第六話 暗中模索の依頼
朝投稿。
「……最初に言っておくが、俺は絶対に家を継ぐ気はないからな」
頑なな拒否宣言に、紅憐は特に反応を見せない。表情から妹の心情を読み取れない兄は、どうにも勢いを削がれる。
「その事に関しては、後日にしましょうか」
「前にも後にもないがな」
きっぱりと言い切る。その意思がどれほど伝わったのかは不明だが、場の仕切り直し程度には効果を成した。
「今までどちらにいらっしゃったのですか? この三年間、全くの音沙汰の無いことでしたが……」
「別に、知らせる理由もないだろうに。気が向くままに、外国旅行を楽しんでたさ」
素っ気ない言葉に続けて、皮肉に満ちた言葉が続く。
「悪いねぇ。道楽な兄に代わって一族を引っ張って貰って」
「いいえ、お元気そうでなによりです」
「それが取り柄っちゃぁ取り柄なんでね。そっちこそ──」
「……蒼耀、そろそろ本題に入ってもいいと思うのだが」
いい加減に『腹の探り合い』を見かねたイルマが口を挟んだ。
「……そうだな。宗主を長時間拘束するのも悪いし」
蒼耀はあらかじめ用意していた口頭を述べた。
「単刀直入に聞くとだ。紅憐、お前が宗主になってからこれまでの数年内に、外部の魔術士との接触が無かったかを教えてほしい」
「接触、とはどのような?」
「縁談だろうが強盗だろうが何でも良い。とにかく、それだけが知りたい」
「どうにも曖昧な質問ですね」
「具体的に言うとだな」
蒼耀は右腕の袖を捲りあげ、手の甲を紅憐に見せる形で掲げた。彼の手首から肘にかけて、焔の様な紋様が浮かび上がった。
「この刻印に触れようとした奴がいれば、もしいるならば正直に教えてほしい」
──武神の家に生まれる者が、この世に生を受けるのと同時に刻まれる武神家の秘術。式神との魂の契りを司る術式。これがあればこそ、武神の人間は『武神』の魔術士であることを許される。魔力を持たない蒼耀だが、そんな彼でもこれだけは武神の者として刻印されたのだ。
「……それが、この場に来た目的ですか?」
「そうだ」
腕から刻印の模様が消えると、蒼耀は袖を元に戻した。
「無論、ただでとは言わないさ。これでもそれなりに稼いでるんでな。情報に対する相応の額は支払わせてもらう」
「理由は……お聞かせ願えますか?」
「教えてもらう身で悪いんだが秘密だ」
全てを話すとなれば、下手をすれば武神総出とのひと悶着に発展する。
不透明な兄の来訪目的に、紅憐は少しの間を置いてから口を開いた。
「……良いでしょう。他ならぬ兄さんの頼みです」
いつの間にか茶を運んできた式神の名を呼んだ。
「蓮」
「はい」
念での会話で指示を出したのだろうか。蓮は蒼耀達前にお茶を置くと一歩下がってから質問を投げかけた。
「まず伺いますが、お二人が追っていると思わしき魔術士ですが、それはどのような人物なのですか?」
「さぁな」
蒼耀は肩をすくめて見せる。
実のところ、蒼耀達が追う者の狙いがここ武神家と言うのは推測の域を出ず、一方でやはり武神の秘伝が最も可能性が高いという話なのだ。しかし、それをこの場では言うまい。言ったところで要らぬ不信感を招くだけだ。
何せ、生死不明の術者が残した書記。その抜け落ちた部分を分の前後から推測し、そこからさらに『何者か』の目的を推測したのだ。前提条件に『推測』と言う言葉が二つも並んでいる。手探りも良いところだ。
「強いて言えば、錬金術に詳しそうではあるな」
唯一、蒼耀とイルマが追っている者達の『傾向』を口に出す。
錬金術――この世の『異』である魔術と、この世の『常』である科学を融合させた学問。古来は元来の本質的な『個』としての存在を、別の『個』として変換する術であったが、現代は元々の『個』に別系統の効果を『付加』したり、同系統を『増幅』させたりする法が主流となっている。
「錬金術……ですか。了解しました。少々お待ちください」
蓮は一つ礼を残すと、音もなく姿を消した。
「仮にも一族を束ねる者の使い魔か。さすがと言うべきか」
誰も居なくなった空間を見つめながら、イルマは感心した。彼女の眼には、空間に漂う魔力の残留が写っていた。だが、それとて目の前で術を見せられなければ捉え切れないほどの微弱。
金髪の少女がした発言に、紅憐は初めて表情を動かした。
「イルマスカさん。蓮は使い魔では無く、『式神』です。そこをお間違えの無いようにお願いします」
使い魔とは、一般的には主から魔力を供給してもらえなければ躰を維持できない使い捨ての駒だ。だが、武神の術者とって『式神』は魂の契りを結ぶ唯一無二の存在。『使い魔』呼ばわりは侮辱も同然だった。
バトル回まであともうちょっと