~序曲~
賞に応募しようとかお前現実知らなさすぎかぁ?
…はい、賞に応募して受賞したいです。
頑張るぞー。
多分。
_____誤りなくして、正解など無い。
嘗て人は大罪を犯した。
彼の者等は、或いは世に改革を起こした魔の法を愚弄し、或いは力を独占せしめんと闇に墜つ。
軈て大地に大戦が齎され、愚者は禁忌の法を唱え交わす。
円環は廃れ、秩序は崩壊し、終焉に迎えるは世界を穿つ大地の乖離。
大空に放たれし穢土は永劫の時を経て、彼の輝きを取り戻さん。
誤りなくして、正解など無い。
今、再び波乱に満ちた、愚民の進撃の幕開けである。
軈て彼らは再び正解を模索する。
___________
方舟は揺れる。
下へ下へ、ただ無骨な音を立てて下って行く。
雲海を突き抜け、翳った大地にその身を下ろすべく、戦士たちは甲冑を身につけ、ソードなる武器を携えた。
決意を新たにする者、死線を掻い潜る覚悟をする者、フラグを立てる者。
どれも、笑い事無しに、寧ろ涙すら流して表情を凍らせる者もいた。
思いは人それぞれである。
しかし、案ずる必要など無かった。
これは歴史を再編させる一ページ目に過ぎない。
交る天と地による新たな戦争劇は幕を開けたばかりである。
「______全員、散れ。そして、必ず生きて帰って来い」
敬礼。
そして蜘蛛の子を散らすように、天界の進撃が始まった。
__________
事は一週間前。
謳う風。
この言葉だけでも、人は良い天気を連想する。
それは果たして愚かだろうか。
思い込む。
その行為にどれほどの意味があるのだろうか。
思い込んだ事に間違いはない。
人の中で、思い込んだ事は正解と処理される。
そして誤りと分かった瞬間、現実から目を逸らす者さえもいる。
そんなことしても…良い事なんか_____
_____ゴチンッ!
彼女は体が萎縮した。
頭蓋に走った衝撃を糧に突っ伏した体を起こす。
状況を端的に言い表すとするならば___。
「こぉ〜ら、セナ、あんた何の為に補習しついると思ってるの?」
居眠りしていた。
それ以上でもそれ以下でもない。
補修に来ているにも関わらず、居眠りをかます少女の名はセナ。
セナ・アルセリオス。
十五歳にして天空の王都、シャングリラにて、王国兵士を育む教育学校に通う少女である。
「お前、チョーク頭にぶち込まれても中々起きないんだな…」
言わずもがな、頭蓋の衝撃とは、この少年、エルギオの言った通り、チョークが直撃したときの物である。
ダジャレでは無い。
エルギオ・ライオネル。
彼も、この教育施設に通う少年の一人で、セナとは古い付き合いである。
「ん〜…」
眠い眼と痛む頭部を擦りながらセナは視界が安定するまでの間ぼんやりとする。
しかし、そんな悠長にしていられる時間など、補修教室の先公が許すはずも無く_____。
「ほら起きる!座学と実技のメリハリくらい付けなさい」
マーガレット・フィリア。
補修生専属の講師で、兵士としての実力を兼ね備えた文武両道を超越した万能講師である。
普段からエルギオとセナを気にかけているが、その理由の一つがかのよらの補修室通いである。
「お前、頭良いんだから補修くらいさっと受けて帰れば良いのによぉ…」
「んーっ___スゥ…スゥ…」
セナは生返事の直後に再び眠り始めた。
その反応にしょっぱい顔をするエルギオに核心を付く矢が刺さる。
「エルギオ、人の心配ばっかしてないで、早く覚えてくれないとあんたも帰れないよ」
「俺ぁ、座学は苦手分野でして____痛っ!」
「無駄口叩かない。さっ、早くやってしまってよ。セナは起きる!」
前方の黒板に有り余るほどのチョークの弾丸がエルギオの頭上に発射された。
騒がしいが、これで一応、代わり映えのしない補修教室の情景である。
エルギオが成績不振で、セナが素行不良で補修室に呼び出され、マーガレットが面倒を見る。
その繰り返しであった。
薄暗い教室に小鳥の囀った残響が谺する中、賑やかな日常劇が繰り広げられる。
風情の欠片も感じられないその光景は…。
_____長い時を経て手に入れた楽園であった。
___________
およそ一千年前、世界を大きく震撼させた大事件が起こった。
大地賛頌事件と呼ばれたそれは、文字通り、大陸が大地殻変動を起こし、科学では説明出来ない地形を作り出してしまったという事件である。
それがこの天空都市、シャングリラである。
かつて人は魔法を駆使して生きた時代があった。
魔法は人々の生活に深く馴染み、植物が根を張るように当時の世界にその実態を広めていった。
しかし、それこそが人類の犯した過ちの序章と言っても良い。
人々は魔術に魅入られ、その力にひれ伏すようになっていた。
或る者は禁忌の魔法、零魔術にその身を染め、強大な力と共にその肉体をも滅ぼした。
凶悪すぎたその力は、やがてかつての人々の暮らしをことごとく崩壊させた。
無差別に起こる殺人、無残にも破壊される都市。
様々な歴史が、この時まで残ること無く、姿を消した。
末に起こったのが、この大地讃頌事件。
言葉では言い尽くせない程の未知の力が、いつしか大地を削り、生き残った人々と共に天空の世界へ誘った。
という伝承がこの大都市にはある。
あくまでも伝承であり、本当の話かどうかは定かでは無い。
「以上、今日はもう終わりにするわ」
「やっとか…長すぎだろマーガレ __痛っ!!」
「ここでは先生でしょ、エル」
「っ…ハイハイ…って、セナは?」
気分が晴れる事もない暗がりの教室を見渡すと、いつの間にやら机に突っ伏していた少女の姿が消えていた事に気づく。
「どうせいつもの所よ」
そんなの解り切っている事だとマーガレットが間髪入れず返答する。
しかし、そんな事に構っていられるかと、エルギオは溜め息を吐き、ブツブツと独り言を呟きながら教室を後にした。
取り残されたマーガレットも、同じ事を考えていたのか、愛想尽きた溜め息を溢し、手に抱えた名簿や教本を机の上で整えた。
__________
発展した天空都市は、やたらと鉄やコンクリに囲まれた近未来都市のような世界であった。
しかし、如何に大地とは言え、緑を完全に抹消する事も叶わず、所々に緑が残っている。
その一部はこの大地の人々によって培われた自然である。
これもまた人の過ち。
都市発展に目が眩み、大地の自然さえも亡きものにしようと考えた愚かな人々の作り出した傷である。
「…ご飯、一緒に食べよ」
彼女は今日も、その傷跡にポツンと建てられた暮石の前に正座する。
そこに掘られた名前はジーク・ハルヴァーク。
セナの愛人の名前であった。
セナは手に持った布を解き、包んであった弁当箱を開ける。
かつてはこうして、彼と共に食事の間の短いひと時を堪能したものだった。
その回想をする度、彼女の心は脱力感に縛られる。
悔しいと拳を握りしめる事もなく、ただひたすらに、墓石の前で唖然としていた。
はじめも、今も、その光景は変わる事はない。
そして無表情に箸を携え、眼前の弁当に詰め込まれたおかずに手を出す。
「セナちゃん、こんな所にいたんだ」
箸で摘んだ玉子焼きを口に運ぶ手が止まる。
そのまま振り返った景色に存在感を放つ少女が一人、そこに立っていた。
「ミト…」
「隣、私も座っていいかな?」
ミト・レイフォン。
セナの同級生にして、彼女が初めてこの学校で築いた友達である。
気弱な体質から、武術の実力は赤子同然と言っても過言では無いが、代わりに座学の成績は上級生を差し置いて最優秀であり、将来は軍の参謀としての期待が集まっている才女である。
「いいよ」
気弱な少女に、あ耐える必要のない許可を与えると、ミトは満面の笑みを浮かべ、うんと一言放った。
軽く跳ねているようにも見える足取りでセナのそばに駆け寄った彼女はそのまま流れるようにセナの横に座り込んだ。
「えへへ」
「ふふっ…ありがとう」
「ふえぇ?」
「横、来てくれて」
感傷に浸っていた傷が癒えるのを、セナはひしひしと感じた。
漂っていた哀愁、抱えた難題、それを共に抱えてくれる程の仲のミトを見て、セナは安堵するのだ。
止まった箸は再び動き出す。
「そ、そんなぁ…私もセナちゃんの所行きたかったし、寧ろ来ちゃって申し訳ないって言うか…」
ミトは顔を赤らめつつ、昼食を取る。
しかし、何を気にしたのか、風の穏やかな音しか聞こえない気まずい状況を打破する一手を打つ。
「…いよいよだね」
「何が?」
「しゅ、出撃だよぉ…行くんでしょ?ユグドラシル」
「っ…」
再び、箸を止める。
ユグドラシルとは、大地讃頌事件の後に地表が削れてしまった大地の事を言う。
事件からおよそ一千年経った今でも、シャングリラからユグドラシルへ、はたまたユグドラシルからシャングリラへの行き来をしたものは誰もいない。
その理由の一つとして、争いが再び勃発するかもしれないと言う事。
そしてもう一つあげられるのは、そもそもたどり着く事が出来ない事だ。
気球を使おうにも下から上までは高度が足りず、上から下に行こうにも、膨大の量の分厚い雲に
行く手を阻まれ、かつてそれを試みたものは雷に打たれて木っ端微塵になったと言う話もある。
しかし、近年の研究と製造技術の発展により、いよいよ、シャングリラではユグドラシルに降りる事が出来る術を生み出した。
「…あいつが…生きてるかも知れないし」
「そ、そうだよね…」
「って言うか、ミトも行くんだよ?」
「わ、私は参謀だし、司令室からみんなに指示出すだけだし…」
状況は変わらなかった。
余計に空気が重くなったり軽くなったりしたわけではない。
しかし、確かに不安や緊張を感じるのは戦士たる所以なのだろうか。
と言うのも、今回のユグドラシルへの出撃は、学園の成績優秀者との共同作戦になると言う、特例出撃権を介した出撃になる。
これは、いつしか王国兵士を起用する為の国家制度に値する重大な行事で、これを機に兵士と言う仕事に就く者も少なくない。
セナやミトもまた、その特例出撃権によって選ばれた成績優秀者の生徒である。
しかし、セナはユグドラシルでの兵士経験を積む事目標を置いていない。
彼女が今回の出撃に掲げる真の目的は______
______亡くなったジーク・ハルヴァークを探す為であった。
___________
それは突然の出来事であった。
嘗て、特例出撃権を用いた実地任務を遂行する機会があった。
国家同士の戦争すら招きかねなかったその任務の内容はシャングリラの先端区域の調査である。
そこに位置した弱小国家の進軍により、小規模な戦争を繰り返していた事が問題視され、その実態の調査をするべく行った比較的安全な任務の筈だった。
そこで遭遇した国家反逆分子、リベリオンとの交戦が行われた。
セナはその調査部隊の特待生であった。
そしてもう一人、国営軍の時期剣聖と名高く、国中から注目を集めた者がいた。
「離れてろセナ!____がはぁっ!?」
鬼の様な剣幕でセナを後方へ引き飛ばした。
それと引き換えに体を引き裂かれ、苦悶の声を上げる少年こそ、ジーク・ハルヴァークであった。
リベリオンの正体は、今や主に軍でしか使用を認められていない、魔法を駆使した魔導テロ組織である。
彼の事件により、その使い道を改められる機会を強いられた時、魔法を撲滅する事を拒み、他勢力を魔法を用いて抹消しようとした凶悪犯集団であったのだが、他勢力の四面楚歌に置かれ、鎮圧されたという説があるが、詳しい事は明らかにされなかった。
そして文字通り、正体不明の紫色の円が文字と共に地面に映し出され、その中を謎の茨が生え交うのだ。
それは一種の魔法による攻撃であった。
無数の棘がジークの鋼鉄の鎧を物ともせず貫き、彼を串刺しにする。
セナはただただ唖然と、有無を言わさず傷付く彼に手を差し伸べる事すら叶わずその悲惨な光景を見ていた。
飛び散った血液は指先を汚し、温もりが冷めていく感覚が状況をはっきりと物語らせた。
「ジ……ク…嫌ぁ…」
「…クッソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
彼は吼えた。
と同時に、念を込めて、剣とはまた別の力を解放する。
すると、不気味な紫の円に現れた紅い円。
ジークはなけなしの魔力を用いて茨を焼き切る火を散らした。
すかさず自由になった身体を前進させ、高らかな雄叫びを上げて渾身の剣撃をリベリオンに浴びせる、筈だった。
「喰らえクソ野ろ______ッ!?」
切先は敵を見捉えるものの、それ以上先には振り下ろされる事は無かった。
その理由は目の前に移った異様な光景にある。
恐怖に慄く彼女の顔。
涙すら流し、許しを、救いを冀うその表情の理由は見てすぐ読み取れる。
「ジーク…助けて…」
セナの首元には先程の茨がナイフの様に構えられていた。
ジークを拘束したほんの数秒もの間、セナの身体は為すがままに敵の人質として使われる事となった。
「チッ…仕事が早ぇなぁ…」
その背後はシャングリラの先端、つまりは雲海に繋がる崖であり、セナの脚を竦ませた。
それは下手をすれば茨で彼女が貫かれるか、無限の奈落に落ちると言うメッセージでもあった。
「汚ねぇ野郎だなぁ仮面野郎…」
仮面の向こうの顔を想像するだけで、ジークのはらわたは煮え繰り返る。
しかし、彼は迷わなかった。
剣の柄を握りしめ、歯軋りすらするつもりで歯を食いしばり、そして果敢に一歩を踏み出す。
「セナァーッ!覚えとけ!」
そう一言放って、彼はセナを脅す茨を再び魔法で焼き、リベリオンに一撃を喰らわす。
しかし、リベリオンもただでは滅びようとはしなかった。
茨で剣撃を最小限に抑え、追撃の体勢に入る。
ジークはそれすら許さない。
火炎魔法を駆使し、近寄る茨を焼き続け、大振りな剣を開けた視界にいる目障りな仮面に押しつける。
茨から解放されたセナは剣撃の衝撃波でジークの背後へ吹き飛ばされる。
「ジークッ!」
「逃げろッ!」
振り向かない筈がない。
ジークの進む先に道などない事を知っているのに、止めに行かない訳がない。
セナには聞こえたのだ。
ガラッと音がしたのを。
地面の崩れる音というか、靴を地面にする音というか、それっぽい音が。
振り返ってしまったセナに見えたのは、リベリオンと共に大地から落下する彼の姿だった。
「待って!」
手を伸ばした。
救いたかった。
その一心で伸ばした手は虚しくも空を掴んだ。
「それから_____」
______生きろ、俺の分まで!強く!それが…戦士だァッ!
そうとだけ言い残した彼の顔は、なぜか笑っていたんだ。
__________
「たった一年前の事なのに、もう全然あの時の事、思い出せないんだ。多分泣き叫んだし、死にたいとか思ったと思う」
「セナちゃん…」
だからこそ、彼女は信じる事が出来ない。
彼が、ジークが死んでしまったという事実を認める事が出来ない。
今回の出撃は、セナにとって特別なものになる。
そういう意味で、ミトはセナの安否を危惧していた。
「わ、私、ちゃんとセナちゃんのサポートするから」
「えっ…」
「大丈夫、きっと生きてるよ、ジークくん」
「ミト…」
いつの間にか置かれた箸を持っていたミトの手は、セナの弁当を持った震えた手に添えられた。
安心と言う名の快楽がセナの枯れた気持ちに数滴の水を差す。
「ありがとう。絶対…見つけるから」
「うん!」
改めて、ジークを救うと言う誓いを立てた彼女の目は、いつになく爛々と輝いていた。
きっと誰もが思う事だろう。
この輝きがこの先に待ち受ける困難に当たっても、決して消えて欲しくはないと。
___________
「どうだった?」
「変わんねぇよ。墓の前で飯食ってた」
「不謹慎な言い方ね…私達も似たようなもんでしょ」
墓碑の前に佇むエルギオは少し間をおいてから軽く返事をした。
それ以上喋りたくないと言う意思表示なのか、手持ちのパンを加えて食べる素振りを見せる。
墓碑に書かれた文字は、なぜか削れて読み取る事は出来ない。
ジークの墓は街のモニュメントの様に、新緑の映える丘の真ん中に建てられているのに対し、そこから多少離れた、彼らの居座る場所は歴とした墓地であるが故に、食事を摂るには他の邪魔になる程のスペースしかない。
だが、それでもエルギオは毎日ここに自分で焼いたパンを持ってくる。
そして必ずこう言うのが日課であった。
「ちょっと上手くなったと思うんだがな…」
「あんたのパンもこの子と比べてなかなかいい線行ってると思うけどね」
「そうですか…」
食事と言うよりお茶の時間に等しい量の少量のパンを一気に飲み込み、エルギオはバスケットに有り余ったパンを墓の前に備える。
微かだがその手は震えていた。
怒りに猛狂いたくなる気持ちを抑えている様に見えるその表情は、文字通り眉間に皺を寄せ、剣幕を露わにしたい気持ちも、ただの八つ当たりだと言い聞かせては気持ちを鎮め、もう三年程になる。
マーガレットもまた、自分の教え子が苦しんでいる様子をただただ無力ながら眺める事しか出来なかった。
「俺は…必ず、お前の死を無駄にはしねぇからな…ココ」
拳を作り、握り締めては怒りをそこにだけ集めた。
間違っても、復讐などと言う愚行に及ばない様に、墓の名前を彼は今日も削るのだ。
そこらに落ちている、小汚い石で名前に傷を付け、過去を振り返ろうとする自分にも傷をつける愚行であった。
「もう行きましょ?」
「あぁ…そうだな」
手に持った石を、エルギオは叩きつける様に投げ捨てた。
__________
空の弁当箱を眺め、満腹感すら得る真昼間の長閑な時間。
セナの膝の上には小柄で、スヤスヤと心地好さそうな寝顔で転寝をかますミトの頭が乗っている。
そのあまりにも幼げな表情に、ついセナの頰も緩んでしまう。
風は相も変わらず柔らかく、何処からともなく、花の甘い香りを運んで来る。
しかし、墓を見る度に、平和な雰囲気すら醸す状況に気分が和むかと思いきや、セナにとってはそうでも無かったりする。
「ジーク…待ってて。必ず私が______」
「______セナ・アルセリオス。話がある。隣、失礼するぞ」
誓いの詠唱は遮られてしまった。
聞き覚えのあった声に、セナは振り返る事をせず、ただ寡黙に頷いた。
ガチャガチャと無骨な音を立てながら、セナの横に聖剣を携えた男がドカンと座り込んだ。
「随分と虚ろな目をしているな。戦場なら確実に死ぬだろう」
「もう少し静かにしてよ、ドラコ。ミトが起きるでしょ」
戰前の会話でもしようとセナにそれっぽい会話をふっかけた男、ドラコ・ハルヴァークは予想外にも平和ボケしたかセナの返答に多少狼狽えた。
彼こそ、シャングリラの現剣聖にして、国軍最強の剣士であるが、現時点でその面影はほぼ皆無だ。
「す、すまない…って、そうじゃねぇ。お前、またこんな所で______」
「私の勝手でしょ?」
「それはそうだが…」
物申しに来たであろうドラコは棘のあるセナの態度にすっかり萎縮してしまった。
しかし、何度も首を振り、思い切って会話をふっかける。
「まだ助けようと考えてるのか?」
「…あいつが死んでる事を確かめるまで、私はあいつを救いに行くって決めたから。…って言うか、あんたもさ、義理でも兄弟なんでしょ?助けたいとか、思わないわけ?」
ドラコは元々身寄りの無い孤児だった。
嘗て両親をリベリオンの面々に殺害され、彼はその遺体の前で血まみれになってないていたと言う。
軈て兵士学校に引き取られ、ジークと出会い、ハルヴァーク家の養子として更に引き取られることになった悲劇の少年であった。
「…確かに、アイツは俺の兄弟だ。今だって、嘗て過ごした時間が忘れられない」
ドラコですら、このモニュメントを前にすると歯を食い縛りたくなる想いになる。
しかし、表にその表情を出す事は無い。
「だが、ジークを助ける事とユグドラシルへ出撃する事はイコールでは無い。俺はあくまで、この国の未来の為に大地へ降り立つんだ」
「ジークがどうでもいいのッ!?」
遂に冷静さを欠いたセナが怒号した。
しかし、その叫びは虚しく、目の前の彼にすら届く事は無かった。
それを理解した瞬間、穏やかに寝ているミトの事を思い出し、口を噤見ながらそっぽを向いた。
「そうは言っていない。だが、雑念が入れば俺の指揮官としての仕事に支障が出る。それを避ける為だ。それはお前とて同じだ。このままでは、場合によってはお前の特例出撃権を剥奪しかねない状況になるぞ」
その通りだ。
そうセナは悟った。
一瞬とはいえ声を荒げた自分の衝動的な反応こそ、ジークの事で頭が一杯で仕方ないと示している様なものだ。
自分は冷静になった方がいい。
今の一瞬でそれを深く反省した。
「忠告はしたぞ。いいか、これは指揮官としての忠告じゃない」
______友としての忠告だ、セナ。
セナは俯いたままで、顔をあげる事は無かった。
だが、そのセリフが上っ面の綺麗事にすら聞こえて余計に癪に触ったような気もした。
しかし、ここでまた声を荒げるような事があれば、本当に自分は冷静じゃいられなくなる、と何度も自分に言い聞かせ、怒りを鎮めた。
わなわなと震えた身体を見て、もう一言、彼は言葉を添えた。
「お前、あいつの事が好きなのは分かるが、少しは落ち着けよ」
「なっ、そそ、そんな訳ッ!」
動揺。
これではとても冷静だとは言えない。
ドラコがセナを気にかける理由がなんとなく分かる。
いざという時、セナは本当にボロが出る。
特にジークの話になるととにかくポンコツなツンデレと化す。
「そう言うところだ、お前のいけないところは」
「う、うるさい!早くあっちいけよ!ミトが起きるんだよ!」
これ以上熱くなられても困る、とドラコはセナの戯言を軽く聞き流しつつその場を去る。
「それは俺のせいじゃないだろ…。それに…」
______俺は…愛人だって、失った。
その言葉にセナはハッとした。
強張った表情も、瞬間、目の前の友を憐れむ気持ちでどこか悲しげに翳る。
「…ごめん」
「謝るより、戦地で結果を出せ。それがお前が出来る最善だ」
もう一言、とドラコは立ち止まった。
冷酷な事を言うつもりは無かったのだろうが、それは彼の性分であるからしょうがなかったのだろう。
「俺には、人の死を悲しんでいる時間は無い」
「…ッ」
セナはそれ以上言い返す事が出来なかった。
出陣前に冷静さを欠く兵士が人に物を言ったところで、それに従う者は居ない事を熟知していたからだ。
自然と伸ばされた手は、あの時同様、空を掴んだ。
__________
ご無沙汰です、Sieg004です。
なんか唐突に新作書き始めました。
でもなんかさっぱり書けるってイメージが無いっす。
本当、いつも通り、誤植なりなんなり見つけながら笑って見てやってください。