寝癖にありがとう
手を伸ばす。
届かない。
あなたが笑う。
届かない。
そして私はまた手を伸ばし_______
……n,on,fon,fon,fon……
「んっ、んん~~……?」
忌まわしい無気音が流れる。
手を伸ばした先は空で、なぜかそれは酷く虚しかった。
覚醒しきらない寝ぼけ頭を無理やり回し、掠れた声を絞り出す。
むくり、と徐に起き上がり、ベッドから降りる。
体が重いけど、そのうち目が覚めればいつも通りになるだろう。
開けっ放しのクローゼットから、制服一式を取り出す。
パジャマ、脱ぎ捨てるのは流石にダメだな。
と判断して、ベッドの上に投げておく。ほぼほぼ同じか。
白のワイシャツはボタンを留めるのが面倒だなぁ。
部屋の鏡台の前に座る。
鏡に映った、怠そうな寝癖頭の少女。
あーあ。今日はかなりひどい頭だ……
直すのに時間かかるなこれは。
溜息をつきながら、私の部屋のドアを開ける。
ドアノブの冷たさが心地良い。
家族を起こさないように、忍び足で階段を降り、洗面所に向かう。
寝癖直し専用のスプレーをはねている部分にかける。はねている部分が多すぎる。
あまりの使用量に少し驚きながらも蛇口をひねる。冷水を思いっきり顔にかけると目が覚めた。
今日は寝癖との格闘で時間が無くなりそうだから、シャワーは無しかな。昨夜はタイマーでエアコン付けて寝たから汗は大してかいてないし。
そんなことを考えながら、ヘアアイロンの電源を入れる。温めなくては。
その隙に、今日のヘアピンの色を決める。
私は、気分で結構色を変えてしまうタイプだから。
昨日は赤だったから、今日は桃色かしら。
あれ、でも一昨日もピンク……
いやいや、まぁ仕方がない。女の子らしい方が可愛いものね。
木櫛で髪の毛を梳かす、ところどころ引っかかるのが地味に痛い。
今日は寝癖を多少誤魔化すために髪をふわふわにしてみよう。変だって思われないと良いけど。変化に気付いてくれるかな。
髪を巻き、偽装工作を成功させた私は、次の作業に取り掛かる。
メイクは校則で禁止だから、ほんのり色づくリップにしておく。桜色で可愛い。
ビューラーで睫毛を整え、制汗剤を塗りたくる。ちなみに無香料だ。
ラブローズとかいう香りのボディミストを適当に掛けて、ヘアピンを付けたら大体は完了だ。
飾り気は無いけど、しっかり磨いてある爪をチェック。靴下に穴があいてないかチェック。
ワイシャツは第1ボタンだけ開けて、崩しすぎず、きつすぎず。
もう洗面所に用はない。さよなら。
準備が終わった私は、キッチンダイニングに向かう。
美味しくないけど体に良いと噂のスムージーを飲み、昨日作っておいたサンドイッチを1切れ、口に放り込む。
もぐもぐと咀嚼する。美味しいな、やはりスクランブルエッグとレタスとトマトは最高だ。
念入りに歯磨きをしてから、鞄を持って、出掛けることにする。
可愛いって思ってもらえるかな。
今日はどのくらい話せるだろう。
寝癖はあるかな。
何て考えながら家を出る。
夜遅くまで働いていた両親が寝ているので、起こさないように、小さく一言。
「いってきます。」
誰も聞いていない。それで別にいい。
本当はもっと遅く出ることも可能である。そうすれば、家族にも少しはあえるだろう。
でも、早く起きて早く用意して早く出れば、貴方に早く会えるでしょう?
いつもの時間に到着した私は、探していた。
……あぁ、いた。憧れで大好きな、先輩。
ティラノサウルスみたいな変な寝癖で少し笑ってしまった。
昇降口に向かって1人で歩く貴方に声をかける。
「おはようございます、今日も勉強ですか?」
「うん、まあね」
素っ気ない。それはいつものことだけど。
だけど……
「受験生は大変、です、よねふふっ」
笑いを堪えきれなかった。
だってティラノサウルスが神妙な面持ちで歩いているんだもの。
そんな姿も、かっこいいし可愛いけれど。
「なんで笑うの」
「だ、って、頭……」
「あーー……うんごめん。これは失敗しただけ」
「いや何にですか」
「それは、まあ、うん。」
苦笑しながら寝癖を撫でる貴方は、何故か遠い存在に思えて。
嗚呼、学年が同じだったら。
何処からか突然不安という雲が私の恋心に雨を降らせる。
「では、また」
「……うん。」
別れの挨拶をすると、少し歯切れの悪い返事が返ってくる。
気に留めることでは無いかなと判断して、背を向けて歩き出した。
「……あの、さ」
「えっ、あっ、はい?」
思わず振り返ると、顔を赤らめてそっぽを向く貴方だった。げ、げげげ激レアだ……
今日は良い日になりそう。
「どうしました?」
「うーん、と………………今日さ、」
「髪、なんかふわふわだね」
_______あぁ、寝癖よありがとう。