今年も夏がきた〖挿絵付き〗
額から滴り落ちる汗を拭くのを、私はとうにやめていた。スマホも使うと直ぐにぬるぬるになってしまうので私は黙々と坂を登っていた。
藤堂家。私の実家は、いわゆる心臓破りの坂の頂上にあった。私の高校進学に合わせ、私だけ高校の近くのマンションに引っ越すことにした。今日はお盆であり、それに合わせ久々に帰ってきたのだ。
私の家はいわゆる名家というやつであり、まぁまぁ金持ちである。高校生の娘にタワーマンションの1室を与えられるレベルには。あまり家族が好きではない私には好都合であり、今日のように用事がない限り全くと言っていいほど帰っていない。
「んぁぁ、普段面倒臭いくらい過保護の癖して、こういう時には迎えを寄越さないのよね...」
今日は、親族が総出で集まり墓参りをするのだ。藤堂家の毎年の恒例行事であり、小さい頃墓参り後の飲み会で大人が酔っ払いながら話してるのを寂しく見てたのを覚えている。
「はるちゃん遅いから、迎えにきたよ」
ふと、顔を上げると久しぶりの顔がこちらをみていた。
白いワンピースに映える綺麗な肌に、焦げ茶の髪。同い年の筈なのにだいぶ幼い印象を受ける。
「わざわざ降りてこなくてよかったのに。久しぶりだね、なっちゃん」
なっちゃんは父の兄の娘であり、私の従姉妹になる。唯一年が同じ親戚だということもあって私たちは昔から姉妹のように仲良くしていた。
「みんな酷いよね。迎えに来てあげればいいのにさ。人が多くて大変なのは分かるけど」
彼女はこちらの目をしっかり見ながら話すのが特徴である。
出会ったばかりの頃は、どぎまぎしたものである。
ほぉら、案の定瞳の奥の人と目が合ってしまった。
「これ持ってきたよ。好きだったでしょ?」
彼女はペットボトルの三ツ矢サイダーを渡してくれた。
封を開けて喉の奥に注ぎ込む。しかし、天下の三ツ矢様もこの熱気には勝てないのだろうか。飲み込んだものが、すぐに汗に変わっていくのを感じる。いまや、私の体は見るも無残にでろでろであろう。
「この前会ったのは、去年のお盆だから丁度一年ぶりだね。もっと会えたらいいのになぁ」
なっちゃんが、寂しそうに下を向く。本当に一々私の庇護欲をそそるものである。高校で悪い虫がつかないか心配だ。
「昔はもっと沢山会ってた気がするけどね。私たちももう高2だから中々予定が合わないよね。」
と私は返した。
「それにしても、はるちゃん綺麗になったよね。すっごい大人っぽくなってる。」
「私よりも、なっちゃんの方が美人さんだよ。相変わらずロリな感じが抜けないけれど。」
ロリは酷いなぁ、と彼女は屈託のない笑顔で笑う。この炎天下の中彼女だけは、涼しげであり不思議と汗もあまりかいてないようである。
「なっちゃんはあまり暑くなさそうだね」
暑さで視界が不安定になりながら、私は声をかける。なっちゃんも道路も木もボヤけていく。これはいよいよ危ないかもしれない。
「最近気づいたんだけど、私暑さを感じにくい体質みたいなんだよね。周りにいわれて分かったの」
とても羨ましいものである。私みたいに犬のような形相にならずに済むのだから。
あまりの暑さなのか陽炎がみえる。いやこれはもう、私の視界がボヤけているだけなのかもしれない。坂の終わりはいつであろうか。そろそろの気がするのだけれど...。
「高校はどんな感じ?出来れば、同じところにしたかったんだけどね。会うのはいつも本家だから意識してなかったけど家自体は結構離れてるから同じ高校は難しいよね...。私も一人暮らしすれば良かったかな」
父の兄、つまり私の叔父は独立し藤堂家の名前に頼らず起業しており家長を継ぐのは父になりそうである。
こちらを見ながら、なっちゃんは後ろ向きに歩く。すぐに転んでしまいそうで危なっかしいのだが、こういう所で何故か彼女はセンスがいいのだ。
涼しい風が私たちの間を通る。それは確かに夏の香りがした。ほんの一瞬視界が冴える。
「でも、なっちゃん死んじゃったから高校行けなくない?」
なっちゃんは一瞬俯いたが、すぐに
「気のせいだよ。私ここにいるでしょ?」
と言って笑った。口角が引き攣ってるのは私の気のせいかな。
てっきり、なっちゃんは死んでいるものだと思っていたが私の思い違いのようであった。とうの本人が言ってるから間違いはあるまい。変なことを聞いてしまった。
「...高校あまり面白くないよ。やっぱり中学の友達の方が、自分を出していけるしね」
私は再度、話を続ける。
「んー、やっぱり無理にでも私も同じ高校に行った方がよかったなぁ。そしたら楽しかっただろうなぁ」
暫くの間黙々と坂を登る。頭の中が真っ白になってしまったようで脳が回らない。サイダーが無くなったのはいつだろう?
「暑いと話すのも億劫になるよね」
思い出したかのように彼女が笑いかけてくる。
「でも、幽霊って暑さを感じないもんじゃないの?」
というと、彼女はまた寂しそうに俯いた。何か変なことを言ってしまっただろうか。そもそも何を言ったっけ。思考が全くまとまらない。考えたことはすぐに二酸化炭素と混ざっていく。
「年を取るごとに気づくのが早くなってるよね...。そろそろ限界なのかなぁ」
何を言ってるのかよく分からない。ただ、彼女が泣きそうな目をしている事だけが気になった。道路の反射が、木々の反射が私の目を刺激する。
「私の自分勝手で困らせちゃってごめんね...。」
彼女がそう言うと、私はたまらずその胸に飛び込んだ。これ以上、なっちゃんの悲しい顔をみたくなかったのだ。彼女の瞳に映る私に失望されたくなかったのだ。
「なっちゃんが何を言ってるのか分からないけど、私はなっちゃんのことが大好きだよ。なっちゃんが何をしても何であっても困らないよ」
何で、抱きついたのかも分からないし、汗がなっちゃんに付くのも恥ずかしかった。だけど、ここで何とか何かをしないと何かが終わってしまう気がしたのだ。脳がまったく働かない今これは、きっと生まれて初めての本能なんだろう。
「そういうとこ、はるちゃんは本当にずるいよね。」
私の耳元ギリギリで、彼女は話す。少し湿った息が産毛を揺らす。
「これからも、毎年会いに来るからさ」
「はるちゃんも忘れないでね」
「もしかしたら、熱帯夜の時の夢の中でも会えるかもだから」
「期待しない程度に、期待しててね」
なっちゃんは白いワンピースを翻しながら陽炎と共に消えた。
瞼に纏わりついた陽炎の残滓を振り払うように瞬きをすると私は既に、家の門の前に着いていた。
今日は、なっちゃんの3回忌。
夏はまだまだこれからだ。
http://21634.mitemin.net/i247954/
挿絵は妹が書いてくれました。
以下、部誌後書き
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2回めの部誌ですね。初めましての方は初めまして。久しぶりの方は久しぶり。元気してた?
突然ですけど自分は、西尾維新氏やamazarashiが好きな典型的な中二病なのでくっさいセリフとか、胸熱な設定とか大好きなのですよ。
でもそういうのって、歳をとる事に苦手になっていくのかな?こってりした物じゃなくて薄い味付けのやつばっか食べるようになっちゃうのかな?って思っちゃいますね。
その『好き』が一過性のものでも、やっぱり自分を形成してる要素になってるんですよね。昔は好きだったけど、今は苦手だなってのがある様に、昔は苦手だったけど、今は好きだわってやつ結構あると思うんですよ。
そういうのを、否定するんじゃなくて『好き』も『嫌い』も自分の構成要素だと思って広く受け止めていきたいですよね。
なんて、御託は正直どうでもよくてひたすらに眠いです。
おやすも。
また、次の機会がありましたらお会いしましょう。
深夜
自室より
(2017/06/18 02:21:20)