第十三話 後悔に縛られる者
区切りの問題で今回は超短いです。
……ちょっと構成間違えたかなぁ、とか思っちゃったりします。
紅憐の記憶が現在に戻る。
「私が……強ければッ」
──耐えられないしな。
兄の悲しみに満ちた呟きが今も耳に蘇る。
蒼耀は、あの後二言三言他愛もない言葉を残して、武神の屋敷を去って行った。
あれから三年、彼は今日まで武神の敷居を跨ぐことはなかった。今日にしたって、明確な目的があってこそだ。
彼はもう、この家に帰ってくるつもりはない。行動がすべてを物語っていた。
後悔が胸を抉り、己への怒りを抱く。
「私が……あの時勝っていれば……ッ」
しかし、過去は不変であり、時は戻せず。結果の積み重ねが現在であり、だが先は不確定。現在を変えれば未来も変わる。
「今度こそは……間違えないッ」
その決意はしかし、彼女は気が付いているのか。
過去を後悔する事はつまり、未来への希望を捨てる事だと。
「兄さんは、私が守るんだから」
最後の最後、感情任せの呟きは無意識だった。
「宗主代理」
突然の声。紅憐は過去へ望郷からハッと我に返る。
(わ、私は今、なんと? ……いえ、どうせ些細なことです)
戻ったばかりの意識の焦点を真横へ向けると、親しみやすい笑顔を浮かべた央理。
「時形さん……」
「もしかして、お邪魔でしたか?」
「……いえ、構いません」
視線を正面に戻し一度目を瞑る。込み上げる感情を片隅に追いやり、宗主としての立場で央理に向き直った。
「何の御用で?」
「いや、特にこれと言った用事は無かったんですが。偶然通りがかってみれば、どうにも思いつめた様子でしたので」
「ご心配をおかけしたようですね」
「そこまでは考えてませんよ」
ハハハッ、と気の抜けた苦笑。
時形家は治療術にかけては、日本の中で屈指の名家。央理はその嫡男にして優秀な魔術士。彼ほどに優秀な治療術を扱える人間は、日本には数えるほどにしかいないだろう。
人当たりも良く、有能な彼は武神の者達からの信頼も得ていた。
不意に、紅憐は比べてしまう。
嫡男にして無能だった兄。
嫡男にして優秀な彼。
一族のすべてから憎しみを受ける蒼耀。
他家の者でありながら信頼を集める央理。
(こんなことを考えていては、両方に失礼ですね)
心の中で二人に謝り、紅憐は口を開いた。
「時形さん。この後はお暇ですか?」
「ええ、まぁ。峰和様の治療は、今日の分は終わりましたから」
「でしたら、もう一仕事、頼めますか?」
紅憐は、門前に立終えた十数名と、一人の治療を伝えた。
簡潔な経緯を聞いた央理は、やはり笑みを浮かべたまま驚いく。
「蒼耀さんでしたっけ? 宗主代理のお兄さんの名前は。噂に違わぬ実力の持ち主だ」
「兄の事をご存じなんですか?」
「いえ、小耳に挟んだ程度ですよ。宗主代理の耳に届けるほどの事ではありませんし」
「そうですか……」
「とはいえ、宗主代理のお話は承りました。できれば、怪我人を屋敷内に運ぶための人手を貸してもらえると嬉しいのですが」
「いいですよ。よろしくお願いします」




