第二十九話 悪意の傀儡
超久々にこっちを再開。
相変わらずかなり昔の文章を軽く改変した程度なので、文章が今に比べてちょっとアレです。
目的地との距離が短くなるにつれて、魔力の気配がより明確になっていく。
「やっぱり、あいつかッ」
宗家の本邸はすぐ傍まで接近している。
樋上はまだ存命。ただし、先ほどに感じた時より気配の濃さが薄れている。もはや一刻の猶予もない。
「修理代は、家で負担してくれよッ」
蒼耀は突き進む方向に若干の修正を加え、目的の場所へと直進コースをとる。
目標地点は前代宗主――峰和氏の私室。捉えた気配は三つ。
「せぇいッ──」
本邸の縁側に向けて、門を飛び越えた時のような高らかに跳躍。
「──シャラァァァァァァァァッッッ!」
山なりに跳躍した蒼耀は左足は曲げて、右足は突き出す──まさに飛び蹴りの恰好で屋根に突っ込む。瓦を紙くず同然に粉砕し、目標に向けて一気に落下した。
屋根裏を貫通した先には、茶髪の少年が片手を上げている姿。魔術式を展開し、今まさに放たんとしている。
「え──」
「おるぁぁぁぁあッッッ!」
魔術を放つ寸前の少年、その眼前に床を踏み砕きながら着地した蒼耀。驚く少年に問答無用で回し蹴りを叩き込んだ。首の付け根に命中し、独楽のように回転しながら吹き飛ぶ少年。壁を、襖を突き破り、その小柄な体躯は外へと転がっていた。
「よし、ストライクだぜ」
小さくガッツポーズをとる。
「そ、蒼耀………ッ」
背後から力無い男の声。振り向けば、樋上が出血する右肩を抑えながら膝を折っていた。左の肩には、式神であるチドリが主人を気遣うように小さく鳴いている。
父親の私室は、もはや見る影もなく破壊しつくされていた。所々には焼け焦げた跡が刻まれており、書類が収まっていた棚やら、執務の為の机やら、およそ家具と呼べるものは例外なくただの屑と化していた。
……最後のとどめは蒼耀だった気もしなくもないが。
樋上の背後には、力無くうつ伏せに倒れた峰和がいた。
「おっす、生きてるかい?」
「なんとかな……。だが、峰和様が……」
己の身より前代宗主の身を案じる樋上。
蒼耀は少しだけ思案すると、峰和に歩み寄った。
「……あ、まだ生きてる」
顔の血色は悪いが、それほど重症というほどでもない。抵抗の名残か、真新しい傷が多いが、どれもが致命傷とは遠い。内包する《気》も、不足気味ではあるが命に別状はない。今は気絶しているようだ。
(とりあえず、後で紅憐に治してもらうとして。……問題はっと)
蒼耀は意識を突き破られた壁の方へ向ける。
その先から歩いてくる人影に、意識を集中した。
「酷いなぁ、お兄さん。不意打ちなんてさ」
少年――《ホムンクルス》は首の角度をあり得ない方向へと曲げながら、その顔は愉快に笑みを浮かべていた。気の弱い者なら悪夢として再来しそうな光景だ。
「せめて人型としての尊厳くらいは取り戻してこい」
「お兄さんのせいなんだけどな、これは」
少年は己の頭に手を添えると、グチャミキッと痛々しい音を立てて首の角度を元に戻した。痛い顔一つせずに首を治すその姿は、やはり異様としか言えない。
イルマに焼きつくされたはずの右腕は、記憶違いと思うほどに元通りになっていた。おそらく、少年の言う『お父さん』の手によるものだろう。
「で、人様の家で何をやっとるんだ、お前は」
「ちょっとね、お父さんの命令で『後始末をして来い』って言われちゃったんだよ。そちらこそ、お父さんの話じゃこの家とは縁を切ったって話じゃないか。お兄さんとしてはこの家がどうなっても関係ないんじゃない?」
「関係ないっていえば、確かに関係ない」
割とバッサリと言い切るも、「だけどな」と続ける。
「身内の仕出かした不始末は、身内が処理しなきゃ道理が通らないだろ」
身内──つまりはイルマの『欠片』の事を指していた。それが関係した事柄ならば、責任を取るべきなのは『それ欠片』の正当なる持ち主。
「それに、あんなのでも愛しい妹の父親なんでね」
無条件に助けを求められても蒼耀はそれに手を差し伸べるほどに正義ではないが、妹が悲しむ姿は見たくなかった。
「はははっ、お兄さんってお節介だね。この世界じゃ長生きできないタイプだ」
「よく相方にも言われる」
くしゅんっと、離れた場所で三つ頭の魔犬と戦っている最中の吸血姫がクシャミをする。
蒼耀はその光景をなんとなしに想像しながら、少年に向けて拳を突き出した。
「さて、こちらとしては、付き合うのもめんどくさくなってきたんでな。速攻で終わらせてもらう」
「できるの? お兄さんに」
挑発的な言葉の返しを、蒼耀は跳ね除ける。
「消耗しきってた昨晩ならともかく、お前程度の人形なら三分で片がつく」
それは慢心でなければ油断もない、蒼耀の正確な分析だった。この疑似人型生命体の魔術は強力だが、その程度の相手ならば蒼耀は腐るほどに戦ってきている。よほどの事がない限りは、勝ちはあっても負けはない。
「ま、普通に考えてそうだよね。万全にお兄さんに勝てるほど、僕のポテンシャル性能は高くないし」
口では自分の負けを匂わせながらも、少年は一向に余裕を崩さない。
口調や表情からは、それが『ハッタリ』なのかどうかを見抜けない。しかし、蒼耀は少年の得体の知れなさを受け止めつつ、両足に《気》を巡らせた。
先手は少年の左手から打ち出された光の線。
魔術式の展開から起動までの所要時間は一秒未満。不意打ちには最適だろう攻撃だが、魔力の根幹である《気》の感知に長けた蒼耀にとっては避けることなど容易い。
術が発動する前に、彼は軽く横へと跳んでいた。何もない空間を閃光が過ぎ去る。
「今度こそ逃がさないからな。あいつイルマの欠片、取り戻させてもらうッ!」
片足が着地してからダンっと踏み出せば、高級素材でできた畳は藁を飛ばしながら千切れ舞う。十歩の間合いは瞬時に零へと縮み、《気》が多分に乗せられた上段蹴りが少年の右肩に食い込む。蹴り足を通じ、少年の右の二の腕が折れる感触が伝わる。
少年が無防備に吹き飛んだ後に、打撃の音が響いたのではと思えるほどの早業。またも屋敷の壁を貫き、小柄な体が外へと投げ出される。
先ほどとは違い、少年が再度現れるのを悠長には待っていられない。少年を蹴り飛ばした方向に、蒼耀も後を追って壁にあいた穴を潜り抜けてゆく。
蒼耀が外へとたどり着くのと同時に、光線が放たれる。身を横に逸らし、紙一重でそれを躱すと、折れていない方の左手をかざしている疑似人型生命体に向けて突進する。
少年の表情に焦りの色は無い。右腕が有らぬ方向へと湾曲していると言うのに、痛みを感じさせない顔は不気味だ。嫌悪感を振り切るように、拳を突き出す。
「あはっ──」
バックステップで間合いを外し、岩を豆腐のように粉砕する拳は空を切る。離れ際に魔術式を展開し、上空に光の塊が複数個出現した。
「えいやっ!」
塊を起点として、光線が放たれた。光の雨が蒼耀に向けて降り注ぐ。
威力こそ昨晩に紅憐が使っていた具現矢の弾幕ほどではないが、それでも魔術を使えない蒼耀にとっては光の一つ一つが致命傷。回避に専念するしかなく、だがその速度はとてつもなく素早い。
熱線の合間を瞬時に見切り、駆け抜けながら全てを避ける。防御を捨てた絶対回避の行動は、さらに距離を離そうとする少年との間合いを狭め続ける。
光の雨を突破すれば、もはや敵は間合いの内側にまで入り込んでいた。絶え間ない笑顔の中に、若干ながらも焦りが含まれた。どうにも、今の術を完ぺきに避け切られるとは思ってもみなかったようだ。
(貰った!)
開かれた右手。五本の指にそれぞれ《気》を巡らせる。強化された握力は、鋼鉄すらやすやすと握りつぶす。人間よりは頑丈であろうとも、疑似人型生命体の表面はその握力の前には紙屑も同然。
狙いは少年の魔力の根源、『欠片』がある左胸。蒼耀は真っ直ぐに、猛獣のあぎと顎を思わせる掌低を叩き込もうとした。
──そこへ割り込む一つの影。
「────ッッ!」
蒼耀の動きが止まった。
掌低は少年の目の前に現れた『それ』の左胸に当たるが、肉体を突き破ることなく、添えられる形で停止した。
『それ』は他の誰でもない。
蒼耀の実の父親、峰和だった。
彼からすれば忌むべきであるはずの少年を守るように、蒼耀の眼の前に立ち塞がる。
蒼耀が掌低を止めなければ、間違いなくそれは父親の心臓を貫いていた。おそらく、止まれたのは偶然だ。蒼耀にとってはもはや他人ではあるが、紅憐にとってはやはり父親であること。そして他者の『生命』を奪うことへの躊躇い。
だが、その奇跡は蒼耀にとっての致命的な隙を作り出す。
「あはっ」
少年が笑みを称える
左の指先から光線を撃つ。太さ数センチの熱戦は蒼耀の右肩を貫通した




