~初陣~
設定を見返して思った。
なにこれ?
時は一週間後。
ルーシェスカの兵舎にて。
特例出撃権を駆使した学校の生徒達は出撃前の準備に追われている。
装備の調整、出撃の手続き、所持品の確認、とやる事は山積みであった。
その所為か、校内は騒がしさが残る。
だからこそセナは静かな場所を求め、恒例の場所へ足を運ぶ。
眼前には見窄らしいモニュメントと言う名の暮石。
その前で、完治する事のなかった右手を力無く見つめ、それを去なすように右腕を左手で掴み、佇んでいた。
結局使えないままの自分が戦場に出ると言う状況に無力さを感じている様子は、普段の強気の彼女を連想させない。
しかし、その無気力な眼から放たれるは大いなる野望である。
内に秘めた静かな闘志がその野望の実現の為、誓いを立てる程に、彼女は真剣だった。
「待ってて、ジーク。必ず、見つけるから」
目を閉じ、瞑想する中彼女は様々な出来事を思い返してみた。
ジークと共に過ごした日々は懐かしき時間として、彼女の記憶の中を巡り、彼女の意志を確かな物へと変えた。
今も、更に堅実で、溶けない氷のような鋭く、強そうな意志を築き上げている。
_____
「やだ…行かないでよ」
「大丈夫だって、安心しろよ」
「安心出来ないから引き止めてるのに!」
思えばあの頃から、私はあいつのことが好きだったのかも知れない。
そんな回想を重ねに重ね、ほおを緩ませる。
昔の自分がよく浮かべていた笑みの様に、ささやかで優しい顔が思い浮かぶだけで彼女の心のうちが紅潮するのを自身で感じている。
「だって、剣聖…だっけ?それの為に通らなくちゃいけない道なんだからしょうがねえだろ」
ジークは剣聖になるべく、ドラコと共にルーシェスカ王立学園に通う毎日を送っている。
その日は彼らがカリキュラムに基づいた遠征に出かける日であった。
セナは剣幕を露わにしてジークの袖を引っ張ってそれを阻止しようと試みる。
幼い日の記憶だ。
今から五、六年も前の古い記憶だ。
「で、でも…一週間も離れ離れとか…やだよぅ…」
困り果てたジークが最終的私にかけた言葉は…_____。
「じゃあ、お前も剣聖目指せよ、そしたら俺と一緒に居られるぞ!」
「…なにそれ」
とか言って笑ってて、悲しかった私も笑ってて。
「じゃあ、私が剣聖になったらジークと一緒に戦えるの?」
「多分ね。でもそうだったら俺嬉しいぜ」
そしたら私もいつの間にか兵士の道を歩んでて…_____。
_____
彼から教わった事、彼がくれた物、全てを思い返し、その成果を戦場で発揮する。
そう自分に言い聞かせる事ばかり考えていた所為で、セナは自分の名前を呼びかけられている事にしばらく気づく事が出来なかった。
「セナちゃんっ!」
「わっ…」
眼前に突如現れたミトの姿に少々狼狽える。
身体は蹌踉めき、一歩下がった左足がそれを反射的に支えようとする。
「そ、そんなに驚かなくてもぉ〜…」
「ご、ごめん…」
少しばかり不満げな顔のミトがセナの横にスッと一歩移動する。
天気は曇天、驟雨の前兆さえ思わせる天気の中、親友同士でさえあってもその場の空気は重くなる。
閃雷は煌いたり轟いたりとなんだか忙しいようにも思える。
「やっぱりここに居たんだね…」
やっと片方が口を開いたと思ったら、ミトが口にした言葉はセナにあまり良い印象を与えなかった。
それ故にセナは黙り込んでしまう。
静寂の中で彼女が考えた事は決してどうでもいい事ではなかった。
しかし、今は出撃前の準備段階に当たる時間である。
その最中で一人墓参りをするというのは確かに愚行であった。
しかし、セナにはその一言を間に受ける必要は無かった。
彼女は誰よりも早く準備をし、誰よりも早くここに来ただけであって、他者にとやかく言われる所以が無い。
故にミトの言葉が、いつもこんなところにいるのかと言う意味のこもった言葉に聞こえてしまった。
それを察したミトがフォローを込めて再び静寂を裂く。
「ぁ…き、きっと見つかるよね、ジークくん。きっと…」
「うん」
気の無い返事を返すと同時に、セナは踵を返した。
そのまま行く当てもなく歩き回ろうとする。
それを見たミトはやってしまったと言わんばかりにしょんぼりしてモニュメントの前に座り込んでしまった。
大体そんな事になるだろうと思ったのか、途中セナは半身傾け後方を確認する。
「司令塔ならちゃんと私のサポート、してよね?」
セナの去り際に放った一言は、彼女への慈悲の言葉でもあった。
セナなりに、気にしてないと意思表示したかったのだろうが、ぎこちない形でそれは現れた。
それは彼女の緩んだ笑みにも現れている。
しかし、さすが親友とでも言うのか、ミトはその言葉で心機一転する。
「…うんっ!」
座り込んだ身体は思い切りよく飛び上がるように立ち上がり、てとてとセナの元へ駆けて行く。
__________
刻は来たれり。
開戦の幕開かれる数分前。
シャングリラ国軍が集められた巨大な空き部屋。
所謂体育館のようなその場所の面積を占めていたのは膨大な資金を注ぎ込まなければ決して手に入る事の無さそうな現実離れした台座である。
皆それを呆然と立ち尽くし見上げている。
そんな状況だった。
更に数分前______。
セナが兵舎に戻って来た頃には殆どの兵士が移動を開始していた。
そこに一人残っていたのは兵士を引き連れていなければならない筈のドラコであった。
「…墓参りは済んだか?」
彼にはセナの行動が読まれていたらしい。
しかし、それはセナも察している。
彼女らは古くからの友人である。
長い時を経て共に過ごした仲間のことはお見通しという訳であった。
「他の人達を見てなくても良いの?」
「それはフィオナに任せてある」
「フィオナ?」
フィオナ・ルーデンス。
ドラコの側近で、彼の事務を処理する書記。
ドラコの命令を忠実に聞き入れ、彼に憧れる人物でもある。
魔術に長けた、頭のキレる彼女は今回の出撃の要でもあり、大半の指揮は彼女にある。
「それはいい。それより、お前も早く集合場所に急げ。もう皆集まっている頃だ」
「言われなくても分かってる」
_____
そして現在に至る。
「何…これ…」
「おっきいね、セナちゃん」
側にいたミトも圧巻の表情で心中を表す。
それ程にそれは大きく、殺風景な部屋に置くにはあまりにも存在感がある代物だった。
それは周りの者らも同じな様で、絶句する者も、どよめく者も、等しく巨大な台座に釘付けになっていた。
そこで騒つく有象無象を黙らせる一喝が箱庭に木霊した。
「全員、聞けェ!」
声の主は兵士の集団を統制出来る者に他ならない。
目論見通り、皆の視線はドラコの方を向いた。
それと同時に、空間は静まり返る。
「これから、ユグドラシルへの出撃準備に入る。皆、この台座の上に乗ってもらいたい」
誰も、何も言う事は無かった。
ただ黙って、恐る恐る得体の知れない物の上に乗っかる事しかしなかった。
それ程にドラコの権力が強いと言う事が分かる。
兵らが移動を開始する最中にドラコは次の指示を出す。
「フィオナ、準備にかかれ」
「かしこまりました」
ドラコの隣に添え物の様に立っていた女性が台座の端にある操作パネルの様な場所に佇む。
彼女こそがフィオナ・ルーデンスである。
勿論、彼女がやってるのは装置の起動、操作になる訳だが、それは彼女以外に操作出来る者は指を折る程しかいない。
故に彼女が今回の作戦のカギであり、司令塔なのである。
「隊長、こちらの準備は万端です」
「隊長はお前だ。間違えるな」
操作パネルには淡い光が浮かび上がり、空中に無数の文字が羅列すると言う、いかにも魔法を扱っている情景が伺えた。
頭上を光が飛び交う中、ズラズラと整列をする兵士の中で圧縮された人口密度に翻弄されるセナはミトの手をギュッと握り、二人諸共流されて行く。
雑に蠢いた人混みの中に適当に整列する事になった二人は波が収まってから自分達が汗だくである事に気づいた。
「シャワー浴びたい…」
「ま、まだ出撃してないよぉ〜…」
しかし、そんな些細な事情にいちいち耳を貸す事も目を向ける事も、ここまできたら誰もがしない訳で、ドラコは大方の準備が整った事を確認すると、再び号令をかける。
「全員整列、これは極めて危険な魔術を用いた転送による出撃だ。くれぐれも、問題を起こすなよ。フィオナ、始めろ」
「はい、隊長」
「だから、隊長はお前だ」
ドラコの命令に、フィオナは忠実に動き始めた。
台座の操作パネルを器用に弄り回すと、間も無く駆動音のような無骨な音が聞こえ始める。
転送と言う言葉を聞き慣れていない者らはさらに動揺を隠せなくなったりと、余計騒がしくさえなってしまう状況だが、ドラコが言うには、箱舟の様なものだ。
この装置が地上の大地まで自分たちを運んでくれる、ただそれだけなのだ。
ただそれだけの事情に何故こうも狼狽する人がいるのか。
そもそも、魔法が台頭する事のない世代で、魔法を用いた大がかりな実験も、訓練も、ここ数年では何一つとして行われて来なかった。
強いて言っても人の暮らしの中に活用されている力でしかない魔法を、戦力として用いるものはリベリオンをおいて他にはいない。
魔法を武器に人と戦う事がタブーとさえ思われてきた時代でもある現代に、ドラコがとった行動はあまりにも異様なものだったからだ。
だが、彼やフィオナの様な人物が魔法と一切関わりを持たなかった事がそもそも無い。
国の要とでも言える彼ら程の人物であれば、多少たりとも魔法の研究というものをするものだ。
寧ろ、国に携わる様な者でなければそうそう魔法の研究などする必要がないと言うのが魔法の衰退に関わった大きな理由である。
その復刻を目指した集団がリベリオンである。
人と言う生き物が魔法に関与したくなくなるわけである。
しかし、数多くいる兵士の中で、ルーシェスカ学園の学生の身分であるにも関わらず、特例出撃が許可されたセナとバランだけがその状況の異常さに漠然と感づいた。
しかし、その思考が言語化される事はなかった。
「…来るぞ」
ジークがそう言った瞬間の衝撃が、皆を絶句させる事になるからだ。
突如、文字通り衝撃が走る。
「きゃああああああああああ!!」
「だ、大丈夫だよミト、大丈夫だから…」
ミトを慰める一方、セナがふと視線を台座の外に向けた時だった。
それは幻想郷の様であった。
思わず彼女は嘆息を漏らす。
「綺麗…」
蒼い文字が飛び交うその外は誰もが見た事の無い、景色だった。
空は確かに暗い。
暗雲すら立ち込め、今にも天候が悪化しそうだ。
だが、自分たちが立っている場所は、紛れもなく空を降りる台座の上だった。
「これは魔法による単なるヴィジョンに過ぎない。だが、我々はまさに、この空を降り、ユグドラシルという大地へ降り立っている」
どよめきが感嘆に変わる者らやそうでない者らへの説明を兼ねた気休めをドラコがポツリ。
その文字通り、方舟は揺れる。
下へ下へ、ただ無骨な音を立てて下って行く。
雲海を突き抜け、翳った大地にその身を下ろすべく、戦士たちは甲冑を身につけ、ソードなる武器を携えた。
決意を新たにする者、死線を掻い潜る覚悟をする者、フラグを立てる者。
どれも、笑い事無しに、寧ろ涙すら流して表情を凍らせる者もいた。
思いは人それぞれである。
軈て再び来る大きな振動に皆は動揺する。
「…着いた様だな」
ふとした瞬間に、広大な曇り空の景色が暗澹極めた森の情景に置き換わって居た。
文字の羅列も消えてしまい、さっきの幻想的な世界とはまるで違う世界に放り込まれた様な感覚に皆が襲われた。
どうなっているんだ?
俺たちは一体どこに来たんだ?
投げ掛けようのない質問を自問するだけで、誰も答える事まで行き着かない。
だが一瞬で皆が察した事が一つだけある。
誰も、未だ嘗てこんな世界を見た事がないと言う事実だ。
「察してるだろうが、ここは既にユグドラシルだ。敵地、また俺たちが侵略者だと言う事実を忘れずに、警戒を怠らないで行け。俺からは以上だ」
しかし、案ずる必要など無かった。
未知の大陸、そして剣聖の存在が故に、この地を開拓すると言う事においては、物怖じする輩は誰一人として居なかった。
これは歴史を再編させる一ページ目に過ぎない。
交る天と地による新たな戦争劇は幕を開けたばかりである。
「______全員、散れ。そして、必ず生きて帰って来い」
敬礼。
右手の拳を地面に水平に胸部の真ん中へ備える。
それがこの軍での敬礼だ。
そして蜘蛛の子を散らすように、天界の進撃が始まった。
__________
兵士達が行動を開始した。
だがやはり、この状況に対応できていない者達は慌てふためく様子が伺えた。
皆、胸中言いたい事がたくさんある筈であろう。
それでも誰も何も言わないのはドラコと言う存在によほどの信頼を置いていたからである。
それ故に流れるような幕開けとなった。
急に見慣れない装置に乗せられ、気づいたら魔法で自分達が転送されていて、そこがユグドラシルで、早速開拓をしろと言う、無謀と言うか雑と言うか、全てが納得の行かない過程を通して進められている。
ドラコに対する信用が高いからと言って、皆が皆油断した行動をとっているとも言える。
しかし、誰もがその違和感を気に留める事も無くガチャガチャと野蛮な侵略を始める。
そもそもユグドラシルへの出撃は何故突然始まった?
ブリーフィングの内容は?
今までシャングリラの人が降り立つ事の無かった大地に侵略という名目で出撃する理由は?
ユグドラシルの誰かと連絡が取れなかったの?
それはセナの頭に即座に浮かんだ疑問の嵐。
魔法を使った転送、所謂ワープが使えるのに、魔法を使った交信が出来ないのはたとえ魔法について知らなくてもなんとなくセオリーとして違和感を感じる。
電話が出来るのに対して、電話相手の元へワープ出来ないと言う常識的な発想に基づくなら違和感が生まれる筈だろう。
その違和感に気づいたのはセナだけでは無い。
「じゃあ、わ、私準備するから。交信機持った?」
「うん、何かあったら連絡する」
「分かった。気をつけてね、セナちゃん」
「うん」
ミトも危機を察しているようで、他の部隊のバックアップなどに回る。
交信機と言うのは魔法を用いた小型の石で、それを用いる事によって同じ性質を持つ魔力の石を通して交信が出来る、いわばケータイの様なものだ。
皆ネックレスの様に石に紐を通して首にかけるのが一般的で、石に呼びかけると、それが交信相手の耳に届くと言う。
魔法である以上、その詳しい実態を知る者は多くない。
それはさておき、状況を不審に思っているセナにドラコが寄って来る。
周りを気にして出撃しないセナの心配をしに来たらしいが、流石戦場を潜り抜けてきただけあって、彼は自分がセナに警戒されているのを薄々悟る。
「どうした?」
「えっ…」
疑問をぶつけていいのか、それとも黙っておくべきか、悩んだ末に結論を出す前にドラコに声をかけられ、あろうことかセナは狼狽えてしまう。
「用が無いなら早く行け。それとも、今更臆したか?」
視線が泳ぐ。
更には俯き、全くドラコと視線が合わなくなる。
やがて圧のある追撃にどうしたら良いか分からず、オロオロしているセナに救いの手を差し伸べたのはエルギオとマーガレットだった。
「セナが臆す訳ないでしょ?」
「マーガレッ…トッ!?」
女性にしてはそこそこ大きい手でマーガレットはセナの頭を撫でる。
が、実際は撫でているので無く、覆った頭蓋に思い切り力を込めて割る勢いでセナを苦しめる。
「いぃ…痛い痛い!マ、マーガレット…ッ!」
「だって愛する彼がいるんですもの」
最早煽り文句にしか聞こえない。
積もる話を乙女の純情パワーって事にしとけと言うマーガレットの発言に赤面するセナと、険しい表情を露わにするドラコがいた。
「先生、それは…」
「ここでは…って言うか、あなたの場合もうマーガレットでしょう?解ってる、ただの冗談よ」
「そう言う事だ隊長、セナには俺とマーガレットががっつり言っといてやるから」
エルギオに諭され、マーガレットはセナを引っ掴んだまま森の中へ進み始める。
一触即発とも言えた二人の場は何とか鎮圧される形で終わった。
「隊長は俺じゃないんだが…」
いまいち納得の行かないドラコも次の行動へ移る。
「フィオナ、遊撃隊の配備だ。魔法部隊を編成、先行隊のバックアップに回す」
「はい、隊長」
フィオナの癖も治りそうにない。
ドラコが統率力に欠けた県政であるという事が滲み出るようだ。
「…これじゃあ確かに俺が隊長だな」
それを皮肉に思うかのように捨て台詞を吐いた。
___________
Sieg004です。
なんか生理現象の様に小説を書いているせいか、クッソガバガバかつ下手くそになってきた気がします。
この最新話あげてからもう1ヶ月近くたってる気がするし。
それから隙があるから自分語りですが、自分別にミリタリーマニアでは無いので銃とかあんまり詳しく無いんですよね。
なのにこれから銃と剣が入り混じった戦争描こうとしてるとかあまりに阿呆じゃ無いですか?
この先が思いやられました。
これをミリタリーマニアの方々が読んだら俺のこと殺しにやって来るのかな。
それだけはマジで勘弁ですかね。
じゃあ皆さん、誤植探しに行っちゃって下さい。
何かあればまた直します…。
いやぁ不甲斐ないッ!