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第三話 潜む子狐


 蒼耀の声に答える者は無い。朝早くの閑散とした路地。傍眼からは彼が見当違いの事をしているように見えるが、彼には確かにそこに身を潜めている『者』を『捉えていた』。


「イルマ」

「ん」


 名を呼ばれた少女は疑問すら抱かない。躰ごと後ろを振り返り、手をスッと前に翳す。


「お前から見て二時の方向。まっすぐに、『くれぐれ』も手加減して撃て」

「了解した」


 了承の声に合わせて、イルマの手中には魔力が収束する。彼女の呼び出しに応じた『精霊』の属性は『風』。式に従い、圧縮された空気は弾丸となり、蒼耀の指摘した方角へと射出された。


 不可視の弾丸は時速百五十キロ前後の速度で空間を直進し、虚空に展開されていた『結界』を穿った。


 突如として、空間が歪みを見せる。


「なるほど、私の目を惑わすほどの幻術か。賞賛に値する」


 褒めの言葉は、虚空から忽然と姿を現した者へと当てられる。


 見た目通りの存在であるなら、十歳かそこらの茶髪を持った少女。表情は驚愕の一色に染まっている。己の自信ある術を破られた事に、驚きを禁じえないのだ。


「いつから……気づいておられたのですか?」


 少女は、隠匿の結界を見抜いた青年に聞く。


「俺が『また生きて』って言った辺りから……かな?」


 再び込み上げる驚愕の感情を、銀髪の少女は寸前の所で飲み込む。


「どうやら、最初から気付かれていた、と言う事ですね」

「まぁ、ぶっちゃけて言えばな」


 蒼耀は平然と答える。あまりに簡単すぎる物言いに、少女は眉間に眉を潜めた。


「あー、そこな若人。気にする必要はないぞ。この距離でこいつの目を欺ける『存在』は、滅多にいないからな。お前は十分すぎる実力の持ち主だ。むしろ私の目を誤魔化せていた事を誇りに思え」


 と、上から目線でありつつも一応のフォローを入れてから。


「で、あいつは何者だ?」


 イルマは蒼耀に問いただした。何しろ、彼女は攻撃の指示だけで他は全く聞いていないのだ。


「……さぁ、誰でしょうねぇ?」


 が、当の指示した本人すら首を傾げていた。


「って、相手も分からず攻撃させたのか……」

「だってほら、姿をかくしている時点で疚しい点があると判断すべきだろ」

「……それもそうか」


 納得してしまうイルマ。常識的に考えればそれも間違いなのだが、彼女的には常識の教科書は蒼耀なので、疑問を抱くという結論は出てこない。故に彼女の常識はどんどん蒼耀の独特的な観念に染まっていくのだが、それはどうでもよい。


「ま、分からないってのは冗談だけどな。大体の予想は付いてる」


 再び視線を、隠者の少女に向ける。


 少しばかりの懐かしさを覚えつつ、蒼耀は銀髪の少女の名を口にした。


「お前、あの『蓮』だろ?」

「──ッ」


 一発で己の正体を見抜かれた少女――蓮は、ここに来て一番の驚愕を見せた。


「三年前は人化の術まではできなかったが、どうやら立派に成長しているらしいな」


 感心したように言う蒼耀。再度、イルマが付け足す。


「さっきも言っただろう、こいつの目を欺ける者なの滅多にいないとな。さすがに姿を見せられれば、私にもお前の本質は見抜けるがな。……狐の眷属よ」

「正確には『九尾』の、だがな」

「……ほぅ、道理だな」

 

 少女の正体に、むしろ納得できる風にイルマは目を細めた。

 

 ──九尾の狐。

 古来の中国破滅に追いやり、果ては海を越えて日本すらも滅亡させようと暗躍した、白面金毛にして九つの尾を持つ狐の大妖怪。魔術の世界とは無関係に、その名はあまりにも有名である。


「つっても、殺生石になった悪党とは別系統だが」

「とすると、もしや?」

「ああ、妹の式神だ」


 九尾の少女は礼儀正しく腰を折って頭を下げる。


「お久しぶりです、蒼耀様」

「ん、久しぶり」


 ひょいっと、気軽げに手を上げる蒼耀。まるで数か月ぶりに再会したかのような軽さだ。


「紅憐も元気か?」


 ついで、とばかりに妹の名前を出す。


「はい、お陰様で」

「それは何よりだ」


 蒼耀は手を下げると、無造作にポケットの中に突っ込んだ。


「で、どうしてお前がここに居るんだ? 別に、帰郷の報は入れて無かったはずだが」


 仮に入れたとして、出迎えの用意がされる筈はない。相手方への話は通れど、歓迎されるほどに親類としての情が残っている事は万が一にも無い、蒼耀は自信を持ってそう思っていた。


「紅憐様の指示です」

「……またなんで?」


 だからこそ、何も知らせずにいたのに使いの者が来るこの状況は予想外だった。


「それは私にも伝えられておりません。ただ「蒼耀様を見つけ次第、屋敷にお連れしろ」と承っているだけです」

「………ふむ」


(どうにも疑問だが、この場合は良しとしようか)


「いいのか?」

 それは、相手の意図を確かめずに誘いの乗っていいのか、そんなに簡単に事が進んでもいいのか、と二つの意味を込めての問いかけだった。


 たったの一言で問われたことの意味をすべて理解しつつも、蒼耀はやはり考えを変えない。気楽そうに笑う。


「回りくどい手間が省けそうで幸運ラッキーってことで」

「相変わらず、変な所で楽天的だな」

「少なくとも、身内に不意打ちかまされるほど、怨みは買っちゃいない………はずだ」


 最後の辺りにはどうにも自信が薄れていた。


(そーいや、いもうと紅憐はともかく前代宗主おやじには相当に喧嘩売ったからなぁ)


 呼び出した当人とは別の所で不意打ちをされる可能性も出てくるが、やはり大丈夫だろうと結論付ける。


(ま、相手が人間の魔術士であるなら死にはしないだろうし、イルマも居るしな……)



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