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第十六話 武神の兄妹


 侵入経路をそのまま戻り、蒼耀達は無事に時形家を脱出した。形跡を残さない様に心がけたので、おそらく家の者が起きても昨晩に誰か侵入したかなど毛頭考えないだろう。


 ──ゥゥゥゥゥゥンッ。


(──ん?)


 ポケットに突っ込んであった携帯端末スマートフォンが振動する。アラーム設定はしていないので、着信だろう。


「……少し離れている」


 イルマに目配せをすと距離を取り、蒼耀の話し声が届かない程度に離れた。風の精霊を操る彼女にとって、音を聞くのに距離は関係ないが、それはしないと分かっているので何も言わない。


 端末を取り出し、通話ボタンを押して耳に当てる。


「もしもし、どちらさん?」

『私です』


 …………────。


 蒼耀は一瞬、猛烈に聞かなかった事にして通話を切りたくなったが、なんとか耐える。


「………何の用だ?」


 不機嫌を表に出し、電話越しに相手に不快感を与えようと試みるが、不発に終わる。先日に分かれた時と同じような態度が返ってきた。


『兄さんに少々、折り入って頼みがありまして』

「悪行じゃないなら報酬次第で受けてやるぞ」

『そちらはまたの機会に。ただ、今回は私的な用件です』 


 そして続けられた言葉に、蒼耀の目尻がつり上がった。


「……そんな遊びに付き合うと、本気で思ってんのか?」

『場所は追って知らせます』

「おいっ!」

『では兄さん。お待ちしておりますよ』


 相手側から通話を切られ、蒼耀は乱暴な手つきで携帯をポケットに捻じり込んだ。


「誰からだ?」

「──くはッ……」

「むッ?」


 突然漏れた不気味な声に、イルマはたじろいだ。


「くははははっ、なんてこったい。めんどくさいことを言ってくれるねぇ、我が妹君は。くはっ、ふはははっ──」


 そこに浮かんでいるのは歓喜の表情。瞳からは理性の光が失われ、深い黒へと沈む。彼は自分が笑っている事を自覚出来ていないだろう。


「そうかいそうか。だったら遠慮なく叩き潰してやるよ。ふははははッッ!」


 狂笑とばかりの高らかな声が夜空に届く。


 この場に樋上がいれば、蒼耀と紅憐が兄妹であることを再確認していた事だろう。二人が上げる笑い声は、全く重なっていた。


 ──無意識な笑みは口では不平不満を上げている一方で、心の底では本気で楽しんでいる証拠。抑えきれない本心が曝け出された時に出る笑い声だった。


 彼らは間違いなく血の繋がった実の兄妹なのだ。




 ──そうして日を改めた深夜の一時を過ぎた頃か。


 閉鎖してしばらくの遊園地に佇む人影が複数。


 蒼耀とイルマ、紅憐と蓮の二組は真正面から相対していた。


 数年前の休日は、カップルや家族連れで大きく賑わったであろう。だが、今描かれている構図は和やかと呼ぶには余りにもかけ離れた、まさに点火寸前の火薬庫。小さな、ほんの小さな切欠さえあれば大爆発してしまいそうなほどに、空気は張り詰めていた。


「どーしても、やる気なのか?」


 兄の最終確認を、妹は間髪入れずに肯定する。


「……その為に、この三年間を過ごしてきたのです」

「蓮も、同じか?」

「私は紅憐様に従うのみです」


 意思の揺るがぬ主従に、蒼耀は頭を抱えたくなった。


「日本に帰ってきてから、頭痛の種が絶えませんよ、本当に」

「心中は察するよ」


 お気の毒さま、とイルマは苦笑を送った。


 完全に他人事の彼女に、蒼耀は恨めまがしい視線を向けた。


「だったら手伝え」

「さすがの私も、兄妹喧嘩に顔を突っ込むほど馬鹿では無い。それに──」


 イルマがその先を口にする前に、蒼耀は苛立たしげに声色を高めた。


「分かってるよ。ああ分かってるさ!」


 兄は憎しみには程遠く、それでも鋭い眼差しを妹へ突き付ける。


「結局は兄妹だけで白黒付けなきゃいけないって事はさ!」


 妹は蔑みとはほど遠く、それでも切れのある視線を兄へと突き付ける。


「覚悟は、できていますか?」

「そいつぁこっちのセリフだ。あの時の言葉、忘れたとは言わせなぇぞ!」


 ──武神に進んで喧嘩を売るつもりはない。


 言い換えれば、来るならば喜んで喧嘩を買おう。とも取れた。


 紅憐が受け取った言葉の裏は、まさしく蒼耀の伝えたかった事を悟っていたのだ。


「樋上には悪いが、挑んでくる以上は全力で叩き潰すぞ? どっかの誰かに覗き見させてたみたいだが、あれが本気と思ってたら冗談抜きで死ぬからな」

「そちらこそ、三年前の私と思わないでください」


 爆音さえ轟きそうなほどに、魔力の収束が波動となって風を吹き荒す。宗家の名に恥じぬ、並いる者を問答無用に平伏させる威圧感が膨れ上がった。


 蒼耀はそれまでの苛立ちとは打って変わり、嬉しそうに小さく口端をつり上げた。


「確かに、三年前とは比べられないな。くくくく……」

 

 蒼耀は不平不満を口にしながらも、やはり心の奥底では歓喜していた。妹が、三年の月日を経てどれだけのものを積み重ねてきたのか。どれほどの成長を果たしたのか。楽しみで楽しみで仕方がなかった。本人は気付いていなかったが、蒼耀は今まさに狂気を秘めたかのような笑みを浮かべていた。


 彼は四肢に《気》を掛け巡らせた。


 樋上を相手にした時とは違い、最初から全開だ。その姿勢は、妹を相手に本気で立ち回るという意志表明でもあった。


 兄の本気を肌で感じた紅憐が、叫ぶ。


「行きますよ、武神蒼耀! 武神紅憐が全力で打倒します!」

「いいだろう、武神紅憐! 武神蒼耀が全力で迎え撃つ!」


 高らかな宣言がぶつかり合い、覇気が正面から火花を散らした。


 ──ここに、世界でも稀に見る危険で白熱した兄妹喧嘩が巻き起こった。

というわけで、兄妹喧嘩勃発です。


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