69 異世界でラーメン屋を開いたが、常連客がドワーフしかいない
アクセスありがとうございます。
次回で最終回です。
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朝になって、エルフ娘は早いうちに次の村へ出かけて行く。
もちろん他のドワーフの村を回り、エルフ側からの事業提案書を出したり、代表者たちとの交流を深めるためだ。
村から男女一人ずつのドワーフが、護衛兼世話係として同行することになった。かかる費用はエルフ側から出るのでボランティアではない。
「帰りにも寄ると思うが、体を壊さない程度に食堂の仕事を頑張れ」
身支度を整え、馬車の手綱を握りながら白エルフ娘が言う。
「おう。途中でなんか面白い食い物見つけたら買ってきてくれや」
こうしてエルフ娘を見送った俺は、この世界に流されてきた当初と同じくドワーフ村での調理人生活を再開したのだった。
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「ジローさあ、食堂の一角をジロー専用の店みたいに構え直して、ラーメン屋を開いてみない?」
ある日の夕食後。村の食堂でいつも通りメシを作り、いつも通り片付けものを終えた俺に猫舌くんがそう提案してきた。
「いきなりな話だな」
余ったメンマを肴に飲みながら俺は猫舌くんと話を詰めるために席に座りなおす。
今の俺はあくまでも食堂のいちスタッフとしてドワーフのおばちゃんたちと共に料理をつくているだけの状態だ。
その日のメニューの中にラーメンを入れたり、個人的に頼まれてラーメンを作ることはあるが毎日毎日ラーメンばかり作っているわけではない。
「そうでもないよ。奥地のドワーフがエルフの領域に行く用事が増えれば、ここは中継地点になるだろ? 普通の食堂と、村の名物的なラーメン屋と二段構えの方がお客さんがたくさん来てくれるって思うよ」
嬉々として自分の案を話す猫舌くんの目は強く輝いている。
そう言えばドワーフと黒エルフは仲直りをするべきだと言い出したのも彼だった。新しい儲け話を考えたり始めたりするのが好きな性格なんだろうな。
「これからドワーフの出入りや移動が増えるのか。だったら面白いかもしれないな」
「だろ? 村のほうで場所を貸して改修費用を出す代わりに、村の住人相手にはラーメンの代金を割引するってことならいいんじゃないかって、村長たちも好印象を持ってくれてるんだ。もちろん儲けたお金の中から、かかった費用を少しずつ村に返すことになるけど」
知らないうちにそこまで根回ししてるのかよ。
俺もこの村でラーメン屋を開くことができるのは願ったりかなったりだった。村の方針とも合致するなら断る理由はない。
「わかったよ。そういう方向で村長とじっくり話してみるわ。いい話を持って来てくれてありがとうな」
「いやいや、村が楽しく盛り上がるのが俺はなによりだからさ」
俺の礼に屈託ない笑顔で答える猫舌くんが、いつもより格好良く見えた。
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「念願の、自分の店を、手に入れたぞ!」
しばらくのちに食堂内の改装が終わり、一番端っこの区画に俺の店舗スペースができた。
イメージとしてはフードコート内の一店舗に近い。
大きな食堂、メインの厨房で食べたいものを頼むもよし、俺の店でラーメンを頼むもよし。
品物を受け取った客は、そのまま大食堂の好きな席に座って食事を楽しむわけだ。
「とうとうジロー兄ちゃんも一国一城のあるじだべな!」
「お前が筆頭家老になるわけだから気合入れて頑張れよ」
朝早く、俺は横に立って気合を入れるチビに発破をかける。
そう、俺は一風の娘であるクォータードワーフのチビガキを、この店のバイト兼弟子一号として雇うことにしたのだ。
毎日というわけではない。数日手伝ってもらい、数日は刺繍小屋に帰って母ちゃんと一緒に過ごしてもらい、ということを弟子一号は繰り返す日々を送ることになる。
「お前は鋭敏な舌と鼻、並外れた味の記憶力はあるがまだまだ知識や経験がない。一方俺は料理の知識や経験はある程度モノにしているが、お前ほどの鋭敏な感覚も記憶力もない。お互い力を合わせて美味いラーメンを作って行こうぜ」
「う、うち、頑張るべさっ」
数年経てば、エルフの港町が再開発されて俺はそっちの店の面倒も見なければならなくなる。
それまでに弟子一号がなんとか半人前以上になれば、二店舗をまたいだ経営もやりくりできるのではないかと思ったのだ。
「うちの村には主に3つの水源があって、動物系スープ用に使う水と、植物系や魚介系スープに使う水、そして麺の練りに使う水とを俺は分けて使ってる。スープ用の骨は食堂で出た残りとか、屠殺場に行けば分けてもらえるからとりあえずそれを貰いに行くか。食品工房でも親方たちが燻製とか塩辛作ってるんで、動物の骨が残滓として出ることがあるな」
俺は小さい大八車のようなものをチビと二人で曳いて、各所を回ってスープ素材をかき集める。
すべてがすべて無料で分けてもらえるわけではない。必要に応じて代金を払う。
「ずいぶんたくさん使うんだなあ」
大八車に山と積まれた骨の束を見て、チビガキは目を大きく見開いている。
「俺のいた世界の話だが、ラーメンにかかる材料原価は結構高いんだ。手間賃や場所代も考えたら、本来それほど利益の上がる商売ってわけじゃないんだよな」
「それでもみんな食べたくなるし、作りたくなるくらい愛されてるってことだべ?」
言おうと思ったことを先回りして言われてしまう。
「その通りだ。だからお前もせいぜい誇りを持ってラーメン作りに励むんだぞ」
「身が引き締まる思いだべ」
集めた骨はさまざまな種類の動物に由来するものだった。
二人でひたすら下処理を終えた出汁素材を、いよいよスープをとるために煮込む。
豚、鶏、それ以外と大まかに鍋を分け、鶏は弱火でコトコト煮込んでいく。これは流儀と言うか流派にもよるが、俺は弱火で煮出した透明度の高いスープを好んでいる。
豚骨も旨味は出しつつ白濁しない程度に、弱火でコトコトやる。
その間に具のチャーシューも用意。
今回は焼き豚ではなく煮豚にしよう。
日本のラーメンにはオーソドックスな醤油ベースの味付け煮豚。
豚を煮た調味料はラーメンスープの醤油ダレにも使えるし、無駄がなくて良い。
弟子一号の初仕事でもあり、新装開店した俺の店の一発目のラーメンでもある。
基本や王道に忠実で、丁寧な仕事を心がけよう。
弟子がこれから仕事を覚えるというのに、荒いやり方で覚えられても困る。
「実際の開店は昼だ。今日はお前の教育も兼ねて下準備からみっちり丁寧にやるぞ。お前もお客さんが入りはじめたら、笑顔で元気よくな」
「はいっ!」
いい返事だ。
こいつをバイトとして雇うことは少なからぬ迷いがあったのだが、嬉々として働けるならやはり正解だったな。
段階を踏んでおいおいいやっていくことにしよう。
時間はある。小さいながらも使いやすい店舗がある。
素直で優秀な弟子もいる。
そしてラーメンを美味い美味いと食ってくれるドワーフたちがいる。
「に、兄ちゃん。どっか痛いんだべか?」
「あ? 別に何も痛くも痒くもねえが……」
弟子一号に指摘され、俺ははじめて気づいた。
自分の両の眼から、大量の涙があふれていることに。
「多分あれだ。タマネギだ」
「タマネギ刻んだのはずいぶん前だべさ。今頃になって涙が出るなんて聞いたことないべ」
「ここのタマネギは時間差で来るんだよ」
「そっかあ。うちも気を付けねっとな……」
「それよりちょっと親方のところに行って、ごま油を買ってきてくれ。少なくなってたのを忘れてた」
チビ弟子を追い出した俺は、数十秒だけ身動きせず、ただ泣きつづけた。
やっとここまで来た。
不思議な世界に飛ばされて、ここがどんな世界なのかと少しばかりの旅をして。
色々な体験をし、色々なものを見て聞いて食べて、それでもラーメンが好きな俺自身はなにも揺らがずにここに立っている。
食堂の一部を間借りしているという小さい城ながらも、自分の店を持ってラーメンを作っているんだ。
一度失ったはずの命を拾ってもらい、それでも自分の好きなことをさせてもらっている。
運命の力なのか世界の理なのか神の意志なのか精霊の加護なのか、そういうものがどれだけ働いているのかはわからない。
しかし確かなことだと実感しているのは、この世界に流れてきた俺にいろいろ良くしてくれたドワーフたちや旅先で出会った様々な種族の、みんなのおかげだ。
これからもラーメンを作ろう。
美味いラーメンを作ってみんなに食べてもらって幸せになってもらいたい。
そのために俺の命を使い切るんだ。
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「おお、ここがジローの店か」
「開店おめでとさん」
「あんまり大きくないな」
「なんだよ、お品書きは『本日のラーメン』しかないのかよ」
昼飯時になり、村内及び近場で仕事をしているドワーフたちが食堂に雪崩こんできた。
新しく間仕切りされた俺専用の厨房と、商品受け渡しカウンターをじろじろと見て遠慮のない意見を口々に述べている。
「い、いらっしゃいませっ。ご注文は何にするべか?」
多少の緊張と精一杯の笑顔で、チビ弟子一号が接客する。
「何にするもへったくれも、ラーメンしかないだろうこの店」
「ウサギ肉のラーメンはないかな」
「食べたら心がぴょんぴょんしそうだな」
「可愛いお嬢さんを雇ったなあ」
「ジローにそんな趣味があったとは意外だ」
趣味とか関係ない。やる気があるみたいだから採用しただけだ。
口々に勝手なことを言いながら、何人かのドワーフたちがラーメンを注文してくれる。
食堂でおばちゃんたちが作る他の料理と、俺の作ったラーメンの大盛を一緒に食べる豪の者もいる。
「やれやれちょっと一服。アタシたちもここのラーメン食べさせてもらおうかね」
「ラーメンは一つの器で食事が終わるから便利よねえ」
「こっちも具だくさんスープとか新商品に入れて対抗しようか」
交代で休憩を入れている食堂のおばちゃんドワーフの何人かも、俺のラーメンを注文してくれた。
小さい村だから千客万来というほどではないが、初日の滑り出しとしては好感触だ。
「ひっきりなしにお客さんが来て、忙しいなあ!」
長い間母親と二人の暮らしを送っていた弟子一号は、客の多さ、作業の多さに目を回している。
「なんだ、この程度で音をを上げたのか? 人気のラーメン屋なんてこんなもんじゃないぞ」
向こうに帰ったすみれはもうラーメン作りの仕事に戻れただろうか。
もしそうなら元々人気者だったあいつのことだ。文字通り目の回るくらい忙しい日々を送っているだろう。
俺も負けていられないな。
☆
ドワーフの村で簡素なラーメン屋を開かせてもらい、数か月が経った。
ドワーフが生息するエリアのど真ん中に位置する村なので、商連客にドワーフしかいないのは当然のことではある。
しかしここ最近で変化があった。
他の村からエルフのエリアに出稼ぎに行くドワーフたちが、途中の休憩所としてうちの村にたくさん寄ってくれるようになってきたのだ。
「猫舌くんの思惑通りになったなあ」
「だろ? 港町の再開発も、黒エルフの島の仕事も、とにかくこれからたくさんの労働力が必要になるからねえ。あとまあ、きっと一度くらい狭間の里の残存勢力と抗争があるし……」
昼の繁忙時間を終え、俺と猫舌くんはしみじみと今の状況を話し合っていた。
大陸の奥地と海側でドワーフ、モノ、金が大きく流動している。
その動きの真ん中にこの村は存在しているのだ。
「ジロー兄ちゃん。ラーメン屋で使ってほしいって、小麦粉を売り込んできた人がいるべさ」
弟子一号が商談の来客を告げる。
「マジか。とりあえず会うわ。お茶とお茶菓子を用意してくれ」
「あい、わかったべ」
俺のもとに訪れた商談客は二人組だった。
一人は背の低い、耳が少しだけ長い女。
顔つきや体つきを見るからにドワーフではないが、エルフでもない。もちろん俺たち人間とも違う種族だろう。
「お初にお目にかかります。私はコビット族の旅商人でして、このたびぜひともドワーフさんたちの間で噂になっているこのお店の料理に、うちの小麦を使っていただけないものかと相談に伺った次第です」
「どうもどうも。店長のジローです」
お互いに挨拶し、握手を交わす。
指輪を捨てる旅に出ているわけではなく、普通に商人のようだ。
コビット族というのは農業、特に作物の品種改良に秀でた種族らしい。
おそらくメンデルの遺伝の法則を理解しているんだろう。
「誠に遺憾であるが、我が村近辺で用意できる小麦とは品質の差が雲泥なのである。大麦麦芽も持って来てくれたようであるが、これなら酒の原料として理想的なのである」
同席して話を聞いている親方も、相手が持って来た品物の質の高さに賞賛を与えている。
それと、もう一人。
商人コビットの相方は、普通に背の高い男だった。
高いと言うか俺と同じくらいだ。
フードつきマントに身を包んでいて、体型容姿等の情報はわかりにくい。
しかしその彼が俺を見るなり、声を震わせて、言った。
「こ、こっちの世界でラーメンを作っている人がいるという話を聞いてまさかとは思いましたが……ジローさん、日本人ですか!?」
「そうだが……ひょっとして」
フードを外したその男は、白い肌に色素の薄い茶色の髪、琥珀色の瞳にすっと通った高い鼻筋をしていた。
日本人に見えなくもないが、どことなく欧米人にも見える、そんな顔をしていた。
こいつも、飛ばされてこっちの世界に来たクチか!?
「ああああああ! やっと! やっと元の世界の『ヒト』に会うことができた!!! 僕は日本人とアメリカ人のハーフで、東京でサラリーマンをしていた勅使河原マイケルと申します!」
泣き出しそうに喜んで俺に抱きつく勅使河原マイケル。
やめて。男に抱かれて喜ぶ趣味はないんだ。
「マイケルさんは元の世界でも商人のような仕事をしていたようで、私たちコビットの特産品をこうして売り込む旅を発案し、実行してくれたのです」
男二人が抱き合っている様子を見て、コビットの女がいい笑顔をしながら言った。
こいつ腐ってんのか。
「マイケルくん、商社に勤めてたのか」
「食品系の卸会社でした。自社グループで飲食店を実際に開業するプロジェクトを進めている途中、激務がたたって駅のホームから線路に落ちてしまって……」
何そのやけにリアリティのある悲劇。痛くて聞いてられない。
「そいつは災難だったな……」
「元はといえば、その飲食店舗の店長候補だった人が突然失踪してしまって僕の仕事が増えたのが原因なんですよガッデム! 新しい店長候補を探すことも、仕入れ先との折衝もなんでもかんでも僕の方にしわが寄って来たから! 入社して間もない僕に! ファック!」
Fワードはやめたまえ。お里が知れるぞ。
「なんで失踪なんかしたんだろうな、その店長候補とやらも」
「わかりませんよ。せっかく自分の店が持てるチャンスだっていうのに……あ、ところでジローさん、苗字は何とおっしゃいます?」
俺を苗字で呼ぶすみれがいなくなってしまってから、俺はこっちの世界で自己紹介するときにジローとしか名乗らない習慣ができてしまっていた。
しかしマイケルくんのように東京からこっちに飛ばされてきた人間が相手なら、フルネームで自己紹介し合うのが自然だな。
「ああ、上の名前は佐野だよ。佐野二郎。にんべんに左、野原の野、数字の二、郎は月じゃなくておおざとの方の郎」
「ああ、β(ベータ)みたいな方で書く『郎』ですね。わかりました……って、佐野二郎!?」
俺のフルネームを知り、気色ばむ勅使河原マイケル。
「そうだが。別に珍しい名前じゃないだろ」
実に日本人的でシンプルイズベストな本名だと昔から自画自賛している。
「お、お前が失踪した佐野二郎かーーーーーーーーッ!!!! お前のせいでプロジェクトがどれだけ混乱したと思ってるんだーーーーーーーーーッ!!!!!!」
号泣激怒しながら勅使河原マイケルが急に殴りかかってきたので、思わずマス大山ばりの正拳突き中段をカウンターでみぞおちにぶち込んでしまった。
「うぉぁぁぁぁ……」
悶絶し、床に倒れ込む勅使河原マイケル。
そうか、こいつは俺が元の世界で関わっていたラーメン店の親会社の人間だったのか……。
「おやおや、浅からぬ因縁のご関係のようで。しかしそれが氷解したとき、二人の間に真の絆が生まれるのですよね」
腐ってるコビット女は黙っててほしかった。
しかしまあ、そんなにひどい仕事だと思ったら自分で見切りや調整をつけて、無理を抱え込まないようにすりゃいいものを。
ちゃんと休んだり病院に行ったりとかな。
こいつも仕事中毒なんかな。俺がいなくなってからも、日本の社畜は救われてないんだろうか。
☆
悶絶している勅使河原マイケルを放置安静の状態にしておいて、俺や親方はコビットの持ち込んだ品物をいくつか買い付ける約束をした。
「私たちは普段それほど他の種族さんと、敵対もしなければ親密にもしない伝統を保っていたんですけれどね。これから大陸は変わっていく気配がありますから。マイケルさんもこれでいて商人としての目の付け所はいいんですよ。だから積極的に産物を売り込んでいこうと」
商談がまとまり、ホクホク顔で語るコビット女。
商人としての勘が良い悪いはともかく、激昂していきなり相手に殴り掛かる情緒不安定ぶりはどうにかした方がいいと思うぞ。
「じゃあそのマイケルくんに向いていて、コビット全体の得にもなりそうな商売を紹介するよ。俺が書いた手紙を持って森の中にあるエルフのでかい屋敷を尋ねるといい」
俺は白エルフの旦那宛て紹介状を書いてコビット女に渡す。
勅使河原マイケルの存在がなにやら面倒臭いと思ったので、旦那の方に押しつけたというわけではない。
あくまでもいいビジネスのためだ。
卸売関連のサラリーマンがいれば、異世界デパート創立計画も一気に進むんじゃねえかと思うしな。
「おお、エルフ種族の重鎮の方に取り次いでもらえるとはありがたいです。エルフの方々は小麦や糖蜜を使ったお菓子を好んで食べると聞きますからね。私たちの商品を大々的に売り込むいい機会をいただけました」
旅に出て良かった、と心底嬉しそうにコビット女は言った。
「せいぜい頑張って稼いでくれ。あと、米が安く量産できそうならすぐに教えてくれ」
「はい。稲を水耕して作る『米』ですね。こっちの大陸では作ってる種族が少ないですからね。見通しが立ったらすぐに連絡しますよ」
コビット女と勅使河原マイケルは行商の旅に戻って行った。
☆
新たな店を持ち、新たな出会いがあった。
日々めまぐるしく俺のラーメン屋生活は続いていく。
弟子一号も、砂が水を吸うようにラーメン作りや接客の基本を学んでいく。
時が過ぎ、そして訪れた祭りの季節。
エルフの港町で開催される「異世界立ち食い満漢全席」と、その少し後に黒エルフの島で行われる「龍神祭祀」に俺と弟子一号は参加する支度をしていた。
「港町に行くのだろう。乗って行け」
ドワーフの村々を渡り歩いて様々な交渉をしていた白エルフ娘が、その帰り道に俺たちの村に寄ってそう言った。
「ちょうどいいときに馬車が来てくれてありがたいべな。エルフのおねーちゃん久しぶりっ」
再会を喜び馬車に乗り込む弟子一号。
「ああ、元気そうだな。少し背が伸びたか。まさかとは思うがこの男に色目を使っていないだろうな」
「誘惑しても全然相手にしてくれねえべさ。うちが何年か経って超絶美人に成長したときに泣いて悔しがっても遅いって言ってるんだけども」
「ははは、あまり調子に乗るなよ」
女二人、笑いながら見えない刃物でけん制し合っている。
あんまりこの馬車、乗りたくねえな。そうも言ってられないんだが。
馬車が出発し、俺たち三人は港町へ向かう。
異世界満漢全席で使う材料や機材は、すでに送ってある分と港町に着いてから用意する分とがある。そのため俺たちの旅荷物自体は少ない。
そのため馬車の座席にも多少の余裕があり、弟子一号はリラックスしておしゃべりを続けている。
「なあなあ。ジロー兄ちゃんは言葉とか態度はぶっきらぼうでそっけないけんど、料理してるときの手つきや道具の扱いは凄く丁寧で優しいべな」
「そりゃあ、商売道具や材料は大事なもんだからな。それのおかげで金を稼がせてもらってるんだから」
前に一度、狂ったエルフの刃物から身を守るのに、鍋を盾代わりに使ってしまったことはあるが。
「うち、いっつも思ってるべ。こんな手つきで大事にされたら、優しく抱いてもらったらどんなに幸せだろって……」
「離れろ鬱陶しい」
俺の手や体にすりすりと寄ってくる弟子一号の顔を手のひらで押しのける。
そんなことをしていると、グワォンと勢いをつけて馬車が跳ねた。安全運転を心がけているエルフ娘にしては珍しい。
「すまんすまん。木の根を踏んだようだ」
「わざとだべさ! 舌噛んじまったでねっか!」
女二人がギャンギャンと言い争うのに挟まれて、俺はこれから始まる二つの祭りでどんな種族、どんな食べ物との出会いがあるだろうと期待に胸を膨らませていた。
次回予告
70話「異世界に転移してラーメン作ってる俺が、ドワーフその他に囲まれハーレムな件」




