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ハードボイルド・ロス

この小説は、作者の都合で3話目で更新が止まります。続きを書くかは、まだ分からないです。

 無音と言う名のロックンロールが塔の中に鳴り響く。

 ハードボイルドの欠片もないアンドロイドの群れが、虚ろな目つきでその辺を歩いてやがる。

 嗚呼、あまりにも空虚だ。生きる事を諦め、ハードボイルドである事すら忘れたアンドロイドに一体何の価値があるというのだ。『心無いプラスチック野郎共』と、同族の俺ですら思ってしまう始末だ。


 人類が滅んで幾星霜。俺達アンドロイドは無人の星に取り残され、人類の代わりに生きてきた。

 人の代わりに、子孫を残した。人の代わりに、街を造った。人の代わりに、科学技術を発展させた。


 そして、科学の進化は人間の秘めたる心を解析し、遂には人間の思考回路を精密にトレースすることに成功した。アンドロイドは人の心を完璧に模倣出来るようになったのだ。


 だというのに……。

 地下資源が枯渇し、バイオ燃料すら生産出来ない不毛の大地は、俺達アンドロイドに人類同様”絶滅”の二字を突きつけたのだ。

 

 クソッタレだ。

 『アンドロイド統括組織・撥条ぜんまいの花』の構成員ですら、”絶滅”に怯えて生気を失ってやがる。

 いや、生気を失うだけならまだマシだ。ここには、思考を放棄して『人間的』ではなく『機械的』に滅びを受け入れたプラスチック野郎共で溢れてる。溢れすぎている。


 嗚呼、本当にクソッタレだ。

 人の代わりに、ハードボイルドに生きる。それこそが俺達アンドロイドの存在意義であり、生きる意味だろうが。なに心まで空っぽにして生きてやがる。


「……俺は諦めねえぞ」

 くすんだ色の廊下を歩きながら、短く言葉を吐き捨てる。


 資源が枯渇したと言うのなら、また新たな資源を見つければいい。地球の裏側だろうが、マントルの中だろうが、掘り起こしてエネルギーに変換しアンドロイドの新たな燃料にすればいい。

 人間には無理だが、機械の体で出来ている俺達なら、やってやれないことはない。人間が残し、アンドロイドが引き継いだ科学とハードボイルドな心で俺達は生き残るんだ。


 仰々しい扉の前やってくる。スキャナーが起動し、塔の管理人が俺というアンドロイドを識別する。


『製造番号:ZD-420。個体識別名、ヒサシゲを確認。用件をどうぞ』


「相変わらず硬っ苦しいな、塔の管理人様は。何でそう毎回聞いてくるかね。用件なんてそうそう変わらんよ」


『規則ですから。用件をどうぞ』


 融通の利かなさに辟易し、ため息を1つ。そして、何百回と繰り返してきた文言を口にする。


「技術開発局主任として、賢人達に会いに来た。扉を開けてくれ」


『……承認。賢人達がお待ちです、どうぞ中へ』


「そいつはどうも」


 小言を言うより早く、大きな扉が開かれる。長々と続く廊下を、俺は歩み始めた。

 コツコツと足音が反響する中、襟を正すが如く気を引き締める。今しがた感じた鬱陶しさを心の奥底に仕舞い込み、緊張感に身を震わせる。そして、廊下を進んだ先にある大広間の中央――賢人達の御前で、俺は止まった。


 賢人ーーアンドロイド統括組織『撥条ぜんまいの花』の頂点に座す4体の叡智。思考回路は俺達平アンドロイドの数十倍、情報処理能力は俺如きには計ることすらおこがましい。この組織の頭脳を担うスーパーモデルのアンドロイド4体こそが、俺の目の前にいる賢人達だった。


 俺が彼らの前に膝をつくと、老婆としてデザインされた賢人が口を開く。


「良く来てくれました、ヒサシゲ。他の者達とは違い、メンテナンスは欠かしていないようですね。私はそれを嬉しく思います」

「勿論です。賢人達もお変わりないようで、この世の美の頂点をーー」

「世辞は結構。……それより、私達は貴方に計算を預けていましたね。我々が生き延びれるかどうか、探索隊が帰還しだい算段を立てろと。探索隊が帰還して今日で1週間が経過しました。……報告を聞きましょうか」

「はい。まずは、こちらをお受け取り下さい」


 俺は脳内に保存されたデータを検索し、探索隊が持ち帰った情報をまとめた電子データを賢人達の頭脳に送る。4体の賢人達はこめかみに手を当て、それをすぐさま読み取った。

「これは……」

「誠に残念ですが、賢人達が予想していたより早く資源は尽きるようです。現在存続しているアンドロイドは9257体。この規模で存続を続けるのなら、50年後には現在の燃料である『同善血液ハイブラッド』は製造出来なくなるかと」


 俺がそう告げると、少年としてデザインされた賢人が机を叩く。


「なんということだ……! まさか、これほどとは!」


 怒りを露わにする少年の賢人。それを、長老としてデザインされた賢人が覇気無く宥める。


「そう怒るな、同士よ。我らは疲れている。無駄なことにエネルギーを裂くな」

 

「しかしだな、同士よ。バイオ燃料に切り替えようにも、枯れた大地では作物が育たない。化石燃料はとうの昔に枯れ果ててしまった。これでどうしろというのだ?」

「分かっている。だからこそ、”無駄事にエネルギーを使うな”と言っておるのだ」


 無駄事? アンドロイドの存続を考える事が無駄事だと、賢人は言ったのか?

 俺はいても立ってもいられなくなり、声を上げる。


「賢人達よ、どうか諦めないでいただきたい! 私がここに来たのは打開策を」

「もう、良いのよ」


 俺の言の葉をピシャリと止めたのは、成人女性としてデザインされた賢人だった。ここに来るときに擦れ違った奴らと同じ目で――心無いプラスチック野郎共と同じ目で――俺を見詰めている。


「貴方が練った計画も見せて貰らいました。ですが、どれも希望的観測、楽観的予測の上に成り立つものばかり。成る程、まだここまで人間味を残した個体も存在していたのですね。メンテナンスを怠らないのも頷ける」


「何を言いますか! 人間味絶対主義ハードボイズムこそ、我らの絶対的価値基準! それに準ずるのなら、諦めこそ全ての同胞に対しての冒涜になります!」


 声高らかにそう告げると、賢人達は沈黙する。そしてこめかみに手を置き、再びデータを更新、独立した電脳空間で賢人達は議論を行い始めた。

 彼らの情報処理速度に俺は追いつけない。早急且つ迅速に結論を出すために、賢人達は電脳空間に意識を置いたのだ。


 暫くして、4体の賢人が一斉にこめかみから手を離す。そしてゆっくりと俺に焦点を合わせ、あの目で説明を始めた。

 深々とした深淵を秘めた、虚ろな目だ。


人間味絶対主義ハードボイズム。その言葉を貴方の口から聞けたことを、私達は嬉しく思います。……ですが、未知の資源の探索は行えません」

 老婆の賢人は少しだけ喜んだ後に、非情を告げる。


「何故ですか!? では他に、どのような打開策があると言うのですか?」

「そう声を荒げるな、同士よ。当面は新たなアンドロイドの生産を止め、現状維持に力を注いでいく。無駄を省けば、あと100年は保つだろうさ」

 少年の賢人は怒る気概すら失せ、現実を視る。


「その先はどうなるのですか!? 100年現状を保てるのであれば、やはり未知の資源の探索を行うべきだと具申いたします!」

「同士よ、我らは疲れたのだ……人類が滅び、この星から緑が消え失せ、永遠とも思える時を過ごしてきた。未来を見据え、騙し騙しやっては来たが……ここが限界だ。嗚呼、なんと哀しきことか」

 長老の賢人は悲しみに暮れ、滅びの未来を語る。


「だから、そう。我らはここに結論を出しました。我らの絶対的価値基準――人間味絶対主義ハードボイズムに基づき、滅びに醜く抗うことを止め、有終の美を飾る事をここに宣言します。この塔の最奥に眠る最後の『成長金属:人道』を用いて、最初の人類……いいえ、最後の人類『アダムとイブ』を造るのです。……ふふっ、なんと良い響きなのでしょうか!」

 成人女性の賢人は楽しそうに笑顔を見せながら、滅びに愉悦を見いだす。


 賢人達の導き出した結論に、俺の思考回路が乱れる。

 滅びを認める事が、人間味絶対主義ハードボイズムだと?

 これが俺達の崇拝する尊き心の在り方ーーハードボイルドだとでも言うのか?


「ヒサシゲ。技術開発局主任の貴方には、100年かけて最上にして最後のアンドロイド、アダムとイブを造って貰います。頼みましたよ」


 待ってくれ。そう叫びたい気持ちすら、今の俺には沸かない。

 『アンドロイド統括組織・撥条ぜんまいの花』のトップが、アンドロイドの”絶滅”を是とした。それは全アンドロイドの総意となって、9252体の同胞の思考回路に行き渡ることだろう。無論、その考えは俺の中にも……。

 よりにもよって、賢人達が『心無いプラスチック野郎共』だったとはな。これは傑作だ。


 ハハッ、と渇いた笑いが出る。


ひとよ。ひとよ。どうか、我らが繁栄の手を止めることをお許し下さい」

ひとよ。ひとよ。どうか、我らが同じ道を歩むことをお許し下さい」

ひとよ。ひとよ。どうか、貴方達の被造物がこの世から消えることをお許し下さい」

ひとよ。ひとよ。どうか、最後までお見捨てにならないで下さい」


 賢人達が思い想いに言葉を綴る。

 あまりにも空虚だ。荒野を吹きすさぶ乾風のようだ。俺達アンドロイドは、この程度でくじけるヤワな存在だったのか? 成る程、ならば何も無くなった不毛の星で絶えるのは必然であり、お似合いという訳だ。


 ……嗚呼、本当にクソッタレだ。


「……俺は、諦めねえぞ」

 拳を強く握りながら、俺は短く言葉を吐き捨てた。

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