第二十二話 偽り人形
蒼耀は深く呼吸をしながら躰の調子を整え、しばらくしてから腹に力を込めて言った。
「で、いつまで覗き見してる気だ?」
「あれ? 気付かれてたんだ」
蒼耀と倒れた紅憐を照らす、生き残った数少ない外灯。その上に、一人の少年が楽しそうに見降ろしていた。
癖の無いショートヘアに、少女と見間違えるほどに可愛らしいくも美しい顔立ち。どころか、現実ではありえないほどに『美』を凝縮したような天使の笑顔。人形の様な雰囲気はイルマのそれとはまったく異なる、まさに人形その物の様な空気を纏っている。
「俺と紅憐が来る前から先に陣取ってただろうが。よそ様の兄妹喧嘩を酒の肴にしやがって。趣味悪いんだよ」
「へぇ、最初から気が付いてたんだ」
笑う少年は、しかし瞳は無機質の様に冷め切っていた。生理的に嫌悪感を呼び起こしそうな軽い笑い声に、蒼耀は冷たく尋ねる。
「──主人はどこのどいつだ」
蒼耀はとっくの昔に少年の正体を見破っていた。
彼でなければ見分けられなかっただろうが、少年の内包する《気》の性質は、純粋な人のそれとは根本的に異質だった。
「……さすがは八つの『導き手』の一角。一目見ただけで僕が人型疑似生命体って分かるんだ」
少年の感心を切り捨てるように、二度目の問い掛け。
「──もう一度聞く、主人はどこのどいつだ」
座り込んだままの蒼耀だが、その眼光は威を放っていた。蒼耀は見せかけの少年を迷わず敵対者と認識していた。
明確な殺気を浴びながらも、少年は恐れる素振りは微塵もない。どころか、相変わらず楽しそうに目を細めた。
「凄いね……。武神の宗主と戦った後なのに、まだそれだけの威圧感を持てるなんて」
質問に答えない紛い物の少年に痺れを切らした蒼耀は、循環する《気》を操作して無理やり立ち上がった。全力には程遠いが、戦える程度には動ける。
「何をするつもりかな?」
「お前をぶっ壊して核を取り出しゃ、少なくとも名前は分かる。おまえらホムンクルスの心臓には必ず創造主の名が刻まれてるからな」
「……そっか、僕を壊す気なんだね。お兄さん」
──呟いた瞬間、少年の体から魔力が吹き荒れた。
「奇遇だね、実は僕もそうなんだ」
グチャリッと音がしそうなほどに、少年の笑顔が歪んだ。いや、少年は笑みを浮かべただけだが、その幼い顔立ちからは想像もできなかったほどに醜悪な感情が表に出る。眼は限界にまで開かれ、唇は裂けんばかりにつり上がっている。さすがの蒼耀も、あまりの気持ち悪さに吐き気を覚える。
「お父さんの言いつけを守らないといけないんだよね」
「そうかい。……お父さんからねぇ」
お父さん――おそらく少年を生みだした錬金術師の事だろう。少年が見せる魔力は紅憐には届かないだろうが、少なくとも樋上ぐらいには匹敵する。それでいて人間と大差ない気配と表情の繊細さからして、一流の中でもさらに限られた人間に違いない。
(どっちにしろ、そいつの正体はおいおい分かるだろう──)
「──って、ちょっと待て!?」
少年が発する魔力から感じられた『気配』に、蒼耀は声を上げずにはいられなかった。
(この魔力の気配――まさか、あいつの《欠片》!?)
蒼耀がまさか、勘違いするはずがなかった。
彼は全ての《気》を──『生命の流れ』を正確に読み取ることが出来る。少なくとも目視できる範囲でなら、記憶違いをしない限り『それ』の正体を見誤る事はない。
だとすれば、少年を動かしている核は、まさに蒼耀達が探し求めていた物の一つ。
驚きを飲み込み、むしろ喜ばしい事態に気を取り直す。
「──へっ、目的があちら側から来るとは思ってもみなかったぜ。だったらなおさら手前ぇの核をえぐりださなきゃならないな」
「お兄さんに出来るの?」
「舐めるなよ。いくら消耗ても、欠片を核にしてるだけの人形に負けるはずがねぇだろ!」
「そうだね。正面からやり合ったら僕は勝てない。……けどね」
魔力を通した術式を展開しながら、少年は両手をかざした。手の平が向けられているのは、構えている蒼耀では無く、その背後の──。
「──ッ、まさかッ!?」
「御免ね……狙いはあなただけじゃないんだ!!」
残忍で凶悪な笑みを張り付かせたまま、少年は魔術式を発動させた。
白の閃光がレーザーの様に打ち出され、大気を焼き払いながら直進する。
敵の狙いを見誤った事もあり、反応するのが遅すぎた。蒼耀一人でならどうとでもなるが、あいにくと背後には紅憐と蓮の二人――一人と一匹が倒れている。消耗している躰で二人を抱えて離脱するには時間が足りない。
滅殺を確信した狂った笑い声が上がる。
「骨も残さず蒸発しちゃぇよ!」
「──悪いが、それは無理だ」
ドガンッと、轟音を立てて蒼耀達の目の前に壁がそそり立った。大地の障壁は灼熱の光線を見事に受け切り、それでも揺るぎなくそびえ立つ。土壁に宿るのは地の精霊。
「そっか、忘れてたよ。もう一人いたって事」
ピョンっと外灯から飛び退くのと、少年がいた場所に爆炎が届いたのは僅差だった。鉄製の街灯は融点を超える熱に溶けて散る。少年は少し離れた別の外灯の上に着地する。
「っと、怖い怖い。もう少しで壊れちゃうところだったよ──お?」
そういう少年の右腕は焼けただれ、肘から先は失われていた。だと言うのに、少年は痛がる様子はない。お気に入りの服が破けた様に、残念そうに欠損した腕の先を眺める。
「あーあ、無くなっちゃった。お父さんに新しい腕を作ってもらわないと」
「安心しろ。そんな手間は掛けさせん」
緩やかな風を纏いながら降り立つのはイルマ。表情は無であるが、瞳の奥には荒れ狂う激情が見え隠れしていた。
左手には轟々と炎が燃え盛り、隙あらば片腕の少年を消し炭にせんと狙っていた。それはまるで、彼女の静かな怒りを代わりに体現しているような激しい燃え方だった。
「その我の《欠片》は取り戻させて貰う!」
右手には風の精霊を集め、左手の炎と合わせて解き放つ。風によって煽られた劫火は渦を巻き、灼熱の嵐となって少年に襲いかかる。鋼すら融解し、どころか沸騰しそうな熱量を誇る炎の嵐を、しかし少年は遊び相手を見つけた様に笑う。
「あはッ」
先ほどと同じような白色の光線が少年の手から放たれる。だが、少し進んだ所でそれは枝分かれし、閃光の群が炎の渦を迎え撃つ。
そして大爆発。両者の魔術は威力を等しくし、相殺された。
爆音が轟く闇夜に、少年の声が遠く響いた。
「ごめんねぇ、導き手を二人も相手するほど、僕も馬鹿じゃないんだ」
爆発が晴れると、少年の姿はどこへなりとも消え去っていた。
慌てたように風の精霊に呼びかけ、周囲の探索をするが少年の気配は感じられない。
「蒼耀ッ!」
鋭い声で相棒に声を掛けるが、そちらは静かに首を横に振ってから答えた。
「悪い。疲労してる上であんなに素早く逃げられたら追いようがない」
「──ッ、………くっ」
そこで、イルマは頭に血が昇り過ぎていた事を自覚した。
「……すまん、私の失態だ」
探し求めていた『欠片』が現れたこともあったが、何より蒼耀が攻撃された事に我を忘れてしまったのだ。チャンスを待つために息を潜めていたのに、それを忘れて感情に任せて突っ走り、攻撃のタイミングを見誤るなど本末転倒だ。あの場面は小規模な術で牽制し、蒼耀が一撃を加えた所で大技を使う場面だったのに、頭に血が上って不用意な大技をかまし、あまつさえ見失うとは。
「お前の気持ちは知ってるし、焦るなって言う方が無理だ」
「だがッ……」
「チャンスはまだある。俺も紅憐も奴に狙われているらしいからな。いずれはあちらさんの方から来てくれるさ」
蒼耀はそう言って、イルマの頭を撫でた。
──こうして、この世で最も激しい兄妹喧嘩は謎の闖入者との邂逅を経て幕引きとなった。
さすがにこの後の展開が無理やりすぎる気がするので、少し考え中。過去の文章を書き換える関係上、少し更新が滞るとおもいます。でも、無理そうで時間がかかり過ぎそうだったら原文をそのまま打ち込みます。そのあたりをご了承ください。




