70 異世界に転移してラーメン作ってる俺が、ドワーフその他に囲まれてハーレムな件
最終回になります。
長い間お付き合いいただきありがとうございました。
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「ジローさんとうちの娘の分、新しい刺繍入り前掛けを仕立てておいたべさ」
港町に向かう途中、刺繍小屋に寄り道しておっかさんから新しい勝負服をいただいた。
先代のご婦人にもらった刺繍エプロンは和風と中華風の折衷というか、東洋系デザインの龍と鳳凰である。
対して新しく貰ったエプロンの刺繍は、もっと現代的デザインとでも言おうか。
青地に染めた布に、デフォルメされた麦の穂や豚、鶏、野菜のワンポイント柄が刺繍されている。
「ラーメンの素材を入れてくれたんだな。背景の青は海産物をあらわしてるのか」
「んだべ。遠くから見ても青い前掛けは目立つべさ。お客さんたくさん集められるといいべな」
おっかさんは肉まんのようなものを頬張りながら自作の説明をする。
先代と方向性は違うものの、使い手のことを考えたデザインをしやがるなこのオバサン。侮れん。
「えへへ。ジロー兄ちゃんとお揃いだべ。明るくて可愛い前掛けだなあ」
一張羅を貰って弟子一号もホクホクである。
「私が以前頼んでいたものもできているか?」
「ああ、ばっちりできてるべさ。お嬢さんによく似合うと思うべ」
白エルフ娘もなにか刺繍入り衣装を頼んでいたらしい。
おっかさんから白エルフ娘が受け取ったそれは、少女漫画風の可憐なイラストが刺繍された白く清潔感のあるエプロンだった。
「羽の生えた女の子……なんの絵だ?」
抜けるような白い肌、緑の髪、ワンピースのような薄手の衣服、ウスバカゲロウのような透明の羽根を持った少女の絵が刺繍されていた。
俺たちが受け取ったポスター調のポップな絵と違い、とても繊細である。
こんなのも作れるんだったら、かなりの腕なんだなこのオバサン。あんまりバカにするのやめておこう。
「風の精霊だ。私の守護精霊だからな」
出来上がった品物の良さに満足した笑みを浮かべながら、白娘が教えてくれた。
聞けば、エルフ娘も「異世界立ち食い満漢全席」に手伝いとして参加するようだ。エルフ料理長くんが出す店舗のアシスタントをするとのこと。
こいつはドワーフの村々を訪れる旅の途中でイベント全体の広報を行っていたらしく、あいさつに回った村々のドワーフたちがどれだけたくさん来てくれるかというのも気になるようだ。
「中々気合入れてるなお前も」
「音楽や大道芸など、演目の出演者を募集したりもしたからな。私が呆けていては快く参加を承諾してくれた演者たちに申し訳が立たない」
異世界満漢全席はもとはと言えばすみれが発案したイベントだ。
親友であるエルフ娘がその意志を継いで、大きな祭りに発展させていくつもりなのだろう。麗しきかな友情。
「さあ、会場に向かおう。父も直接そこで待っているはずだ」
凛とした表情でエルフ娘は手綱を握り直し、馬を走らせた。
こいつも逞しくなったものだよ。
☆
「あ、佐野二郎!! ここで会ったが百年目ッ!!」
港町に着いて馬車を降りるなり、変な奴に怒鳴りかかられた。
つい反射的にフグ・トルネード(下段後ろ回し蹴り。特に膝関節まわりの、肉が薄い部分を狙ったものを言う)を叩きこんでしまった。
「急に勅使河原マイケルが来たのでつい」
QMKである。
「あががががががが」
10カウントを聞く必要もないな。完全に俺の勝ちだ。ツーか弱いのに突っかかって来るなよ……。
見た目はハーフならではのイケメンなのに残念な奴。
「結局マイケルくんもエルフの旦那と一緒にこの辺の開発に関わるのかい」
「ええそうなんですよ。私は今回のお祭りの後、また売ったり買ったりの旅に出ますけど、マイケルさんはこの港町にとどまって『でぱあと』の完成を目指すようですね」
一緒にいたコビット女に俺は事情を聞いた。
エルフ族の仕切りにより、この港町には商店集合体ができる予定だ。
この世界の多種多様な種族、どの種族が買い物に来ても満足できるレベルを目指すというのが大きな目標らしい。
「いろんな店が集まれば集まるほど、お互いに客を奪い合って共倒れにならないかが俺は心配だがなあ」
「私も同じ心配を持っていました。けれどマイケルさんいわく、客層の異なる店を配置することでそれは回避できるとのことです。特に高級志向の店、予約が必要なくらい希少価値の高い商品を取り扱う専門的な店をどれだけ集められるかが重要だと言っていました」
広い大陸の中で、原産地の他にはこの港町でしか手に入らないような品物をどれだけ揃えられるか。
その商品の魅力をどれだけ大陸中、あるいは海を越えた島々にアピールできるか。
マイケルは異世界デパートの成功の鍵はその辺にあると踏んでいるようだ。
確かにせっかくだったら珍しいものをいろいろ置いたほうが足を運びたくなるしな。
「お前もそれなりに頑張ってんじゃん」
地面でのた打ち回る勅使河原マイケルに優しく声をかける。
KOした張本人は俺なんだがな。
「う、うう。エルフの大旦那さん、土地は余ってるみたいだからテナント料がクソ安く設定されてるんですよ。これなら出店する側のリスクが低いっていうか、けっこう攻め攻めで行けると思うんで。高級専門店街は絶対欲しいと思ったんです。この大陸、珍しいものを作ってる村は点在してるけど、それを集中して売ってる場所はないんで……」
悶絶しながらも頭の中は仕事の成功に向けて必死に動いているらしい。
哀れな企業戦士だ。
俺も同類だと周りから見られてるのかな。
「首都圏はテナント賃高すぎるよな。勘弁してほしかったぜ」
日本にいたとき、自分の店を持つ前段階で色々調整した日々が懐かしい。
店を持つのに必要な契約だからとなんとか頑張って話を成立させたが、あまり同じことを繰り返したいとは思わんな。
「そうですよ! だからあんたの次の店長候補、しかも確かなラーメン作りの腕まで持ってる人材なんか全然見つからなかったんだ!! 僕の無賃金残業時間を返してくれ!!!」
藪蛇つついちまった。くわばらくわばら。
マイケルの相手はほどほどにして、俺は満漢全席会場の予定地である広場に向かった。
しかしこいつ、異世界に飛ばされたことや駅のホームから落ちて死に掛けたことよりも、仕事自体がうまく行かなかったことに腹を立てている印象だな。
ひょっとすると俺より仕事にとりつかれていると言うか、ビジネスに感情移入するタイプなんじゃなかろうか。
情緒不安定のようでもあるし、先行きが心配になる若者だな。
☆
「お久しぶりでございますジローさま。お元気そうで何よりです」
会場に着くなり、エルフ料理長くんが再会の喜びを伝える。
「おう久しぶり。悪いが勝ちに来たぜ。筋のいい弟子もいるしな」
「エルフのおにーさんも強敵そうだけんども、うちらのラーメンは負けねーべさっ」
師弟共に気合を入れ、会場を見渡す。
円形の大きな広場が立ち食い満漢全席の会場である。
会場外周エリアに各種族の店舗スペースがあり、ぐるぐる周って歩きながら飲んで食って騒いでということを気ままに楽しんでもらう祭りだ。
会場中央には音楽や大道芸の縁者のための舞台が用意されている。
その舞台に一人のエルフ男性が立ち、祭り開催の挨拶を行うようだ。
もちろんその挨拶の主は俺も知る白エルフの旦那である。
「お集まりのみなさま。まずは私どもの企画したこの祭りに参加してくれたこと、誠にありがとう。山海の美味を大いに食べて飲んで、楽しんで行ってもらいたい」
普通に喋っているようにしか見えないが、その声は会場中のいたるところにハッキリと響く。
見ると傍らに白エルフ娘が立っていた。
おそらく風の魔法を上手く使ったか何かして、音を周囲に響かせているのだろう。
「そして、ここで一つ大きな知らせがある。長らく私たち白エルフが住む大陸に足を踏み入れることのなかった黒きエルフたちが、今回の祭りに足を運んでくれた。これから、私たち白の民と黒の民は、お互い助け合い支え合いながら理解を深めていきたいと思っている」
白い旦那がそう発表したと同時に、二人の黒エルフが登壇する。
黒エルフ族長の息子、長男くんとその妹である黒エルフ娘だった。
「おおお、黒エルフが……」
「紛争もずいぶん昔の話だもんな」
「黒い連中も付き合ってみると気持ちのいい奴らだぜ。俺たち仕事であの島にたまに行くから知ってるんだ」
集まった観衆の中から、驚きや感嘆の声が無数に出てくる。
久しぶりにあいつらの顔を見たが、二人とも元気そうだな。
「今日は大陸の美味しいもの沢山食べられるって聞いたから遊びに来たんだ。みんなオススメがあったら教えてね~」
「俺らも美味い魚いっぱい持って来たんで、格安で皆さんにご提供するっス。ぜひとも俺らの店にも足を運んでほしっス」
妹と兄の口上を、会場にいるすべての種族が大歓声を上げて迎えた。
黒エルフがここにいるということに悪感情を持っているものは、ほとんど存在していないようだ。
「あるじとお嬢さまは約一年かけて必死で各地を回り、各種族の協調、そして黒エルフと手を取り合うことの重要性を説いて回っていたのでございます」
料理長くんがそう教えてくれた。
俺がラーメン作って弟子に仕事を教えている間に、世界は確実に変わっていったのだ。
「黒エルフの島で獲れる魚は美味いからな。強敵出現だぜこりゃ」
「ええ。そして彼らだけではございません。昨年の立ち食い満漢全席で大好評を得たドワーフの炭火焼き名人、獣人の果実料理や虫料理と飲み物。この二勢力はなお多くの愛好者を抱えております。エルフからも当方の料理店の他に、菓子専門の店舗が参戦する予定でございます」
そのほかにも大勢立ち並ぶライバル店たちを見渡し、瞳の中に青い炎を燃やす料理長くん。
「あ、私たちコビット族も小さいお店だけどパン屋さんやるんで、よかったら食べてってください」
コビットの商人女も会場に来てそう言った。
ためしに揚げパンの試食を貰ったが……もっちもちですげえ甘い!
表面はサクッと揚がっているが、中の生地はとても心地よい弾力と歯ごたえ。
そして全体をコーティングしている蜂蜜風味の甘いソース。
甘いものが好きな奴にはたまらない逸品だと思うぜ。
紅茶と合わせれば確実に最強だ。
さすがに麦類の品質には絶対の自信を持ってるだけあるな。
つーかこれ、ポンデ○ングにそっくりなんだが。
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「ううむ、ジロー。これは厳しい戦いになりそうな気配なのである」
食品工房の親方と、ドワーフ村食堂のおばちゃんたちも何人かがこの祭りに参戦している。
村の物産をアピールする絶好の機会なので、両者がタッグを組んで俺のラーメン屋とは別に、あくまでも村の代表と言う形で店を出すのだ。
「そうだな。一筋縄じゃ行かねえ相手ばかりだな……ククク、楽しくなってきやがったぜ」
魂に火がつくのを感じた。
本来、料理の腕なんて競うべきものじゃない。
食ってくれる相手が幸せになってくれりゃあそれが最終到達点なので、誰がどれだけ美味いモノを作ったという細かな過程はあまり重要じゃないのかもしれない。
しかし、これだけ一つの場に美味いモノが揃い、美味いモノを食いたがってる客が集まっているのだ。
これで燃えてしまうのは、もう理屈じゃねえよな。
「強敵だらけ、しかし最後に勝つのは俺のラーメンだ!」
「おーっ!」
景気良く大声を出し、弟子一号と共に必勝を誓う。
その直後だった。
「それは無理。だって勝つのはアタシのラーメンだから」
俺の背中に、一人の女が声をかけた。
「なんだとお? 面白いことを言うねーちゃん……だな……」
振り向いた俺と弟子一号、料理長くんが言葉を失って固まった。
まるで幽霊でも見たかのように。
それも当然だった。
この世界にいるはずのない、日本でラーメン屋の仕事に戻っているはずの、青葉すみれの姿がそこにあったのだから。
しかも、なぜか全身ずぶ濡れで。
「なんでアタシ、この世界に来るときは決まって水難に遭ってるのかしら。さっきそこの浜に打ち上げられたのよね……」
「なななななな、なんでお前がここにいるんだ!!!」
「夢うつつの状態だったからはっきりわかんないけど、なんか龍の神さまの計らいでお祭りの間だけこっちの世界に引っ張られたみたい」
なんてテキトーな神どもだ。なんてテキトーな世界の理だ。
「ス、スミレ……スミレなのか……!?」
舞台中央で挨拶をしていた途中だったが、すみれの姿を見るなり取り乱してこっちに駆け寄ってきた白エルフ娘。
「うん、正真正銘アタシだよ。さっそくで悪いけどさ、アタシもお店構えたいから、手伝ってくれると嬉しいな」
「わ、わかった! なんでも用意する! なんでも言ってくれ!! 私は主催者の娘だからな! 無理を通そうと思えばいくらでも通せる!」
あまりカッコよくないことを言いながら、すみれの店準備をするために白娘は飛んで行った。文字通り風の魔法を使った大ジャンプで。
「佐野。あのコ前にも増してキレイになってたけど……なんかあった?」
冷ややかな目で俺を見るすみれ。
「ん、知らねえな。なんのことやら」
しらばっくれる俺。
「ジロー兄ちゃんとエルフの姉ちゃんは、お屋敷のお風呂で大人の関係になっちまったべさ。うちがジロー兄ちゃんの弟子になっていずれ略奪する予定なんだけんど」
全部暴露してしまう弟子一号。
「え、ちょっと聞き捨てならないんだけど!? アイツとジローがどうなったの!? ジローが次にうちの島に来た時は、絶対帰さないつもりなんですケド!!」
乱入する黒エルフ娘。
「ああもう、知らん知らん知らん! とりあえず今はラーメン作るんだっつうの! なあ料理長くん! 俺たちは料理に生きて、料理に死ぬ! 魂の料理人だよな?」
色々矛先が向いて来てワヤになりそうだったので、料理長くんを巻き添えにしてうやむやにしよう。
「ジローさま」
「なんだよ」
にこやかに笑いながら料理長くんは言う。
「料理勝負が終わった暁には、男同士、拳で決着をつけるというのはいかがでしょう。それで真の勝敗が決まるのではないかと当方は愚考します」
「やだよ! お前ツエーもん! 死ぬわ! ツーかなんでそういう話になる!」
ブーメランがあっていいところ互角、無ければ首の骨を蹴り折られる未来しか見えん!
こいつ、俺を殺したいと思ってたのか?
「なんだなんだ、佐野二郎を殺す話かい? 僕も混ぜてくれ!」
急にマイケルが来たので軽く金的に前蹴り。
「ジローの周りは相変わらずいろいろわけのわからない連中が寄って来るなあ」
「なんにしても楽しそうじゃねえか」
遠巻きで見物していた猫舌くんとトカゲ船長の無責任な声が聞こえる。
「しかし、天に意志というものがあるのなら彼をこの世界に招いてくれたことを感謝しなくてはね」
「好き勝手やってるようにしか見えないっスけどね」
白エルフの旦那と黒エルフ長男くんの声だ。
「あのジローさんって何者なんですか?」
コビットの女商人が、居並ぶお歴々に尋ねた。
その質問に対してドワーフの猫舌くん、トカゲの船長、白エルフの旦那、黒エルフの長男くんが声をそろえて、こう言った。
「「ラーメン作るのが上手い、ただのバカ」っス」
そう、俺はそれだけの人間だ。
だからこんなわけのわからないハーレム状態はごめんこうむりたい。
とりあえず自分に恥じない、誰にも負けない、とびっきり美味いラーメンを今回も作りたいだけなんだ。
完
次回作も頑張りたいと思います。
そのときはぜひともアクセスお願いいたします。




