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第八話 父は療養中


 廊下に躰を移した所で、蒼耀はこれからの行動を考えた。


(とりあえず、イルマと話し合って候補を絞る。でもって、それからは虱潰し、か。やれやれ、時間がかかりそうだ)


 手元の資料。記載されているどこぞ魔術士一族の次男、三男の写真が添付されている。が、そこには目もくれず、出身地の部分にだけ目を通していく。


(北海道、沖縄、九州……。ったく、観光旅行に来たわけじゃねぇんだぞ)


 幸いか、旅費に関しては特に問題はない。仮に資金が尽きたとしても、その時点で何かしらの仕事を仕入れて直接稼げばよい。ついでに今回の様に、日本で活動しやすそうに、コネ雇い主への脅し材料を作っていけば一石二鳥。

 

 問題は──。


(──パッと見た限りじゃあ、望み薄だな)


 手渡された資料は、武神家に縁談を申し込んだ家。つまりは、それなりに身元がはっきりとしている。その中に――日本国内ではともかくとして――蒼耀が聞いたことのあるほどに力を持った家系は見当たらなかった。ふと目に付く名もあったが──。


(──あの『異界』から生還するには、どーにも実力不足っぽいな)


 武神の屋敷に来るまでに交わされたイルマとの会話を思い出す。


(あるいはこの中の誰かを殺して成代る? ………無理やり過ぎるな、これも。武神と直接やり合うつもりがないなら、仕込みは深くなけりゃ駄目。かといって、長時間血族の一員になり済ますのは並大抵じゃ無理。こりゃ八方塞がりか、あるいは的外れか?)


 はてさて、困った。と、蒼耀が頭を捻っていると不意に前方から人の気配が感じられた。


「あん?」


 意識を思考の海から引き揚げ、蒼耀は視線を投げる。先を行く連のさらに前方、廊下の対岸から向かってくる人の影が入り込んだ。


 背丈は日本人男性の平均身長よりも少しだけ高い蒼耀と同等。全体像は細く、それでも男と分かる程度には躰の構造は出来上がっている。


 蒼耀と同じく、あちら側もこちらの姿を捉えた様で、整った顔立ちに笑みを浮かべた。


「やぁ、こんにちは」


 相手を安心させるようであり、無駄に親しみを持ったような音程だった。


(こんな奴──武神に居たか?)


 蒼耀の表情から思考を読み取った蓮が説明する。


「蒼耀様、こちらは峰和みねかず様の主治医である、時形ときがた央理おうり様です」


 峰和とは蒼耀の父親だ。


「おそらく、初めまして、だよね。……って、蒼耀?」


 蒼耀の名を耳に、央理は大げさに驚いて見せた。


「もしかして、宗主代理の――」

「紅憐様のお兄様です」

「これは驚いたね。話には聞いてたけど、まさか本人に会えるとはね」 


 言いまわしに、蒼耀はどこか引っ掛かりを覚えた。が、口にするほどではない。代わりに、蓮が口にしたどうにも気になることを問いかける。


「時形……だっけ?」

「央理でいいです」


 差し伸べられた手を、反射的に握りしめる。


「じゃあ央理。お前さん、親父の主治医って言ったけど……」

「未熟の身ではありますが、お父上の治療を承っています」


 今度は蒼耀が驚く。


「おい蓮、そーいえば親父の姿が見えなかったのは、そのせいか?」


 すっかり忘れていたが、屋敷に来て父親に会ってない事を思い出す。

 

 蒼耀が家を出る直前に一番に喧嘩を売ったのはまぎれもなく父親だ。娘を溺愛する彼は、それを打ち負かし、その上で見下した(と峰和は思っている)蒼耀を武神一族の中で最も強く憎んでいるだろう。紅憐に会うまでの一番の難敵と思っていたのだが。


「はい。今から半年と少し前。魔獣の退治に向かわれた峰和様は、予想外の敵の反撃に合い、重傷を負われました」

「……あの親父が?」


 才能に人の価値の全てを見出す、親の風上にも置けない最低の父ではあったが、その実力は宗主の地位に相応しい物。紅憐が実力の頭角を見せるまでは、彼は間違いなく武神最強の男だった。


「幸い、そのすぐ後に紅憐様が駆け付け、魔獣は退けることが出来ましたが、峰和様は時を一刻と争う状態で──」

「そこから先は僕が話そうか」


 央理が蓮の話を引き継ぐ。


「実は、退治を依頼したのが僕の実家なんですよ。──っていうのも、件の魔獣は、どうにも僕らに恨みのある者が放ったらしくてね。時形の家は治療術に長けた家系なのですけど、おそらく手遅れで救えなかった人の関係者だとは思いますが……。で、死人も何人か出てしまいまして、結構危ないところまでいっていたのですよ。命を賭して助けてくれた峰和様に恩義を感じた実家は、せめてもの恩返しと僕を派遣したのです」

「それは……御苦労さまで」


 蒼耀は、あからさまに形だけの礼を述べた。

 

 あの父親を助けてもらった位で、どうして感謝を覚える必要があるのだ? これが紅憐や蓮であれば話は変わるが、以外は『その他大勢』と言うのが蒼耀の認識だった。


 やはり意外なのは、父親が重傷を負わされるほどの相手が国内に居たという事だ。魔獣ではあるが、それにしたってそれだけ強力な『物』が滅多にいるとは考えにくかった。


「重傷って具体的にはどの程度の?」

「かなり回復しましたが、後一ヵ月は床のままでしょうね。いくら時形の術を持ってしても、峰和様の体内に染み込んでいる瘴気を取り除くには、もう少々時間がかかります」

「…………ふむ」


 蒼耀は少しの間、思考に耽る。


「蒼耀様?」

「や、何でも無い」


 蓮の怪訝を含む声を蒼耀は笑って誤魔化した。

  

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