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公募ガイド「虎の穴」第18回『掃除機』

作者: あべせつ

第18回課題

象徴的な小道具(小道具にテーマを象徴させた話。小道具は大きなものや生物でも可)



『掃除機』       あべせつ

ぶぉーん・・ガガゴゴッ。

変な音がして掃除機のモーターが停止した。焼けた異臭が辺りに漂う。

『いやだわ、とうとう壊れた。この間から調子悪かったんだけどさあ。』と古女房の敦子が嘆いた。

『また買ってくりゃいいじゃないか』俺は朝刊から目も上げずにそう言った。

とたんに頭の上に女房の雷が落ちた。

『そんなお金、どこにあるって言うのさ。今時は掃除機だって何万円もするんだよ。あんたに、そんな甲斐性があるのかね、だいたいあんたは…』

俺は新聞を放り出すとホウホウの体でうちを出た。


現状プータローの俺に安住の場所はない。しばらくは敦子に喰わせて貰っている身の上である。反撃など出来るはずもない。

行く当てもなく懐も空である。仕方なく近所をウロウロしていると、道路沿いの粗大ごみ置き場の中に掃除機が見えた。

取り出してみると、銀色の金属製のようで、かなり重いが頑丈そうだ。何より中古の割にはきれいでヒビも壊れた痕もない。きっと新型の掃除機を買った人が、旧式のを捨てたのだろう。これならまだ使えるかもしれない。

シメシメ。俺はその掃除機を持ち帰った。

家に帰ると敦子はまだプリプリと怒っていた。

『あんた、どこ行ってたのよ』

『まあ、そう怒るな。いいもん拾って来たぞ。』俺はそう言って掃除機の電源を差し込んで、テストしてみた。ぷぉーん。掃除機は軽快な音を立てて、動き出した。試しに床のごみを吸ってみるとグングン吸い込まれていく。

『ほら、まだ充分使えるぞ』

『あんた、これどうしたのさ』

『粗大ごみんとこで拾って来たんだ。日本は贅沢だよなあ。まだ充分使えるのに捨ててさあ』

『粗大ごみぃ?あんた、私に粗大ごみを使えというの?だいたい、あんたはいつになったら働くのよ。働いて女房に新しい掃除機の一つや二つ買ってやろうとは思わないの?就職先でも探しに行ったのかと思ったら、こんな粗大ごみなんか拾ってきて…』敦子の怒鳴り声がギャンギャン辺りに響いた。


『うるさいなあ』

俺は掃除機のホースの先を何気なく敦子に向けた

『あんまりうるさく言うと吸い取っちゃうぞ』

すると、キュキュゴゴゴー。

たちまち敦子は掃除機の中に吸い込まれていった。


あっ。俺は驚いて掃除機を止め、蓋を開けてフィルターの中を覗いた。

何も入っていない。

そんなバカな。

俺は呆然と掃除機の前にへたりこんだ。

「敦子ぉ。どこ行っちまったんだよ。」

思えば良い女房だった。確かに口うるさいし

気はきつい。しかしリストラにあった俺を見捨てるでもなく、パートの掛けもちをして家計を支えてくれていた。俺が甘えすぎていた。

こんな掃除機なんか拾ってきて・・・。俺が本当にバカだったよ。敦子、やり直せるものならやり直したい。

 

俺はそう思い、部屋中のものを掃除機で吸い取った。全部、敦子のいるアチラの世界できれいにやり直すんだ。どんなとこかはわからないけど、敦子がいるなら俺も行く。

すべてを吸い取った後、自分にホースの先を向ける。キュキュゴゴゴー。

目の前に闇が満ちてきた。


二ヶ月後、音信不通になった住人の様子を見に、大家が部屋を開けた。中には家財道具一式なくてもぬけの殻。

部屋の真ん中に銀色の金属製の掃除機だけが置いてあった。

「なんだ夜逃げか。いったいぜんたい最近はこんな輩が多くて困る。」

独りごち、大家はよっこらしょと掃除機を持ち上げ運び出すと粗大ごみ置き場に捨てた。

掃除機は西日を受けてキラリと光った。

                  

                  完 


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