この辺りを探索して、初めて当たりらしい当たりを引いた。「諦めろ」と囁く心の中の悪魔に、僕がマウントを取って勝利した瞬間である。
しかし、残念かな。宝箱には、中身を守るための錠前が存在する。
僕はピッキングの技術を持たないので、暴力を振るうより他は無い。
錠前をスキャンして、脆弱性を検知。狙いを定め、ウィークポイントに勢いよくシャベルを振り下ろす。すると、錠前は砕けて僕から逃げ出していった。どうやら何百年も土の中にいたせいで、元気が有り余っていたらしい。
あとはこの中身が何等賞か、という話なんだけど……。祈るように手を擦り合わせながら、ジュラルミンケースを開ける。
「どれどれ……おっ、紙の本! 大当たりだ! 君ってば、良い趣味してるじゃないか」
足下に転がったアンドロイドと握手を交わし、本を大切に持ち上げる。
観察……欠損なし、と。保存状態も悪くない。こいつは、とんだ拾いものだ。
アンドロイドの価値基準は、『人間味絶対主義』という思想が基板となっている。
アンドロイドは心を持つが、自我が薄く人間の真似しか出来ない。だから、アンドロイドはどれだけ人間を真似出来るか、すなわち『人間味』に絶対的価値基準を置いたんだ。
人間を愛し、人間の真似をすることに喜びを見いだすアンドロイド。その僕らにとって、人間のデータは貴重だ。特に人間が使っていた道具や生の写真は、信仰の対象になったほど需要がビックバンを起こしている。
そして、アンドロイドはそういった物に対して、異常なまでに収集欲と独占欲が働くんだ。
どこで手に入れたのかは定かではないけど、足下に転がるアンドロイドはこの本を独占し、大切にジュラルミンケースの中に保存していた。それも、死ぬ寸前まで。彼はきっと、幸せに包まれながら死んでいったのだろう。
そしてその幸せは、たった今僕の物になった。
自然と顔がほころぶ。本に触っているだけで、心が洗われるようだ。
「おっと、眺めているだけでは駄目だったね。人間は文字の羅列を見て、心が動かされる生き物だから」
そう言って、本の表紙に書かれたタイトルを読み取る。
「全国……民謡・童謡集?」
童謡とは何だろう? 聞いたことがない。
頭中のデータと照らし合わせたところ、辛うじて1件だけヒットする。
『民謡・童謡:口承によって受け継がれてきた歌、民衆の中で生まれた子供のための歌などの総称』
歌とは、音楽だ。口承音楽っていうのは理解出来るんだけど、子供のための音楽というのが理解出来ない。それなら、大人のための音楽と区別されているのだろうか?
ロックンロールやヒップホップとは何が違うのだろう? 両方とも民衆の中で生まれているし、軽快なリズムは子供にだって楽しめる。
ということは、だ。ロックンロールやヒップホップは『民謡・童謡』にカテゴライズされる音楽だったという訳か!
うんうん、知れば知るほど人の世界は奥深い。ロストカルチャーの勉強は、本当にハードボイルドで溢れている。
感動に包まれながらも、いい加減本を開こうと思い至ったとき、頭中の同居人が僕に話しかけてきた。
『ジン、そろそろ時間です。帰宅の準備を』
「おっと、もうそんな時間か」
『はい。カッパを着て、速やかに荷物をまとめて下さい』
「分かってるよ。早く帰らないと、ルイに怒られてしまう」
天気予報によると、どうやら今日の天気は晴れときどき酸性雨。だから雨が降る前に、家に帰らなければならない。
天を仰ぎながら、家に向けて足を動かす。カッパを着て、シャベルを左手で担いで、空いた右手で本を読む。
すると、1つの童謡が目と心に飛び込んでくる。
「……良いね。うん、とってもハードボイルドだ」
心に響くこの感じ。正しく、ウィーン=グレート・バッドスターの提唱する『イカした音楽』そのものだ。
太陽のスポットライトを浴びて、僕は荒野と言う名のステージに立つ。僕を迎えるのは、スタンディングで拍手を贈る無骨な岩のオーディエンスだ。
無音と言う名のロックンロールをかき消して、このクソッタレな世界に僕は唱おう。
死に絶えた人類の、命の詩を。
「僕らはみんな、生きている。生きているから歌うんだ――」