羅刹の最期ほど
古代戦記の一描写を、史記のように簡潔な語りものとして記しました。1分で1枚の絵を鑑賞するように切り取り、その残像が体感として残るよう書き上げてあります。
羅刹の最期ほど凄いものはない。
彼一人を芯にした皇軍数万の円陣が軋みをあげている。鏃、刀槍でぬけた鎧からは血潮があぶくとなって沸き流れていた。他に一片の音もない。風も埃も舞うもの一切が音を拒否していた。兜のぬげた頭は、切り刻まれた数よりも滴りだした血潮で膨らみ、もはや顔の体をなしていなかった。
「やらん、やらん、お前らには呉れてやらん」何処ぞと見えぬ口から発した大音声で兵の気をそちらに向けると、他人の「斬」よろしく髻を握りしめ、そのまま左腕を弓張の筋のように半月にしならせた。幾千の男の血脂に染まり、とうに鋼の鈍い光さえ失せていた剣は、羅刹の笑いを写そうと光を取り戻した。
「あっ」と言う数万の怒号が蒼穹とともにそこを突き刺す前、羅刹は片腕を半回ししただけで、己の素っ首を天に向かって叩き落とした。数万の鏃が彼の身体を苛み、地上に一片の肉さえ残さなかった時には、空高く上がった羅刹の首は、どの兵士の目からも見えない天のものになった。
雲は昼夜を分かたず赤く染まり、赤い雨を降らし続けた。兵は死に、城は潰れ、円陣のあった大地だけが赤い色を残した。国はなくなり、その国の名も人の口からのぼることはなくなったが、花の季節が巡り、落ちたその花のうず高く積まれたのを見て、「ここの花は羅刹のために他よりも赤く染まるのだ」と、いつの時代になっても老爺の口の端から零れるのである。
古代戦記の一描写を、史記のように簡潔な語りものとして記しました。1分で1枚の絵を鑑賞するように切り取り、その残像が体感として残るよう書き上げてあります。