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第二話 望まぬ帰郷


 数日前に己の名前で捜索が進められた事をつゆ知らず、蒼耀は、故郷の大地を踏み締めながら感動に震えていた。


「また生きてこの場所に来られるとは……」


 わりと冗談抜きにで、蒼耀は鼻の奥がツンっとしていた。


「なにを大げさな。来ようと思えれば何時でも来られるだろうに」


 そんな彼の隣を歩くイルマは、呆れ混じりに半眼した。


 だが、蒼耀はその言葉に異議を唱える。


「あそこで何度死にかけたと思ってやがる?」

「そうだな……」


 指折りで数えるが、両手の指でもとても足りない。


「……二十回ぐらいか?」

「そんだけ死にかけりゃぁあんまりいい思い出の無い故郷でも感無量になるわ」


 一週間前の悪夢が蘇り、蒼耀は僅かに顔を青くした。


『異界』の真っ只中で過ごした五日間の極限生活サバイバル。間違いなく、一生の中で回想したくない思い出ベスト五に入賞ランクインしている。


 ──全くの余談だが、悪夢のような思い出第一位に堂々と輝くのが、隣を歩く美女との出会いなのだが、それは本当に余談。


「もう二度と、『異界』には足を踏み入れたくないぞ、俺は」

「というか、あの『異界』が既に異常だったのだがな」


 イルマの意味深な発言に、蒼耀は眉を潜める。


「なんだそれ、どういう事だ?」

「そういえば言ってなかったか」


 一応は話しておこう、とイルマの前置きから説明が始まる。


「いくら『常世』からは隔絶した『異界』であろうとも、そこにはある程度の法則が存在している。これはわかるな?」

「そりゃ……『常識』だが」


 もちろんそれは、蒼耀達が足を踏み入れている『世界』の中での常識と言う意味。 


 世間一般では万能の秘法と思われがちな『魔術』という学問。


 しかし、学問と言う分野である限り、そこには法則が厳然として存在する。故に、魔を根本として形を形成する《異界》においても、それなりの決まりがある。常の世界から比較してみれば十分に常識を逸脱しているのだが、食物連鎖や生態系も『異』なりにちゃんと存在するのだ。

ただし──。


「それから考えると、あそこの生態系は無茶苦茶だ。強力な獣が多すぎる。おそらくだが、『欠片』の持ち主が生体実験で作り出した『もの』の影響だろう」

「あぁ、一番危なかった奴ね」


 蒼耀もまさか、一生のうちに二度までもあそこまで桁の違う相手と出会うとは考えてもいなかった。今後は一切御断りだが、果たして叶うかどうか。


「振り返ってみれば、私達が死にかけた相手の大半は『それ』だ」

「……と言いますと?」

「こと《合成魔獣キメラ》を生み出すことに関しては稀代の天才だったらしい」

「それは、研究資料を見れば分かったが」

「だが、それを制御できるほど本人の実力も伴ってなかったようだ。あの化け物ドラゴンも、とても制御が効いているとは思えにくい」

「……つまり」


 イルマの話を統合し、自分なりの結論を出す。


「作ったら作りっ放しって事?」

「結論から言えば、そうだろうな」


 絶大で無比な力を創造することはできても、それを御することが出来ない。始末しようにも強すぎて歯が立たず、残された手段は──。


「外へ放逐するしかない、か。そら、生態系なんて楽に壊れるだろ」


 安定していた生命の循環の中に潜り込んだ『異物』。それによって崩れた食物連鎖。『異物』を含めて生態系が存続するために、元から居た生物たちの生存力も上がる。それは直結して物理的な強さへと繋がる。


「事実、平均的なレベルは跳ね上がっていたからな。私達でなければ、あそこからの生還は無理だっただろうな」

「………ふむ」


 蒼耀が歩を進めながら唸った。


「何か気が付いたのか?」

「俺達レベルじゃないと生還できないサバイバル地帯」


 逆を考えてみれば。


「って事は少なくとも、俺たちより先にあの研究室にたどり着けた奴には相応の力があるってことか」

「……そういう事に、なるのかの?」


 つまりは、それだけの敵が待ち構えている可能性がある。


「やれやれ、まったく」


 本当に、前途は多難だ。憂鬱も相まって先行きが思いやられる。


 そう、奇跡的にも生き延び、日本の地を踏めたことに感動を覚えている一方で、蒼耀は非常に憂鬱だった。


 なにせ、今彼らが向かっているのは、蒼耀が三年前に捨てた筈の『居場所』なのだ。


「『欠片』の事が無けりゃあ、一生舞い戻るつもりはなかったんだけどな」

「では、他の所を当たればよかろう」

「そうもいかんだろ。俺とお前さんの推測を合わせてみると、『あの場所に俺達よりも先に侵入した奴』の行き先として最も可能性が高い」

「だが、気が進まないのだろう?」

「つまらないプライド自尊心で大局を見失えるほど、馬鹿じゃない」


 結局は自身のストレスさえ無視できればいい話。蒼耀も理屈ではそう思っている。かといって、頭だけで全てを納得できるかと言えば、答えは否。最後はやはり、鬱な気分を胸の奥に貯め込むしかないのだ。


「しかし、勘当同然に家を出たのだろう? 突然舞い戻っても取り合ってくれるのか?」


 イルマが一番懸念することを口にする。


「そこら辺は問題ない」


 どうしてか、やけに自信ありげに蒼耀は言い切った。


「前代ならともかく、当代の宗主は話が通じる筈だ」

「……例の女か?」


 途端、あからさまに機嫌を悪くするイルマ。


「……人の『妹』に嫉妬されると困るんだけどな」

「ふんっ、こればかりはどうにもならん。私の知らない蒼耀を知っていると考えるだけで、ハラワタが煮えくり返る」


 拗ねたように、金髪少女の唇が尖る。そんな可愛らしい相棒の姿に、蒼耀は嬉しいやらなやらで苦笑した。


「お願いだから、出会い頭に喧嘩腰になってくれるなよ? 一応、やっこさんの立場は一族の長なんだから」

「心得ておる。ただし……」


 ニヤリッと、イルマは異様に発達した犬歯を覗かせ、凶悪な笑みを浮かべた。


「あちらが小姑っぷりを発揮すれば分からんがなぁ」

「ほんっと、やれやれ……だ」


 蒼耀は先が思いやられる、とばかりに被りを振り。 


「なぁ、そう思うだろ?」


 誰もがいない背後に振り返り、蒼耀は問いかけた。


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