乙女ゲームの制作スタッフが何を考えているか解らない件・2
2016.02.25 脱字があったので訂正
2022.04.24 『最後』と言う言葉が重複していたので、訂正
バシンという音と頬の痛みの直後、俺は自分の前世を思い出した。
ここは、王侯貴族の子女が通う王立学園。
卒業式が終わって皆が帰宅に動いている前庭で、婚約者であるこの国の第二王女リカルダに平手で頬を打たれた俺は、ラリー・ドゥ・ブランシェット。ブランシェット公爵家の嫡男である。
しかし、前世は此処よりずっと進んだ文明がある日本で生まれ育った。
そして、この世界に良く似た乙女ゲーム『メアリーのシンデレラストーリー』を遊んだ事がある。
男の俺が何故乙女ゲームをしたのかと言えば、妹に『これでもやって女心を学びなさい!』と押し付けられたからである。
攻略本片手にクリアしたが、女心が解ったかどうかは疑問だ。
さて、『メアリーのシンデレラストーリー』に於いて、ラリーの役割とは『百合ルートの悪役』である。
このゲーム、他のルートはまともなのに、リカルダルートのみ滅茶苦茶だった。
先ず第一に、主人公メアリーの性格が違った。優しくて健気で明るい少女が、冷たくふてぶてしく暗い少女になっていた。見た目は勿論変わって無い。
第二に、作中ラリーが『悪役』として振る舞うシーンは一切無い。どころか、ラリーが登場するのは、この『断罪』シーンのみである。それまでは、メアリーがリカルダに虐められたと話すだけで、それすらも、具体的にどんな事をされたのか・どんな事を言われたのか判らない内容だった。
第三に、『断罪』シーンでは、それまでリカルダルートに一切出て来なかった他のルートのヒーロー五人が勢揃いし、口々にラリーを責めるのだ。しかし、これも、メアリーが可哀相とかばかりで、ラリーが具体的に何をしたのか判明する事は無い。
第四に、EDでリカルダはメアリーと『結婚』して女王になる。攻略本の設定資料集には『同性愛は宗教上禁じられている』・『継承権は男子のみにある』と記されているのに。
そして、第五に……ラリーは、『将来の女王の配偶者を虐めた罪』で処刑されてしまう。メアリーは男爵令嬢である。虐めただけで処刑なんて事は普通あり得ない。ラリーの方が身分が低いなら未だしも。
最後に、前作とも共通している――国が同じだから当たり前かもしれないが――設定だが、『この国において、婚約中の浮気は違法である』というものがある。
つまり、リカルダがリリーを恋人にした時点で、彼女達は犯罪者なのだ。
自分達は罪を犯していると公衆の面前で自白した事に、リカルダは気付いていないのだろう。
ただ一人黙っているメアリーは、見世物に夢中になっているらしく、頬を紅潮させ・目を爛々と輝かせて口元を笑みの形にしていた。……何だ、この女?! 怖!?
「貴方との婚約は破棄します! そして、メアリーとの結婚をお父様に認めて貰いますわ!」
高らかにリカルダが宣言して、『公開処刑』はお開きになった。
「お兄様。お顔のお怪我、どうしたの?」
帰宅すると、幼い妹が俺の顔を見て泣きそうになった。……どうして、一人っ子設定のラリーに妹が?!
まあ、ゲームと全く同じで無いと言う事は、俺が助かる可能性もあるかもしれないと言う事だから、喜んでおくか。
「……溺れた人間に叩かれたのさ。大した事は無い」
「人助けをなさったの?! 流石はお兄様だわ!」
妹は一転笑顔になる。
「そうです! 私、回復魔法が使えるようになったの! 治してあげますね!」
この世界には魔法がある。遺伝するものではないので、ラリーも両親も使えない。但し、今作も前作――これはネットで知った――もメインキャラに魔法使いはいない。
頬周りの空気が暖かくなったように感じ、腫れが引いた。
「ありがとう。ミリー」
「どういたしまして」
幼い妹は得意げに笑った。
それから数日後、俺達一家は、婚約の件で城に呼び出された。
通された謁見の間で、王の到着を頭を下げて待つ。
この国の作法では、『王子』と爵位を持った貴族は立ったまま、その妻は膝を曲げて腰を落とし、爵位を持たない貴族は片膝を着き、平民は両手両膝を着く事になっている。そして、『王女』は爵位を持たない貴族と同じく片膝を着かなければならないのだが、リカルダは母上と同じように膝を曲げて腰を落とし、男爵令嬢のメアリーは立ったまま頭を上げていた。
暫くして王が現れ、玉座に座った。
「一同……面を上げよ」
全員――メアリーを除く――がそれに従い、母上とリカルダは曲げていた膝も戻す。
「この度、我が娘リカルダより、ブランシェット公爵子息ラリーとの婚約破棄を宣言された。リカルダよ。翻意は無いか?」
「ありませんわ! ラリーは私の大切なメアリーに酷い虐めを何度もしました。到底許せるものではありません。婚約解消だけでは生温い。処刑してくださいませ!」
婚約解消って罰なの?
「……ラリーよ。リカルダの言い分に相違無いか?」
「滅相もございません。私は、神に誓ってメアリー嬢を虐めた事はありません。それどころか、卒業式が終わるまで会った事すらありません」
「嘘です!」
メアリーが叫ぶ。
「私、何度も酷い事を言われたり、暴力を振るわれたりしました!」
涙を流しながら王に訴える。……それを咎める者は誰もいない。
「なるほど。では、リカルダの訴え通り」
やはり、死刑なのか! 何で、ゲーム通りになるんだよ!? おかしいだろう?! 法律何処行った!?
「死刑などありえん」
え?
「どうして解けたの!?」
メアリーが再び叫ぶと辺りを見渡した。
「貴女の仕業ね! 何て事を!」
「痛い!」
腕を掴まれ持ち上げられたミリーを助ける為、俺はメアリーの手首に手刀を食らわせた。
助け出されたミリーは、痛みと恐怖からか俺の腕の中で泣きじゃくる。
「メアリー!」
リカルダが慌ててメアリーに駆け寄り抱き締めると、俺を睨み付けた。
「ついに本性を現しましたわね! か弱い女に暴力を振るうなんて万死に値しますわ!」
「か弱い子供には暴力を振るって良いと言うのか?!」
「暴力だなんて! 立ち上がらせただけではありませんの!」
「黙れ、リカルダ! メアリーが暴力を振るったのは明らか!」
王が声を張り上げると、リカルダは王を睨む。
「この子が王様に魔法をかけたんです! きっと、思いのままに操る魔法だわ! 魔女として処刑するべきです!」
メアリーが突然そんな事を言い出した。
「何だと……?!」
魔女とは、普通の魔法使いとは違う力を源として使う一族を指すらしいが、作中で既に滅んだと言われていた。因みに、魔女は普通の魔法使いが使える魔法を使えないそうだ。
「回復魔法を使える私の娘が魔女である筈は無い! 息子だけでは飽き足らず、娘まで侮辱するか!」
父上の怒号にもメアリーは怯む事は無かった。
「本当に貴方の娘かしら?」
「妻まで貶めるとは!」
「メアリー」
俺がメアリーに声をかけると、父上は気持ちを落ち着ける為か大きく息を吐いた。
「説明して貰おうか?」
「何を?!」
「魔法使いでも無いお前が、陛下に魔法が掛けたられたと気付けた理由と誰が魔法を掛けたか判った理由について」
俺がそう言うと、メアリーの顔色がサッと青褪めた。
「そ、それは……」
「それは?」
「か、隠していたけど、本当は魔法使いなの。だから、解ったのよ!」
「そうか。なら、何故その魔法で虐めに反撃しなかった?」
「そ、それは、回復魔法しか使えないから」
「へえ? なら、どうして、俺が叩いた所を治さない? 今すぐ直せば良い」
先程手刀を食らわせた手首を指差してやる。
「魔法をかけるほどじゃないし」
「使って見せよ」
陛下の命令に、メアリーは心が折れたのか膝を着いた。
「魔女はメアリーの様だな。捕らえよ」
「止めてくださいまし! メアリーは、悪い魔女ではありませんわ!」
「魔女の冤罪をかけ、処刑させようとした者が悪く無いと申すか! 其方には失望した」
一応助け船を出してやる。
「恐れながら、陛下。リカルダ様は魔女メアリーに操られていると思われます」
「確かに、その可能性は高いな。……ブランシェット公爵の娘ミリーよ」
「は、はい」
回復魔法で痛めた肩を治したミリーは、涙を拭って答えた。
「リカルダに、魔女の魔法はかかって居るか?」
その日の夜。
第二王女リカルダは、『魔女に操られて』同性と浮気し・婚約者に冤罪を掛けて処刑させんとした事を『恥じて、自害した』。
更に数日後、魔女メアリーは、王族を操って王国を我が物にせんと企てた罪で火刑に処された。
その後の調査で、メアリーが、暴君リチャードとその王妃リリーとの娘――彼女自身は貴族に嫁がず平民となり、その孫が男爵に娶られた――の子孫だったと判明した。
つまり、前作の主人公リリーもまた、魔女の可能性が高いと言う事。
幸い、リチャード二世とリリーに息子はいなかった為、二人が『同日に病没』した後に王となったのは、王弟ジョン三世である。彼は生涯独身でありその息子の母親は不明となっているが、現王家に魔女の血が入っている可能性はゼロに近いだろう。
もしかしたら、リチャード二世が『美しい死に顔目当て』に側室やメイドを殺害した――公表されているだけでも十人を超える――のも、魔女に操られての事かもしれない。
それにしても、主人公が人を思うままに操る魔女だなんて、このゲームの制作スタッフは、一体何を考えているんだ!
ラストは、前作への感想を参考にさせて頂きました。